苦悩と自己嫌悪
「元聖女殿。この度は無理な依頼を引き受けてくださり、改めて感謝いたします」
「いえ、そんな。殿下とクリス様のお役に立てるなら光栄です」
教会本部へ向かう馬車の中で、殿下はイネスさんと向き合っていた。この馬車は四人乗りなので、アベラール様と私が乗ることで、ちょうど満席となっている。
「それで私は、具体的には何をすればよろしいのでしょうか?」
「基本的には教皇と対峙する際、我々の傍に居て頂くだけで結構です。しかし、もしも教会側が我々では気付かないような嘘や、教会特有の言い回しをした際は、すぐに教えてください」
「わかりました。それなら到着までに、よく使われる用語だけでも先に共有いたしましょう」
「それは助かります、イネス殿」
……うーむ。
「クリスさん、どうしたの?」
「いや、殿下がイネスさんに敬語を使われるのが、少々意外に思いまして」
殿下は時間が惜しいのか、私の声に反応せず、イネスさんからの教会用語講座に専念されている。私は正面のアベラール様へ、率直な気持ちをお話しした。
「元聖女と言っても、今は平民のメイドさんですからね。てっきり私と同じ調子で話すのかとばかり」
「ボリエ様は身分で態度を変えたりはしないわ。敬意を払うべき相手には敬語で接するの。敬語を外す相手も限られているわ。妻である私でさえ、今のように接してくれるようになったのは、結婚式の一ヶ月前くらいからだし」
「そうなのですか?」
「ええ。むしろ初めから素の部分でやり取りしてきた、クリスさんが例外なのよ。ボリエ様はどんな人が相手でも、まずは丁寧に接するわ。それは入学前から、それこそ心が荒れてた時期でさえ変わらなかった」
入学前の殿下をご存知なのか?まあ、アベラール様は公爵家のご令嬢だったので、入学前から王族と接点があっても不思議ではないのか。そうでもなければ、政略結婚の話にもならないだろうし。
「言われてみれば、あの頃の殿下の話し相手と言えば、不良や薬の売人ばかりでした。敬語を使ってなかったのも道理ですね」
「それはそれでどうかと思うけども…とにかく貴方からは、特別な何かを感じてるんだと思う。だからーー」
「おい二人共、その話題から離れろ。ていうか本人の前でやるな。むず痒くてたまらん」
あらあら、お顔が真っ赤っ赤でいらっしゃる。
「どの部分でむずむずしましたか?」
「だからやめろって!」
「あはは」
特別…か。それは私にとっても同じことだ。いくら気に食わないからって、出会った初日から殴り合うなんて、私の性格からは考えられない。どっちかと言えば私は、危険や面倒事からは黙って離れるタイプのはずなのに。
でもあの時は、直感的に体が動いた。理屈ではない部分が、私を突き動かしたんだ。そしてその経験を在学中だけでなく、隣国でも一度経験している。
まだ赤い顔をしたままの殿下は、しかめっ面のままイネスさんの講習を受けていた。それを横目で眺めるアベラール様の顔は、心なしか憂いを帯びているように見えた。
教会の本拠地である神殿前に辿り着いたのは、イネスさんの講習が終わり、馬車の振動で私のお尻が痛くなってきたのと、ほぼ同時だった。
「待て!お前たち、何者だ!」
荘厳な神殿の前に馬車を停めた瞬間、神殿騎士と思しき集団に取り囲まれた。その防具は我が国の兵士よりも意匠にこだわりが感じられ、向けられた剣にも銀が使われている。一兵卒に銀とは、実に贅沢なことだ。
「今日、この時間に来客の予定は無いはず!名を名乗れ!」
「大変失礼した。どうも、お初にお目にかかる。私はボリエ・フォン・バシュレと言う者だ。以後、お見知り置き頂きたい」
殿下がその名を口にすると、明らかに騎士達が動揺し始めた。そんな大物を名乗るなど、完全に想定外だったのだろう。殿下の態度が慇懃無礼なのは、名乗る前に剣を向けてきたからか。
「え…だ、第二王子殿下!?来訪は明日のはずでは!?」
「その通りだが、やはり全ての予定を繰り上げてでも、こちらへ駆けつけた方が良いと思った次第である。教皇様に至急お目通りを願いたい」
「え……あっ!?」
一日早く到着しただけなのだから、一日待たせておけば良いだけなのに、その神殿騎士は慌てふためいていた。どうやら我が城の騎士とは違い、必要以上の情報共有がなされているらしい。
「そんな急に申されましても、教皇様には来客以外にもご予定が…それに、御本人と証明されるものがありませんと」
「ならこれをお見せすると良い」
そう言うと殿下は、コロコロ草のブローチを投げ渡した。ヒューズ殿下が私に手渡してきたものと似ているが、意匠が異なる。こちらの方が花の数が多いので、別物だろう。
「こ、これは?」
「教皇様なら、これで私が誰かおわかりになる。急いで見せてきてほしい」
「し、しかし、もしご本人だとしても、教皇様とお会いできる保証はありません」
神殿騎士の立場からすれば、ここで面会を取り付けることは避けたいと考えるのは当然だ。もし目の前の自称王子様が本物だったとしても、無理難題を自分の口から話すことで、教皇様の不興を買うのは避けたいだろう。
しかしそれを避けようとするあまり、彼は口を滑らせてしまった。
「いや、でも枢機卿様であれば、今からでもお時間を作れるかも知れません。私でよろしければ、おつなぎいたしますが」
枢機卿様と簡単に言ってくれるが、教会の中での地位はNo.2だ。そう簡単に取り次げる話ではない。それを繋ぐと言うのだから、恐らく彼は騎士の中でも、更に言えば信徒の中でもかなりの上位であり、その彼なりに最大の譲歩と努力をするつもりだったのだろう。
まともな輩が相手なら、これで万事が解決したはずだ。
しかし言うまでもなく、これは誤断である。その理由はもちろん、殿下自身がまともな相手ではなかったからだ。
「帰るぞ。邪魔したな」
「はっ!…は?」
「枢機卿様なら、我が国の牢にも一人いるのだから、そちらとお話することにする。お忙しいであろう神殿騎士殿のお時間を、わざわざ奪うまでもない」
「い、いや、そういう意味では!?」
「教皇様が私にお会いにならなかったと知れば、牢にいる彼も幾分か話しやすくなるだろうなあ。もしかしたら私に気を許して、不正受給の件以外にも、色々教えてくれるようになるかもしれぬ。退屈しない帰り道になりそうだ」
不正受給という言葉で、周囲の騎士たちが動揺し始めた。演技には見えないので、一般の騎士達には秘密にされているのかもしれない。それを見た上位と思しき騎士が、いよいよ青白い顔で狼狽え始めた。
このやり取りは、殿下にとっては想定通りだ。想定通りすぎてつまらないのか、言葉とは裏腹に欠伸を噛み殺している。身分差が無ければ、手の甲辺りをつねりあげているところだ。アベラール様が代行してくれているので、私が出る幕は無いが。
「た、大変、申し訳ございません!!す、すぐに教皇様へお伝え致します!!」
「おお、本当か。どうもありがとう」
ここで帰してしまえば、買うのは不興どころではなくなる。顔色を白くさせた騎士は、自らの足に躓きそうになりながら、必死に神殿へと駆け込んでいった。
私達を、門の前に立たせたまま。
「どう見ます?」
「ふむ…それなりに頭が回るようだが、考え方が柔軟過ぎる。あれは騎士には向いていないな。どちらかと言えば裏方、それも政治秘書とかの方が向いてそうだ」
「そっちじゃなくてですね」
「教皇の方か?すぐには無理だろう。今日中に面会を取り付けるとしても、数時間は待たされる。あまり早く取り次ぐと、慌てふためいている印象を与えてしまうからな」
「すうじかん…」
「ま、向こうにもメンツがあるってことだ」
こんなところで数時間も待つのか…殿下の部屋から本の一冊でも持ってくれば良かったかな。
「あれ?イネスさんは?」
「とっくに馬車へ戻って、昼寝中だ。さすがは元聖女殿だな。休める時に休む事の大事さを分かっている」
いいや、あれは現実逃避しているだけだろう。ここにはいい思い出ないだろうし。連れてきちゃって、本当にごめんね。
「…私も昼寝してよっかな」
「なんだ、暇潰しの道具を忘れてきたのか?だったらここから少し離れたところに、教会運営の植物園があるから見学してくるといい。あそこは一般公開されているから、今からでも入れるぞ。薬草の類も展示されてるんじゃないか?」
「え、いいんですか?」
「ああ。行くならアベラールも連れて行ってやってくれ。連日仕事続きだったし、息抜きをさせてやりたい」
あのボリエ殿下が私と奥様に気遣いを……これも奥様による躾の賜物か。或いはさっき手の甲をつねられたので、ご機嫌をとろうとしてるのか。
「ボリエ様はここでお待ちになるのですか?」
「流石に俺が離れるわけには行かない。ここで待たされておくさ。二人で行ってくるといい」
「ボリエ様…ありがとうございます。私、もしかしたら今日初めて、貴方の妻になった幸せを感じているかもしれませんわ」
「初めてかよ…」
もう少しアベラール様の心労を減らせれば、二度目の幸せを感じてもられるかもしれませんね。どうか精進なさってください。
「じゃあ殿下、奥様をお借りします。さあ参りましょう、奥様」
私とアベラール様は、神殿から少し離れた位置にある植物園の中へと足を運んだ。殿下が勧めるだけあって、中々の規模である。
しかし展示物に関しては、中々なんてレベルではなかった。
「おお、これはイモギリソウ!?煎じて傷口に塗れば絶大な回復力を発揮し、茶にすれば風邪程度は一発で治るという、究極の薬草ですよ!!こ、ここで育つのか!!」
「そ、そうなの?」
「そうです!はっ!!あ、あれはドクヤマツブシ!?ほ、本物!?」
「あら、綺麗な花ね」
「触るとかぶれますのでご注意ください!湯通しすれば解毒に使えますが!」
「そ、そう…すごいわね」
「おお!まさか、あの花は幻のー!?」
本当にすごい!植えられてる薬草の多くがレア物だ!栽培に成功しているのが信じられないものも多いぞ!どうやって育ててるんだろう、世話してる人に話を伺うことは出来ないだろうか…!
「はぁー…植物園なんて初めて入りましたが、いやはや見応えがありますね…!」
「他の植物園で、ここまで薬草を植えているのは見たことないわ。植えられてる種類と数は、たぶん世界有数のはずよ」
「おお…!おおお…!!」
地面に生えてる分だけでこれだけの発見があるのだ。植物へ寄生するタイプや、それに集まる虫も含めたら、文字通り一日中張り付いてても楽しめるだろう。いずれ休暇を取ったら泊まりで見学せねば。
興奮する私の横で、アベラール様がクスクスと笑っている気がした。
「ふふっ…こうしてクリスさんと二人で過ごすのは、初めてね」
あれ?そうだったか?
「…ああ…確かに思い返してみると、大抵は殿下が横に居ましたね。学園では取り巻きがいましたし」
「そうよ。私はずっと、この機会を待っていたの。クリスさんと二人きりで話せる、この機会を」
アベラール様は真剣な表情で、私の方を向きなおった。その様子はかつて、教室に呼び出された時と少し似ていたが、あの頃の彼女とは明確に違う。
誰かに唆されて動くのではなく、自分の意思で動ける、大人の女性になっていた。
「あの日の答えを、もう一度聞かせてくれないかしら」
「答え…とは」
「貴方がボリエ様を、どう思っているかについて」
一瞬、何を聞かれているのか理解できなかった。植物園特有の湿気と熱気が、私の思考を鈍らせているのだろうか?そんな戸惑いが顔に出ていたのか、アベラール様は曖昧な笑みを浮かべていた。
「誤解しないで。クリスさんの気持ちは、分かっているつもりよ。でもあの時は、お互い冷静に話せる状況じゃなかったでしょう?だから、再確認したかったのよ」
曖昧な笑みの中に親愛と、同じだけの苦悩が垣間見えた気がした。アベラール様が、どうしてそんなことを今更再確認したいのかは分からない。ただ、この質問には、どこか深い思慮があってのことに思える。
私はアベラール様の友人として、そして殿下の部下として、努めて誠実にお答えした。
「あの日と変わりません。私にとって、殿下も奥様も大切なご友人ですし、御二人もそう思って頂けていると信じております」
「そうね、それは確かだわ。でも、殿下はどこか特別だと、貴方は感じているのではないかしら」
「そうですね、それは私も感じています」
初めてのまともな……もとい、まともではない友人第一号にして、身分違いの異性。しかも王族。特別と言うなら、これほど特別な存在も無いだろう。
だがこの場合、アベラール様が気にされているのは、そういう意味ではあるまい。それはおそらく、私自身の疑問に根ざす部分だ。
「殿下のことになると、自然と体が先に動きます。殴り合いの喧嘩をしたことは以前お話しましたが、あれも生来の私からは考えられない軽挙でした。そして、隣国で薬を盛られた時も、考えるよりも先に体が動きました」
「……っ」
「ですがご安心を。これは多分、異性に対する感情によるものではありません。推測ですが、もっと別の線です」
「別の線…?」
その線がどこに繋がっているのかまでは、まだ分からないけども。
「少なくとも私は殿下を異性として意識していませんし、そういった関係になりたいとも思いません。そこは確約いたします」
私は敢えて事務的に、事実を積み重ねるように、アベラール様の質問にお答えした。その方が奥様を安心させることができるだろうと、そう思ったから。
私の言葉をどこまでお信じになったかは分からないが、奥様はそれ以上質問を重ねようとはしなかった。
しかし奥様が私の気持ちを再確認した意図は、私が想像していたものとは、大きく異なっていた。
「…そう、なのね…でも、こんなことはクリスさんにしか頼めないの。だから、聞いてくれる?」
「頼み事ですか……え、アベラール様?」
「クリスさん。もしも今後、私の身に何かあったらーー」
ーー私に代わって、ボリエ様のことを、お願いできるかしら。
「どういう意味ですか」
「…」
「奥様」
「……クリスさんが、私よりもボリエ様に相応しいからよ」
「相応しい…?意味がよく…」
アベラール様のお顔が、木々の陰に隠れて沈む。その手は木漏れ日によって温められているはずなのに、寒さを堪えているかのように震えていた。
「あの方と結婚してから、私はいつもお隣にいたわ。大事なお仕事のお手伝いも任されている。だけどボリエ様の目線は、いつもどこかクリスさんを探しているの。それはきっと、私が頼りないからじゃない。ボリエ様にとって、一番大事な女性が、クリスさんだからよ。私との婚約を決めたあの日、貴方が平民でなかったら、あの人はきっと…」
「そんなことは…」
「あの人と結婚してから…ううん、披露宴でボリエ様が、誰よりも早く貴方に駆け寄った時から、ずっとそんな考えが頭から離れなかったの。…根暗で、嫌な女でしょう?大切なお友達である貴方に笑みを向けながら、内心ではずっと、嫉妬していたのよ」
アベラール様が、これほどまでに暗い表情を見せたことは、これまで一度も無い。見せられるわけがなかった。だって一番見せたくない大切な人が、いつも隣にいたのだから。
涙ながらに語るアベラール様の切なる願いは、どこまでも純粋で…悲痛だった。
「ボリエ様と同じで、王子の妻である私も、暗殺や謀殺の対象なの。だからいつか…あるいは明日、私は殺されているかも知れない。そんな時、ボリエ様のお隣に立って、支えられる女性が必要なのよ。もしそれがクリスさんでいてくれたら、私は……!」
「奥様……」
私はそんなアベラール様の想いを……。
「嫌です無理ですお断りします」
秒で蹴散らした。
まったくこの御夫婦は…!特に殿下!!あんた帰ったら速攻で説教だからな!!今回ばかりは殴られても文句言えないぞ!!
「ク、クリスさん、どうして!?私は真剣にーー」
「ええ、私も真剣に拒否しました。いくら奥様の頼みでも、絶対にお受けしませんし、出来ません。理由は二つあります」
私は困惑したままの奥様へ突きつけるように、指を一本立てた。
「まずひとつ目は、嫌だからです。私はまだ結婚願望そのものがありませんが、どうせ結婚するなら一人の夫を生涯愛したいと思っています。その際、私だけを愛さない男は対象外です。つまり一夫多妻が認められている王子様は、自動的に対象外になります」
「…前に言ってた、王子様が恋愛対象外って、軽口じゃなかったのね…」
元々私は冗談を言える口ではない。まだまだ私の理解が足りないね、アベラール様も。
私は口の端を片方持ち上げながら、もう一本指を立てた。
「そしてふたつ目。これはもっと単純で、そもそも無理だからです」
「いや、無理なんてことは…だってボリエ様は貴方を…」
「いいえ、絶対に無理です。何故なら殿下自身、私と同じ考えだからです」
目を丸くして絶句しているのを見るに、やはり殿下は奥様にあの事をお話ししていないのだろう。自分の恥部を妻に明かしておかないとは、プライドが高過ぎるのも困りものだ。
「一時期、殿下が荒れていた理由をご存知ですよね?」
「ええ…長男であるヒューズ殿下が、王位継承権一位になれなかったことに納得いかなかったからよ。血統だけで継承者を決める王の姿勢に、あの人は猛反発していたから」
「表向きはそうですが、実はもう一つ理由があります。それは王が…いえ父親が、自分の妻とその子に対して、愛情の順位を付けたことに嫌悪したからです」
「えっ!?そ、そんな話、聞いたことないわよ!?」
この事を教えてもらえたのは、私と殿下が最上級生になった頃だ。とはいえ、私から聞き出した訳ではない。怒鳴り合いの喧嘩が少なくなったように感じたある日、『そろそろお前には話しても良いか』と、殿下の方から一方的に話し始めたのだ。
あの頃の私は興味も無かったので、へーそうだったんですかの一言で終わらせてしまったが。
「ボリエ様がそんなことを…」
「殿下は、自分の子供にそんな思いはさせたくないとも言っていました。だからアベラール様を愛すると決めたからには、最後まで愛するでしょうし、一度に二人を愛するような真似は絶対にしないでしょう。ですから、奥様」
私はアベラール様の目から溢れそうになった涙をハンカチで拭ってから、その両肩をポンと少し強めに叩いた。
「もっと自信をお持ちになってください。あの殿下の妻なんて大役、アベラール様以外には出来ませんし、ましてや代役が務まる人間なんていませんよ」
「クリスさん…」
「アベラール様は何も悪くありません。そう、全部殿下が悪いんです。愛してるのに表現しないから、こうやって妻を不安にさせるんです。さあ、今すぐ戻って説教してやりましょう。余った時間全部使って、これまでの不安と不満をぶつけてやりましょう。さあさあ!」
「ちょっと、クリスさん!?早い、早いわよ!?…ふふふっ」
殿下の怠慢に対する怒りと、御夫婦に対する呆れをご本人にぶつけるべく、私は奥様の手を引いて馬車へと早足で向かった。
「……でも、そんな裏の気持ちも、貴方にだけ明かしていたのよね」
「何か言いました?」
「クリスさんが友達で良かったと、心からそう思ったのよ。ふふっ」
釈然としない気持ちだったが、悪い気分はしなかった。
「あれ…おねえちゃん、もうかえっちゃうの?」
その少年と出会ったのは、植物園から外に出る、まさにその直前である。




