お悩み相談ならイネスさんにお任せ(滝)
「そうかそうか、ようやく交際を開始したか」
「まあ!おめでとう、クリス。貴方にもいい人が見つかったのね」
ディオン殿下ーーいずれ元殿下になるーーを見送った私は、事の顛末を殿下夫妻へ報告すべく、また自室へと戻っていた。
「ありがとうございます。でもまだ私、結婚とかは……」
それに結婚に向けての課題も多い。どちらの領地で住むのかとか、爵位の扱いはどうなるのかとか、ポーションショップはどうなるとか、そういった問題だ。
そんな風に未来の課題へ思いを馳せていると、殿下はどうでもいいことのように、鼻で笑い飛ばした。
「何を悩んでるか知らんが、婚約を誓約したのでもなし、結婚を急ぐ必要もないだろ。お互いにまだ若いんだし、交際してみて相性が悪かったら、別れりゃいいんだ」
「そんないい加減な。私は真剣に考えてるんですよ」
「それにちょっと言い回しがおじさん臭いですわ」
「な、なんで今ので俺が詰められるんだよ……?俺悪いこと言ってないよな……!?」
言い方の問題である。
でもまあ、殿下の言うことも分かるかな。私とディオン様は、まだお付き合いをスタートさせたばかりで、デートの一つもまだしていない。今からあれこれ悩んでても仕方ない。
「交際や結婚について相談したいことがあれば、ボリエ様よりも私を頼りなさい。私も熟練者という訳じゃないけども、この人よりはマシだと思うわ」
「ありがとうございます、奥様。とても心強いです」
「だからなんでそんなに俺の評価低いんだよ!?」
「女の子と殴り合った後、闇焼肉とやらを考え出す人に、高評価なんて下せませんわ」
……男の子と殴り合った後、闇焼肉のルールを一緒に考えていた女の子の方も、高評価とは言えないだろう。
「さあクリス、今日はもう遅いから、母君への面会は明日にして、真っすぐ帰りなさい。屋敷でイネスさんも待っているはずよ」
「そうですね、そうさせて頂きます」
「……ああ、そうだ。明日の昼は空けておけよ」
「何かあるんですか?」
「ああ、ある」
ーー陛下が、お前と話したがっている。
「おかえりなさいませ、御主人様!ご飯のご用意は出来ておりますよ!」
色々ありすぎて、頭がぼーっとする。完全に頭の容量超えきってる。うわー目の前のメイドかわいいな。好き。大好き。
「……御主人様?何かお悩みですか?」
「はっ!?イネスさんでしたか……すみません、ちょっと色々考え事をしてまして」
「いえ、私の方こそ。元シスターともあろう私が、まさか二日酔いでダウンするなんて、不覚でした……」
いや酒の失敗は二度目でしょ。これは改善まで時間が掛かりそうだなー……。
「それで、御主人様」
「はい、なんでしょう」
「やっぱり、何かあったんですよね。私で良ければお聞きしましょうか?出来うる限り、力をお貸ししますよ」
……とことん敵わないな、この駄メイドさんには。じゃあ今日は、一番軽い悩みを聞いてもらおうかな。
「実は色々あって、ディオン様とちゃんとお付き合いを始めることになりまして」
「うぇっ!?そ、そうだったんですねー……」
「ええ。でも交際って、具体的に何をするのか、よく分からなくって。ほら、私って学園でも殿下とばかり過ごしてたし、殿下とはそういう話一切ありませんでしたから。……あれ、イネスさん?」
なんか、さっきから震えてませんか?うわ、顔暗っ!?
「ま、まさか、あの人が先に動くとは……油断してた……いやでも、貴族様との結婚なら、クリスさんにとっての幸せでもある訳だし……応援……そう、応援しなきゃ……ふれーふれー……?」
暗い笑顔でブツブツ言ってるが、全然聞こえない……ていうか、聞こえたら不味いこと言ってる気がする……。
「おーい、大丈夫ですかー。帰ってきてくださーい」
「はひっ!?だだだ大丈夫!!大丈夫です!!イネスさんフルパワーですよー!!?」
「そ、そうですか?」
随分闇深いフルパワーですね。
「ところで、その……やっぱり、将来的にはご結婚されるんですよね?」
「うーん、そこが難しいんですよね……課題が多過ぎて、すぐには片付きそうにないんです。するにしても当分先にーー」
「じゃあ結婚されないかもしれないんですね!?」
「いや、しないとまでは」
「私、応援します!でも大丈夫です!万が一御二人が別れたとしても、私は離れませんし!もし間違ってけけけ結婚されても、付いていきますから!私、専属なので!メイド長なので!!」
「そ、そう?ありがとう……」
「あ、そうだお夕飯!今スープを温め直してきます!少々お待ちくださいませ!」
めっちゃ圧が強い……元気になったのは良いけど。ていうか今なんか「間違って」って言わなかったか?結婚してほしくないかのような。
「ふーんふーんふふーん♪」
いや気のせいか。元聖女であるイネスさんが、人の不幸を願うわけないもんね。
私と違ってさ。
……ブリアック。貴方のことは、生涯忘れない。私自身の闇を見失わないように。そして怒りや復讐心で道を間違えそうになった時は、貴方を思い出すことにする。
それが貴方の死に様を嗤った私に出来る、唯一の償いだから。
「おまたせしました!さあ、お腹いっぱい召し上がってくださいね!」
私なりに仇敵へ鎮魂の祈りを捧げていると、温かなご飯がテーブルに並びだした。家庭的で、高級感は無いが、きっとどの屋敷よりも美味しいだろう夕飯だった。
何故か少しだけ涙が滲んだが、食べる前に泣いたら味がわからなくなる。ここはぐっと、我慢である。
「ありがとうございます。では早速頂きまー……うおおおお!?こ、これは!?」
「闇焼肉で使われなかったお肉を、スープに入れてみました!」
「それってまさか……私が用意した肉……!?あれをスープで煮込んだのですか!?もしや、焼かずに!?」
「イエスです御主人様!」
待て待て待て!!あれは炭火で焼かないと独特な臭みが抜けないんだよ!?
「そうだ、味見!味見しましたか!?」
「してません!闇焼肉流です!」
「なんでそこだけ律儀に守ったかなあ!?」
「さあどうぞ!私もご一緒させて頂きますので!」
「え!?いやだめ、ちょっと待っーー!?」
「いただきまーーーす!!ごくっ!!」
その日の晩。滝が流れる大きな音は屋敷の外まで漏れ聞こえ、丁度ご飯時だったのもあって、貰い滝の被害に遭ったご家庭もあったという。
……ほんと、すんませんでした。
「イネス殿がまた体調不良でダウンしたらしい」
「まあ!心配ですわ……今度お見舞いに行きませんと」
「そうだな。快気祝いには、闇焼肉で出したラム肉でもご馳走するかな」




