慰め
昼間は厳かな聖女の衣装で隠されていた肢体が夜の光に縁取られて曲線を描いていた。
白い寝衣に薄い羽織を重ねているが、豊すぎる胸元をまったく覆いきれていない。
ピンクの髪はほどかれて肩に流れ、湯上がりなのか微かに濡れて光っている。
その姿は神に仕える者というより――誘惑そのものだった。
「……眠れぬ夜を、お過ごしのようですね?」
囁くような声。耳に直接触れるような響き。
俺は言葉を失ったまま立ち尽くす。
どのような言葉が浮かんでも、彼女の色香を前に弾け消えてしまう。
そんな俺を見てエルネスタは微笑んだ。
けれどそれは聖女としての慈悲の笑みではなく、もっと人間らしい、少女のような恥じらいを含んだ笑みだった。
「少し……お話をしても、よろしいでしょうか」
そう言って、彼女はわずかに身を傾け、扉の向こうを覗くように視線を落とす。
迷いがよぎった。ここは神殿で、彼女は聖女だ。何も起こるはずはない。
理性ではそう理解しているはずなのに、本能は警鐘を鳴らしている。
それはこちらの身に対するものなのか、エルネスタの身に対するものなのか。
自分の事なのに分からない。
俺は答えを出すことができないでいたが、身体は正直だった。
「……どうぞ」
そう言って俺は一歩、扉の内側へ退いた。
エルネスタは小さく息を吐き、静かに部屋へ足を踏み入れる。
扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。
「……失礼いたします」
彼女はどこか落ち着かない様子で視線を彷徨わせた。
神託を告げるときの厳かさはなく、今はただ、一人のか弱い女のようだ。
「なぜだか、胸の奥がざわついてしまって」
「俺もです」
「神の声は、時に強すぎます。……静かな人の声のほうが、救いになる夜もありますね」
彼女は視線を上げ、まっすぐに俺を見る。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
沐浴室で嗅いだものと同じ匂い。
頭がぼんやりとして、思考が鈍る。
ほとんど意識せず、エルネスタをベッドに座らせると、少し距離を空けて俺も座った。
「……少しだけ」
エルネスタがほとんど囁くように言った。
「少しだけ、ここにいても……よろしいですか?」
言葉を探している間に、エルネスタのほうから一歩、距離を詰めてきた。
気づいたときには、彼女の額が俺の胸元に触れていた。
「……すみません」
そう言いながら、彼女の腕が、そっと背中に回される。
抱きしめられている。力は弱い。
すがるような、確かめるような抱擁で、逃げ場を塞ぐものではない。
だから、感触が押し当てられるのを余計に意識してしまう。
……でかい。
思わずそんな感想が浮かんでしまう自分をどうにか誤魔化そうとしたが、無理だった。
薄い寝衣越しでもはっきり分かるほどの存在感。
呼吸に合わせて、ゆっくりと形を変える柔らかさ。
「……あぁ、落ち着きます。男性にこんなことをしてしまうなんて、初めてです」
エルネスタが、俺の胸元に顔を埋めたまま囁く。
「神の声は……とても大きくて、逃げ場がありません。でも、人の体温は、静かで……」
言葉の続きを彼女は飲み込んだ。
代わりに、抱きしめる腕にほんの少しだけ力がこもる。
柔らかく、温かく、否応なく意識させられる。
(……これは、まずいぞ)
そう思うのに身体が動かない。
理性より先に、彼女の体温を受け入れてしまっている。
俺の腕はまだ宙に浮いたままだ。
抱き返していいのか、それとも離すべきなのか判断がつかない。
そんな俺の迷いを感じ取ったのか、エルネスタが優しく告げた。
「……もう大丈夫です。今度は私の番ですね」
微笑と同時に、彼女はわずかに身体の向きを変え、俺の頭を自分の胸元へ引き寄せた。
顔が柔らかな感触に埋もれる。
反射的に息を止めてしまうほどの圧迫感。
「……驚かれましたか?」
そう言いながらも彼女は離れようとしない。
むしろ、少しだけ腕に力を込め、俺の頭を胸に留める。
鼓動の音がすぐ近くで聞こえる。
「……神の声を聞くときも、私の心臓はこうして落ち着かなくなるのです」
言い訳のような言葉。
その声はどこか照れているようだった。
胸に顔を埋めたまま、俺は動くことができない。
相手は聖女だ。触れてはいけないと分かっているのに、離れる力が湧いてこない。
エルネスタの胸に顔を埋めたまま、俺は息を整えようとした。
だが、呼吸をするたび、柔らかさと体温が意識を掻き乱す。
身体の奥に、はっきりとした変化が起きている。
熱が一点に集まり、逃げ場を探すように脈打つ。
それは、無視できるほど小さなものではなかった。
(……やめろ)
頭ではそう命じているのに、身体は正反対の反応を返してくる。
エルネスタの胸元に、額が深く沈み、わずかに姿勢が崩れた。
「……あっ……」
彼女の喉から、小さな声が漏れる。
その一音だけで、内側に溜まっていた熱がさらに強くなる。
腕の筋肉が無意識に強張り、理性が音を立てて軋んだ。
エルネスタは逃げなかった。
むしろ、俺の背に回した腕にそっと力を込める。
「……エルネスタさん」
自分でも驚くほど声は落ち着いていた。
彼女の腕が、わずかに緩む。
「……ありがとうございます。少し……楽になりました」
言葉を選びながら、ゆっくりと距離を取る。
名残惜しさが身体のあちこちに絡みついて離れない。
それでも、一歩、また一歩と後ろへ下がった。
エルネスタは、しばらく黙って俺を見つめていた。
その瞳には、困惑と、熱と、ほんの少しの安堵が混じっている。
「……そう、ですね」
彼女は小さく頷き、自分の腕を抱くようにして一歩引いた。
際立たされる規格外の胸の大きさ。必死に意識を逸らす。
「今夜は……ありがとうございました」
それだけ告げると、彼女は静かに扉へ向かう。
振り返ることはなかったが、扉が閉まる直前、ほんの一瞬だけ足が止まっていた。
自室へと戻ったエルネスタは、背を預けるように扉を閉め、ゆっくりと息を吐いた。
「…………なんて、たくましい」
思い出すのは、抱きしめられたときの感触。
太く、硬く、確かな力を持った腕。
神殿の誰もが触れ得ない人の温もり。
寝台に腰を下ろし、無意識のうちに自分の肩を抱く。
そこには、まだ彼の体温が残っている気がした。
「……だめ、なのに……」
そう呟きながら目を閉じる。
胸の奥に燻る欲を抑えることができず、手が伸びていく。
呼吸が少しずつ早くなる。
聞こえるのは神の声ではなく、まだ会ったばかりの男の声だった。
エルネスタの口から発せられるのは祈りではなく、快楽の悦びだった。
それを、誰にもバレないよう静かに反芻するだけ。
身体は熱を帯び、夜は長く感じられた。
お久しぶりです。試験合格してました。
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