22.向かう先にいるのは
ディラン様と気持ちを確かめ合ったあの後、私たちはたくさん話をした。
二人で一緒にいるためにどうすればいいかとか、これからのことを。状況を楽観視するつもりはない。待っているのはなかなかに厳しい道だろう。それでも私達の決意は揺るがなかった。
それからすっかり日も暮れかけた頃、生徒会室を出てあの生活指導の先生の元へ足を運んだら、メイニー達から公開告白の話を聞かされたらしい先生からは、力強い激励の言葉をもらった。
「身分の違いが何だ! パシフィック君とメイト君の学園での頑張りは先生も知っている。外野に何を言われても負けるんじゃないぞ。私は応援しているからな!」
あとから聞いた話、この先生は昔付き合っていた高位貴族のご令嬢と、身分差を理由になくなく別れさせられた経験があるらしい。
だけど先生だけではなくて、私とディラン様の事の顛末は学園で目撃者を出していたことから多くの人たちの耳に入っていたのだが、友人やアレクサー殿下をはじめとした学園の生徒達も、嬉しいことに結構好意的に私たちの関係を見てくれていた。
けれど現実問題、周囲に────特に貴族社会に籍を置く人々に認めてもらうのはやっぱり難しい。
実際今回のことを聞いた上位貴族の人々の間で、アリス・メイトという人間は地位と財産目当てで貴族を骨抜きにした浅ましい生まれの娘だ、という噂が出回っていると聞く。
そして最も肝心なのは、ディラン様の相手として、彼の両親に私が認めてもらえるかだ。
ディラン様曰く、彼の凝り固まった考え方を変えた私のことは知られていて、両親は二人とも私に興味を持ち、好意的な感情を抱いているそうだ。だからこそ平民である私が彼と友人関係を築き上げたことを把握しつつ、それに関して口出しもなかった。
けれどそれがディラン様の恋人になる、となると、話は別だろう。
彼の婚約者については、第一候補だったセリーナ様が別の相手との婚約が決まったことで、現在は白紙となっている。
が、パシフィック家と縁を持ちたい有力貴族はたくさんいるし、家の繁栄を考えるなら相手はそういった家柄の者が好ましいと、当然考えるだろう。
それでも、ディラン様が私とのことを二人に話した時頭ごなしに否定されることはなく、まずは一度自分たちのところへ連れてきなさい、と言われたそうだ。
と、いう訳で。
あの公開告白から二週間後。私は、緊張した面持ちでパシフィック邸の玄関の扉の前に立っていた。
「アリス、大丈夫か?」
体の中から緊張を追い出すようにゆっくりと息を吐き出す私に対し、ディラン様が心配そうな声音で問いかける。
そんな彼の視線を、元の色である青空色の瞳で見返しながら、私は自分と彼の杞憂を吹き飛ばすかのように、敢えて力強く笑ってみせた。
「平気です。それに隣にはディラン様がいてくれますし」
繋がれた手を握り返せば、同じような強さで返してくれる。
本音を言えば少し怖い。それでもこれは、私がディラン様と一緒にいるためには避けては通れない道だ。私は目の前に佇む巨大な屋敷を前にして、心の中で渇を入れる。
ちなみに今日はこれまでのように茶色の髪と眼鏡をかけた変装姿ではない。
今の私はその全てを取り去った、元のアリス・メイトの姿である。だって既に変装する意味はなくなっていたし、ちゃんと真実の姿でお会いした方がいいと思ったから。
友人をはじめとした学園の人たちからは、この姿で現れた時は私が誰だか分からなかったみたいで、面倒事を避けるために変装していたアリスだと正体を明かしたら結構な騒ぎになった。
「待って、なにその変わり様!! しかも変装やめたら可愛いとか意味分からないっ!!」
「ピンクの髪って……なんかあの人思い出すわぁ。確かに目立つし、隠したい気持ちも分かる」
「いやいやでも、眼鏡かけて目の色まで変えて顔の印象を変えるって何よ!? その上胸は布巻いて小さく見せてるとか、同志だと思ってたのに裏切られた気分なんだけどっ!?」
メイニーをはじめとしたみんなには口々にそう言われ。
あのザッカリーなんか、こちらを見て口をパクパクさせた後、「み、みみ、見た目の良さで俺を動揺させようったって、そ、そうはいかないからなっ!!!」と叫びながら走り去っていく始末で。
みんなから可愛いと言ってもらえるのはまあ、嬉しくないわけじゃない。
けれど初めて本来の姿を見せた時のディラン様は、髪色のことは知っていたとはいえ驚いてはいたけど、
「君がどんな姿をしていても、アリスはアリスだ」
私の見た目に言及することなくそう言ってくれたのが、結構嬉しかった。きっとディラン様は私がどんな姿だったとしても、私を見つけて好きになってくれたんだろうと、そんな気がした。
そんな彼と、たとえどんな困難が待ち構えていたとしてもこの手を離さないと決めた。だからこそ私は今ここに立っている。
「行こう。中で二人が待っている」
「はい」
最後に一つ小さく深呼吸をすると、私は意を決して彼と一緒に屋敷の中へ足を踏み入れた。




