少年
その少年の髪は白く、肌もまた真っ白だった。よく見ると眉も白いので、全身の体毛が白いのかも知れない。だが最も目を引くのは、その瞳の色だ。
少年の瞳は、新鮮な血液のように赤かった。
「もっとここであそんでていいのに。あ、そうだ!ぼくとも少しお話しようよ!聞きたいこと、いっぱいあるんだ!」
「え、ええっと…?」
「ごめんなさい、私達ちょっと急いでますの。遊ぶのはまた今度に致しましょう」
アベラール様がすかさず助け舟を出してくれた。が、しかし。
「うん、横のきれいなおねえさんは先にいってていいよ。ぼくは、こっちのおねえちゃんと話したいんだ」
あくまでもターゲットは私らしい。ううむ…これはちょっと、面倒なことになったな。
「ご指名ね…どうするの?」
「仕方ありません、先に戻っててください。この子と少し遊んでから戻ります」
「そう、わかったわ。じゃあクリスさん、後でね」
植物園に入った時よりも、少し晴れやかな顔をされたアベラール様は、ひらひらとこちらに手を振ってから馬車へと戻っていった。当然だが、視界の外で影の護衛は付いてるはずなので、身の危険は無いだろう。殿下にとっては、合流次第お説教タイムの始まりとなるわけだが。
殿下。骨は拾いますからね。一発殴った後で。
「さて、じゃあ何をして遊びましょうか。あまり時間がかかる遊びは、無しにしてほしいのですが」
「あそばないよ?お話がしたいんだってば」
「そうですか。どんなお話でしょうか?」
「おねえちゃんの未来の話!」
少年はニコニコと笑みを浮かべたままーー
「ねえ、おねえちゃんは、パパに殺されるためにここまで来たの?」
そう簡単に言ってのけた。
「どういう意味ですか!?」
「そのまんまの意味だよ、クリス・フォン・ルグラン男爵」
この子、私の名前を…まだ名乗っていないのに…!
「貴方、何者ですか」
「ぼくはただの子供だよ。でもパパが偉い人だから、教会が知ってることなら、ぼくはなんでも教えてもらえるんだ。クリスおねえちゃんのことも、パパに教わったんだよ」
「どうして私が殺されるとーー」
「待ってよ。おねえちゃんばっかり質問しないで、ぼくにもお話させてよ。時間無いんでしょ?」
目の前にいる少年が、もはや子供には見えなかった。
「……どうぞ」
「じゃあ、ひとつ目の質問!おねえちゃんは、どうしてここへやってきたの?殺されるかもって、思わなかった?」
人の死について話しながら、少年は笑みを絶やさなかった。そこに邪気が感じられないがために、却って不気味さが際立っている。
「ここへは仕事で来ただけです。それに貴方のパパとやらに、殺されるようなことをした覚えがありません」
「あれ、そうだったの?そんなはず無いんだけどな」
どういう意味だ。一体この少年は、どこまで知っている。
「そうなると、もっと色々聞きたくなるんだけど…その前におねえちゃんが質問していいよ!おたがいに順番で話そうよ!」
首筋に寒気が走った。私をからかう目的で、適当なことを言ってる可能性もあるが…もしこの子の父親が私を殺そうとしているのが事実なら、ほぼ間違いなく、あの悪夢が再現されると見ていいだろう。それだけは避けなくてはならない。出来れば、破滅を回避する糸口を探りたい。
この子の正体を探るのは、あとまわしだ。ひとまずは処刑人の息子であると仮定して、情報を得よう。役に立たない情報だったとしても、何もないよりはマシなはずだ。
「どうしたの?質問パスする?」
「いえ、させてください。貴方のお父様は、何故私を処刑したいのですか?やはり、神の敵だからでしょうか」
「あれ、ぼく処刑だなんて言ったっけ?」
「教会の偉い人が人を殺すなら、処刑でしょう」
「ああ、それもそっか。うん、神の敵、信徒の敵と言って良いと思うよ。もしかしたらぼくにとっても敵なのかもって、思ってたもん」
「今は違うのですか」
「神の敵にしては、優しすぎるからね」
今度は子供らしくない、どこか達観したような表情だ。それでいて自然体に見える。あるいはこれこそが、この子の本質なのかもしれない。
「さあ、次はぼくの番だ!イネスおねえちゃんを堕落させたのはどうして?」
「何故そこでイネスさんが出てくるんですか」
「だってパパが怒ったのも、実はそれが理由なんだもん。興味あってさ」
少年は両手を頭の後ろに持っていくと、いたずらが成功したかのような、年相応の笑顔を見せている。その口から語られた内容は、確かに真面目な顔で話すようなものではなかった。
「おねえちゃんがイネスおねえちゃんを連れ回して、外でお酒と肉を楽しむもんだから、あの国における聖女としてのイメージが完全に崩れたんだよ。おかげでもう信仰の象徴として再利用出来ないし、聖女不在が長引いたせいで寄付金も集まらなくなったって、パパはカンカンでさ」
また金の話か。教会が絡むと金の話ばかり出てくる。これではどっちが堕落しているのやら。
「そうやって普段から人をモノ扱いしてるから、イネスさんに見限られたんですよ」
「ほんとそうだよね。それで、堕落させた理由は?」
「堕落もなにも、彼女は教会を追放されたから、庶民と同じ食事をしているだけですよ。私は追放になった彼女を雇用して、余暇を彼女と過ごしているだけです。自由に過ごされて困るなら、最初から追放しなければ良かったじゃないですか」
「うん?…あはっ、あははははっ!うんうん、そうだね!ぼくもそう思う!えらい人ほど頭でっかちなんだよねー!さすが、おねえちゃんわかってるぅ!」
なるべく多くの情報を得たいのに、少年から目が離せなかった。底知れない恐ろしさと、大人顔負けの達観した顔、そして子供らしい無邪気さが同居する姿は、異形の体毛も相まって本当に人間かどうかすら疑わしい。
「あー、面白かった!なんかもう満足したし、次で最後の質問にしてもいいかな。まずはおねえちゃん、どうぞ!」
「私が処刑される理由は、それだけですか?」
もしそれが本当なら、その理屈を突き崩すのは難しくない。冗談のように聞こえるその建前が真実かどうか、確定させておきたかっただけなのだが、意外にも少年の反応は大きかった。
「…難しい質問だね。」
その顔から初めて笑顔が消えた。
「なんでも聞いていいと言われましたよね」
「うん、次は気をつけなきゃ。うーん…それだけ、か…うん、処刑理由としては、今言ったことが理由なんだけど、どっちかと言えばパパ個人の思惑の方が強いと思う。はっきり言って、おねえちゃんを殺すためなら、理由を作り上げてでも神の敵扱いしたんじゃないかな」
「思惑…」
「そ、ろくでもない思惑。まあ、そこは半分ぼくのせいでもあるから、ぼくが片付けないといけないことかもしれないけどね。よし、それじゃ、ぼくからの最後の質問だ!」
少年の瞳が、さらに強い赤色を宿したように見えた。血の色が濃くなることで黒に沈むのではなく、より強い赤色へ輝く様子は、光よりもむしろ闇を彷彿とさせるものがある。
そして質問に込められた声色にも、夜の暗さを感じさせた。
「偽物だったけど、予言の聖女っていたでしょ。もしあの力が本物で、おねえちゃんが殺される未来を事前に教えられてたら、やっぱりここまで来た?」
「そうですね、それでも来たと思います」
教会の不正を正すことは、殿下にとって必要なステップだ。それにイネスさんは私を信じて、ここまで来てくれると言ってくれたのだ。死ぬのが怖くて私だけ家に引きこもるなんて、私自身が許せなかった。
「え、即答するんだ。どうして?死ぬことが確定した未来なのに?」
「死ぬつもりはないですよ。そもそも未来が誰かに確定されるなんて、ありえないでしょう」
「……」
「貴方のパパとやらに殺されそうになってるのも、私が積み重ねた愚行や失敗、そして決断が招いた結果です。まあ、話を聞いてもやっぱり納得できないので、なんとかして回避してやろうと思ってますが」
大きく見開かれた少年の目が、爛々と輝いている。妖しく、艶めかしく、人間離れした美しさをしていたが、不思議と不快感はなかった。
「それに個人的な夢ではありますが、いずれはポーションショップ店員に戻りたいんですよね。だからさっさとボリエ殿下を王にして、男爵を返上して、お役御免となりたいんです。その近道をするために、命を賭け金にするのも、悪くない選択かと思う次第です」
「…はは。ポーションショップ店員になりたいから、命をかけるって?やっぱりおねえちゃんは、変わってるね。でも話せてよかったよ。今まで話した大人の中で、一番楽しかった」
少年は再び笑みを取り戻すと、満足した様子で植物園の奥へと歩き出した。強烈な印象を与えておきながら、随分あっさりと帰っていくんだな…。
「また会えたら、今度こそ遊ぼうね」
「あ、ちょっと待って!」
「うん?」
「まだ、貴方のお名前を聞いてません。教えてくれますか?」
私の言葉に対し、返ってきたのはーー
「だーめ、おしえてあげないよ!あれが最後の質問って言ったでしょ?へへっ」
いたずらっぽい笑顔だけだった。その笑顔の持ち主も、生い茂る植物の中へと消えていった。
「なんだったんだろうな、あの子」
ほんの少しだけ、イネスさんに似てた気がする。見た目ではなくて、持って生まれた神聖さがあるというか。教会で育つと、皆ああなるのだろうか。
まあ、いい。教会と今後もかかわっていくなら、いずれ再会できるだろう。私がその時、まだ男爵であったなら。
「…よし」
私は決意を新たに、灰となった殿下が待っているだろう、馬車へと歩を進めた。
その先にあるものが処刑台であることを、内心で覚悟しながら。




