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【連載版】(電子書籍化決定)ピンク髪の転生ヒロインは、運命の人を探さない  作者: 春樹凜


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8.氷の貴公子様はスイーツ男子

ここの途中からが短編版の続きになります。


 予想していた通り、デイジーは頭がおかしくなって生徒を襲ったとして、退学処分になった。

 けれどこれ以上問題を起こす娘の面倒は見られないと思ったのか、彼女の生家はデイジーの引き受けを拒否。そのまま辺境にある最も厳格な修道院に送り、生涯幽閉されることになったらしい。


 逆に処刑とかじゃなくてよかった。そんなことになったらあまりにも寝覚めが悪すぎるから。

 もしも相手が私じゃなくてエリザベス様とかだったら、かなりまずかっただろうけど。なにせ相手は未来の王妃様だし。


 そして私とディラン様はというと────。


「今日はこれを持ってきたんです」


 そう言って手にしたバスケットから芋けんぴ的な物を取り出すと、途端にディラン様の目が輝いた。

 最近は放課後に待ち合わせて、自家製のお菓子を彼の元へ持っていくのが定番となっていた。


 きっかけはディラン様と友人になったことだ。

 

 助けてもらったお礼をさせてほしいとお願いをしたけど、ディラン様は頑なにそれを拒否。で、前に図書館で借りていたお菓子のレシピ本と、全く攻略にもシナリオにも生かされていなかった彼の好物を思い出し、試しにナウマン地方のお菓子なんてどうですかと聞いてみたら、ものすごく興味津々な瞳で、驚いた顔をされた。


 なので実は前にディラン様が彼女に絡まれてる時に持ってた本の題名がそれだったので、と正直に言ったら、唇をもごもごさせながら顔を赤らめ、視線を逸らすという、これまでに見たことのない表情を見せた。

 やっぱりディラン様は相当なスイーツ好きらしく、あの時裏庭にいたのも、実はこっそり大好きな甘いものを誰にも見られないところで食べたかったからだ、と告白された。

 しかも、自分で作ったりもするらしい。


「俺のような見た目の人間が、女性が好むスイーツが好物なんて、恥ずかしいだろう」


 耳まで真っ赤にさせて頭を掻くディラン様に、内心胸がきゅんとする。

 何これ、めっちゃこの人可愛いんですけど!?

 なんでこのシーンをゲーム本編に入れなかったんだ!? と心の内で吠えまくりながら、


「そんなことありません!! 好きなものを好きで何が悪いんですか!? 逆に女性だからと言ってみんながみんなお菓子とか宝石とかドレスが好きとか、そんなこともありませんからね!」


 現に、メイニーは婚約者に影響されたのか、最近の好みは筋肉を作る為のたんぱく質が豊富な鶏肉だって豪語してた。代わりに甘いものは、脂肪になるからあまり取らないようにしている、とも。

 私だって、甘いものよりもどちらかと言えばしょっぱいものとかおつまみ系が好きだ。

 だから男性のスイーツ好きなんて、恥でも何でもない、そう力説したら、ぽかんと口を開けてたっけ。

 その顔すらイケメンだったけども。


 ……という経緯があって、ディラン様は男だから甘いものを食べるのは恥ずかしい、という考えは間違っていると自覚し、それからはあまり気にせず、学園のカフェテリアでも普通に甘いものを食べるようになった。


 まさかあのブリザード貴公子様が、恍惚とした笑みを浮かべてショートケーキを頬張ってるなんて……と、はじめは何か恐ろしいものを見たという感じで皆が動揺してたけど、そのうちそれにも慣れ、貴族第一主義でもなくなったし、「身分が下の者から話しかけるのは……」みたいなことも言わなくなり、全体的に若干親しみやすくなった彼にスイーツを献上しに行く生徒が増えたそうだ。


 私は献上しに行くというか、お礼でお菓子を作って何度かディラン様に渡していたんだけど、そうすると、そのお礼に、と、今度はディラン様が手作りのスイーツをくれるようになった。

 そのまたお礼に……とやり取りを重ねるうちに、気付けばこうしてお菓子を持参して、そこでお互いのお菓子を食べながらお喋りをする、という流れができたのだ。


 今日はちょっと微妙なお天気だったので、外ではなくカフェテリアの隅のテーブルにお菓子たちを広げている。その中からディラン様は私が作った芋けんぴっぽいものを長い指で摘まんで口に含み、次の瞬間目を細め、とても甘やかな微笑みを浮かべた。


「美味しいな、これは。カリッとした食感と絡んだ砂糖が絶妙に良い。それに芋自体も甘みがある。特別な種類のものなのか?」


 雰囲気が以前より柔らかくなったとはいえ、平常時は相変わらず感情の読み辛い無表情っぷりなのに、やっぱり大好きなスイーツを食べる時はその相貌は容易く崩れる。

 そのあまりの破壊力に、一番間近でそれを見てしまった私は内心身悶える。

 けれど彼の笑顔の力はとどまることを知らず、うっかりそれを目にしてしまったらしい別の席にいた男子生徒にも飛び火したようで、被弾した彼は胸を押さえていた。


 分かるよ、うん。綺麗すぎるくらいにカッコいいのにこんな時だけ可愛いとか、反則が過ぎる。普段とのギャップがあり過ぎるから余計に。けれどなんとか平常心を取り戻し、彼の質問に答える。


「えーと、これは甘蜜芋っていう種類です。年中とれる上に私たち平民の間ではよく食べられてるんですよ。ほら、お芋って安くてお腹いっぱいになるので。それにしても……パシフィック様の作ったこのマカロン、すごく美味しいです」

「ああ。試しに君が以前好きだと言っていたチーズを使ってみたんだが。これが意外にいけることに気付いた。甘くない菓子も悪くない」


 彼の腕前は既に菓子職人の域に達していて、見た目もさることながら味が絶品すぎる。しかも私が甘いものがあまり得意ではないと知って、甘さ控えめとか、しょっぱい系のものとかを作ってくれるのだ。


 初めは、特待生でい続ける為に勉強にもっと時間を使わないといけないので、お菓子作りに時間を割くのはなぁと思っていたんだけど、これが結構楽しい。

 このお菓子、ディラン様好きかなとか、これは食べたことなさそうだから挑戦してみようとか、そんなことを考えながら作ったり。


 それに食べ終わったあとは、学年、いや、学校一の秀才であるディラン様自ら、私に勉強を教えてくれる。

 お菓子を作るために貴重な勉強の時間を割いてもらってるのだからこのくらいはさせてほしいと言われ、初めはそんなのお互い様ではと思って断ったんだけど、まったくディラン様は引く気配がなかったので試しにお願いしたら、教え方が非常に分かりやすくて頭を悩ませていた問題もあっという間に解けるようになった。

 しかも学校にはない、でも勉強するのにものすごく役立つ書物が公爵家にはあって、それを私の為に持ってきては無償で貸してもくれる。

 ということで私はありがたくディラン様の提案を受け入れ、結果効率が上がって、私の成績は依然トップを維持できている。 


「来週は別のお芋スイーツを持っていきますね」


 門限ギリギリになってしまったので寮まで送ると言ってもらい、その道中ディラン様に、次は数種類持っていきますと宣言する。

 甘蜜芋がかなり気に入ったらしいので、大学芋とかスイートポテトとかにしよう。


「ありがとう。だが、無理はするなよ」

「無理なんてしてないですよ。私が好きで作っているだけですし。それにパシフィック様が美味しそうに食べるところを見るのは、私もすごく幸せな気持ちになります」


 だって彼は本当に、美味しそうに食べるから。

 ゆっくりと、幸福を噛みしめるように味わう姿を思い出すだけで、私の心にはじんわりと温かい気持ちが広がる。その時のディラン様の顔を思い出すだけで私の頬が自然と緩む。


 すると、ディラン様は縫い留められたように大きく目を見開いて私を見つめ、形のいい唇を真一文字に結ぶと、ぐっと唇を噛みしめる。

 けれどそれはほんの一瞬のことですぐにいつもの表情に戻っていたので、特に気にすることなくそのまま門の前で別れた。



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