表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/47

少年

 その少年の髪は白く、肌もまた真っ白だった。よく見ると眉も白いので、全身の体毛が白いのかも知れない。だが最も目を引くのは、その瞳の色だ。


 少年の瞳は、新鮮な血液のように赤かった。


「もっとここであそんでていいのに。あ、そうだ!ぼくとも少しお話しようよ!聞きたいこと、いっぱいあるんだ!」


「え、ええっと…?」


「ごめんなさい、私達ちょっと急いでますの。遊ぶのはまた今度に致しましょう」


 アベラール様がすかさず助け舟を出してくれた。が、しかし。


「うん、横のきれいなおねえさんは先にいってていいよ。ぼくは、こっちのおねえちゃんと話したいんだ」


 あくまでもターゲットは私らしい。ううむ…これはちょっと、面倒なことになったな。


「ご指名ね…どうするの?」


「仕方ありません、先に戻っててください。この子と少し遊んでから戻ります」


「そう、わかったわ。じゃあクリスさん、後でね」


 植物園に入った時よりも、少し晴れやかな顔をされたアベラール様は、ひらひらとこちらに手を振ってから馬車へと戻っていった。当然だが、視界の外で影の護衛は付いてるはずなので、身の危険は無いだろう。殿下にとっては、合流次第お説教タイムの始まりとなるわけだが。


 殿下。骨は拾いますからね。一発殴った後で。


「さて、じゃあ何をして遊びましょうか。あまり時間がかかる遊びは、無しにしてほしいのですが」


「あそばないよ?お話がしたいんだってば」


「そうですか。どんなお話でしょうか?」


「おねえちゃんの未来の話!」


 少年はニコニコと笑みを浮かべたままーー




「ねえ、おねえちゃんは、パパに殺されるためにここまで来たの?」




 そう簡単に言ってのけた。


「どういう意味ですか!?」


「そのまんまの意味だよ、クリス・フォン・ルグラン男爵」


 この子、私の名前を…まだ名乗っていないのに…!


「貴方、何者ですか」


「ぼくはただの子供だよ。でもパパが偉い人だから、教会が知ってることなら、ぼくはなんでも教えてもらえるんだ。クリスおねえちゃんのことも、パパに教わったんだよ」


「どうして私が殺されるとーー」


「待ってよ。おねえちゃんばっかり質問しないで、ぼくにもお話させてよ。時間無いんでしょ?」


 目の前にいる少年が、もはや子供には見えなかった。


「……どうぞ」


「じゃあ、ひとつ目の質問!おねえちゃんは、どうしてここへやってきたの?殺されるかもって、思わなかった?」


 人の死について話しながら、少年は笑みを絶やさなかった。そこに邪気が感じられないがために、却って不気味さが際立っている。


「ここへは仕事で来ただけです。それに貴方のパパとやらに、殺されるようなことをした覚えがありません」


「あれ、そうだったの?()()()()()()()()()()()()


 どういう意味だ。一体この少年は、どこまで知っている。


「そうなると、もっと色々聞きたくなるんだけど…その前におねえちゃんが質問していいよ!おたがいに順番で話そうよ!」


 首筋に寒気が走った。私をからかう目的で、適当なことを言ってる可能性もあるが…もしこの子の父親が私を殺そうとしているのが事実なら、ほぼ間違いなく、あの悪夢が再現されると見ていいだろう。それだけは避けなくてはならない。出来れば、破滅を回避する糸口を探りたい。


 この子の正体を探るのは、あとまわしだ。ひとまずは処刑人の息子であると仮定して、情報を得よう。役に立たない情報だったとしても、何もないよりはマシなはずだ。


「どうしたの?質問パスする?」


「いえ、させてください。貴方のお父様は、何故私を処刑したいのですか?やはり、神の敵だからでしょうか」


「あれ、ぼく処刑だなんて言ったっけ?」


「教会の偉い人が人を殺すなら、処刑でしょう」


「ああ、それもそっか。うん、神の敵、信徒の敵と言って良いと思うよ。もしかしたらぼくにとっても敵なのかもって、思ってたもん」


「今は違うのですか」


「神の敵にしては、優しすぎるからね」


 今度は子供らしくない、どこか達観したような表情だ。それでいて自然体に見える。あるいはこれこそが、この子の本質なのかもしれない。


「さあ、次はぼくの番だ!イネスおねえちゃんを堕落させたのはどうして?」


「何故そこでイネスさんが出てくるんですか」


「だってパパが怒ったのも、実はそれが理由なんだもん。興味あってさ」


 少年は両手を頭の後ろに持っていくと、いたずらが成功したかのような、年相応の笑顔を見せている。その口から語られた内容は、確かに真面目な顔で話すようなものではなかった。


「おねえちゃんがイネスおねえちゃんを連れ回して、外でお酒と肉を楽しむもんだから、あの国における聖女としてのイメージが完全に崩れたんだよ。おかげでもう信仰の象徴として再利用出来ないし、聖女不在が長引いたせいで寄付金も集まらなくなったって、パパはカンカンでさ」


 また金の話か。教会が絡むと金の話ばかり出てくる。これではどっちが堕落しているのやら。


「そうやって普段から人をモノ扱いしてるから、イネスさんに見限られたんですよ」


「ほんとそうだよね。それで、堕落させた理由は?」


「堕落もなにも、彼女は教会を追放されたから、庶民と同じ食事をしているだけですよ。私は追放クビになった彼女を雇用して、余暇を彼女と過ごしているだけです。自由に過ごされて困るなら、最初から追放しなければ良かったじゃないですか」


「うん?…あはっ、あははははっ!うんうん、そうだね!ぼくもそう思う!えらい人ほど頭でっかちなんだよねー!さすが、おねえちゃんわかってるぅ!」


 なるべく多くの情報を得たいのに、少年から目が離せなかった。底知れない恐ろしさと、大人顔負けの達観した顔、そして子供らしい無邪気さが同居する姿は、異形の体毛も相まって本当に人間かどうかすら疑わしい。


「あー、面白かった!なんかもう満足したし、次で最後の質問にしてもいいかな。まずはおねえちゃん、どうぞ!」


「私が処刑される理由は、それだけですか?」


 もしそれが本当なら、その理屈を突き崩すのは難しくない。冗談のように聞こえるその建前が真実かどうか、確定させておきたかっただけなのだが、意外にも少年の反応は大きかった。


「…難しい質問だね。」


 その顔から初めて笑顔が消えた。


「なんでも聞いていいと言われましたよね」


「うん、次は気をつけなきゃ。うーん…それだけ、か…うん、処刑理由としては、今言ったことが理由なんだけど、どっちかと言えばパパ個人の思惑の方が強いと思う。はっきり言って、おねえちゃんを殺すためなら、理由を作り上げてでも神の敵扱いしたんじゃないかな」


「思惑…」


「そ、ろくでもない思惑。まあ、そこは半分ぼくのせいでもあるから、ぼくが片付けないといけないことかもしれないけどね。よし、それじゃ、ぼくからの最後の質問だ!」


 少年の瞳が、さらに強い赤色を宿したように見えた。血の色が濃くなることで黒に沈むのではなく、より強い赤色へ輝く様子は、光よりもむしろ闇を彷彿とさせるものがある。


 そして質問に込められた声色にも、夜の暗さを感じさせた。


「偽物だったけど、予言の聖女っていたでしょ。もしあの力が本物で、おねえちゃんが殺される未来を事前に教えられてたら、やっぱりここまで来た?」


「そうですね、それでも来たと思います」


 教会の不正を正すことは、殿下にとって必要なステップだ。それにイネスさんは私を信じて、ここまで来てくれると言ってくれたのだ。死ぬのが怖くて私だけ家に引きこもるなんて、私自身が許せなかった。


「え、即答するんだ。どうして?死ぬことが確定した未来なのに?」


「死ぬつもりはないですよ。そもそも未来が誰かに確定されるなんて、ありえないでしょう」


「……」


「貴方のパパとやらに殺されそうになってるのも、私が積み重ねた愚行や失敗、そして決断が招いた結果です。まあ、話を聞いてもやっぱり納得できないので、なんとかして回避してやろうと思ってますが」


 大きく見開かれた少年の目が、爛々と輝いている。妖しく、艶めかしく、人間離れした美しさをしていたが、不思議と不快感はなかった。


「それに個人的な夢ではありますが、いずれはポーションショップ店員に戻りたいんですよね。だからさっさとボリエ殿下を王にして、男爵を返上して、お役御免となりたいんです。その近道をするために、命を賭け金にするのも、悪くない選択かと思う次第です」


「…はは。ポーションショップ店員になりたいから、命をかけるって?やっぱりおねえちゃんは、変わってるね。でも話せてよかったよ。今まで話した大人の中で、一番楽しかった」


 少年は再び笑みを取り戻すと、満足した様子で植物園の奥へと歩き出した。強烈な印象を与えておきながら、随分あっさりと帰っていくんだな…。


「また会えたら、今度こそ遊ぼうね」


「あ、ちょっと待って!」


「うん?」


「まだ、貴方のお名前を聞いてません。教えてくれますか?」


 私の言葉に対し、返ってきたのはーー


「だーめ、おしえてあげないよ!あれが最後の質問って言ったでしょ?へへっ」


 いたずらっぽい笑顔だけだった。その笑顔の持ち主も、生い茂る植物の中へと消えていった。




「なんだったんだろうな、あの子」


 ほんの少しだけ、イネスさんに似てた気がする。見た目ではなくて、持って生まれた神聖さがあるというか。教会で育つと、皆ああなるのだろうか。


 まあ、いい。教会と今後もかかわっていくなら、いずれ再会できるだろう。私がその時、まだ男爵であったなら。


「…よし」


 私は決意を新たに、灰となった殿下が待っているだろう、馬車へと歩を進めた。


 その先にあるものが処刑台であることを、内心で覚悟しながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ