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【連載版】(電子書籍化決定)ピンク髪の転生ヒロインは、運命の人を探さない  作者: 春樹凜


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20.告白の答え


 最悪だ。ほんと、それ以外の言葉しか思い浮かばないくらい、最悪の状況。

 まさか起きてるだなんて思いもしなかった。というか、寝ていようがなんだろうが、軽率に自分の気持ちを吐き出してしまった己の浅はかな行動を恥じる。


 ディラン様となんとかギリギリ友人でいようと折角ここまで我慢していたのに、全部が水の泡だ。どこから聞かれていたか分からないけど、絶対に私の気持ちには気付かれている。

 あの感じだと誤魔化すのは無理そう。


 それどころか、次会った時に丁重にお断りの台詞を告げられそうだ。むしろスルーしてほしいくらいだけど、真面目なディラン様のことだからそれはない気がする。


 かといって気持ちがばれてしまったうえで、「好きなんですけど、最後まで友人でいてください!」なんてこと、私には言えない。


 ほんと嫌になる。あんなに最後はちゃんと顔を合わせて……なんて考えていたのに、今はディラン様の卒業までこのままずっと逃げ続けたいと思っている。

 だってどんな顔をして会えばいいか、もう分からない。


 告白を聞かれたあの時、ディラン様は私を呼び止めるような声をかけつつ、呆然としていた。

 まさか私に好かれていただなんて微塵も思っていなかったと言わんばかりに、理解が全然追い付いていないような、そんな顔。

 それが、まったく自分が意識されていないっていう証明に思えて、分かっていても結構ショックだった。


 そういう訳で、恥ずかしさといたたまれなさと、どんな顔して向かい合えばいいか分からないとか、振られるための言葉を今聞きたくないとか、突き付けられた現実を目の当たりにしてショックを受けたからとかそんな色んな感情と理由が押し寄せ、結果私は逃げ出した。


 そのまま教室棟へと走って帰り、自分のクラスの前を通りかかったところで、ザイル様と談笑していたメイニーとぶつかりそうになる。


「キャア!」

「ご、ごめんメイニー」

「気にしないで。それより、アリスがそんな切羽詰まった顔で廊下を走るなんて珍しいわね────って、どうしたの? もしかして、アリス泣いてる!?」

「あ、いや、これは……」


 するとすかさずザイル様が、目をくわっと見開く。


「なんだって!? 俺の大事なメイニーの友人である君を泣かせるなど、俺がコテンパンに叩きのめしてやろう! 誰だ、誰にやられた!?」

「違います、これはその、泣いてるんじゃなくて……」


 まずい。誰かに泣かされたというよりも、自分の気持ちに整理がつかなくて、色んな感情が垂れ流しの結果溢れてきた涙だ。


 けれど、ディラン様から泣きながら逃げ出しただなんて言おうものなら、間違いなくディラン様が原因だと疑われて、そして唯一無二の筋肉をお持ちのザイル様に、彼が瞬殺されて宙を舞う未来しか見えない。

 

 だから何でもいいからと、とにかく思い付いた涙が出る理由を叫ぶ。


「目に大きな虫が急に飛んできてぶつかったせいで、あまりの痛さに悶絶しながら裏庭からここまで走ってきたんです!」


 言いながら、我ながら一瞬筋は通っていそうだけど、なかなかに苦し紛れな言い訳だなと思う。だって私の目には虫の侵入を物理的に防いでくれる眼鏡がある。こちらを見つめる二人の視線も、明らかに訝し気だし。


 それでも真実を言うことはできないので、そういうことなのでと無理やり押し切り、一旦眼鏡をはずして手の甲で強引に目の辺りを拭った私は、これ以上詮索される前にと二人を置いて早足に立ち去る。

 

 ディラン様のことだから、いきなり追いかけてはこないだろう。性格的にきっとあの時の私の告白を一度飲み込み、どういう風に断れば私が傷付かないか考えた上で、明日かそれ以降に私の前に現れるはずだ。

 だけど万が一にも追いかけられるかもしれないという可能性もあるので、一刻も早く学園から離れたかった。

 

 ちょうど多くの生徒達が下校する時間帯で、生徒の間をすり抜けつつ寮へと急ぐ。


「あ、アリス! 今から王都の図書館へ行くんだけど、あなたも一緒に……」

「ごめん無理また誘って」


 カトレアたち数名のクラスメイトに声をかけられたけど、それをすぱっと断りようやく門を抜けようとしたところで、バシッと誰かに手首を掴まれた。


「な、んで……」


 振り返った私は目の前の御仁を、信じられないといった面持ちで見つめる。

 着ていたはずの上着を脱ぐほどに走って私を探したのか、なんなら腕まくりまでしているディラン様の息はかなり荒く、どことなく必死の形相で、掴まれた手は氷のように冷たい。


 前にデイジーから助けてくれた時と似たような状況。だけどあの時と明らかに違うのは、こちらを見下ろす瞳に、何かを訴えたいと言わんばかりの、手の冷たさとは対照的な明確な熱がこもっていることだ。


「アリス・メイト、話がある」

「離してください。私には、ありません」


 嫌だ、どうせあの告白の答えを言うつもりなんだろう。もしくはさっきの告白の真意でも確かめに来たのか。

 どっちにしろ今は勘弁してほしい。顔を見るのも振られるのも、せめて一晩くらい待ってほしいのに。


「頼む。俺は君に……」

「ごめんなさい。先ほどのことなら謝ります。ただの戯言ですので捨て置いてください」

「だから話を」

「っ、嫌だって言ってるじゃないですか!」


 彼の言葉を遮ろうと、思わず大きな声が出る。


「何も聞きたくなかったし、恥ずかしいし、色んな感情がぐちゃぐちゃになって耐えられないから逃げたのに、どうしてわざわざ私を追いかけてきたんですか!」


 ディラン様が息を切らした状態で私を捕まえていて、しかも生徒の往来も激しいこんな場所でちょっとした言い合いをしていれば、当然周囲の足が止まって自分たちに注目されるのは分かる。


 いつもならもっと冷静に、せめて場所くらい変えようとするはずなのに、柄にもなく感情的になっている私はそんな周囲のことすら気にする余裕がない。だから、彼は悪くないって分かっていても、思うままに今ある気持ちをそのままディラン様にぶつける。


「伝えるつもりなんてありませんでした。だってパシフィック様はセリーナ・ピクシミリン様のことが好きだって知っています」

「待て、さっきも君はそう言っていたがどこから」

「そんなのパシフィック様の話を聞いていれば分かります。しかも二人は両想いみたいで、そんなの勝ち目なんてないじゃないですか」

「違う、俺が好きなのは」

「今回の彼女の帰国の理由だってぼかしていましたけど、きっとパシフィック様と婚約するためですよね」

「そうじゃない、彼女の帰国は」

「嫌です、何も聞きたくありません! だってパシフィック様はこれから私を振るための言葉を口にするんですから」


 これまでどんな時だって、泣くなんてことはほとんどなかったのに。ディラン様への気持ちに気付いて以来、情緒は不安定になるし、冷静さはすぐに失うし、この行き場のない感情に私は日に日にみっともなく振り回されて、いともたやすく涙を流してしまう。

 自分の気持ちを制御できなくて、それがもどかしくて苦しくて。

 

 これ以上こんな自分を晒したくない。だから私は追いかけてきたディラン様の手を振り払おうともがきながら、力いっぱい叫ぶ。


「お願いです、これ以上惨めな気持ちにさせないでください! 私のことを思うのなら、もう放っておいて────っ!」


 突然体が引き寄せられ、視界が狭まるのと同時に何かで唇が塞がれ、続けようとした言葉が喉の奥に押し込められる。


 自分のものとは違う色の瞳を縁取る長いまつ毛を至近距離で目にして、ようやく自分がどういう状況なのかを理解して、その瞬間息をすることすら忘れてその場で固まる。

 これまで考えていたことも何もかもが意識の端へと遠のいて、ただ、目の前にいるディラン様と二人だけの世界に隔離されたような、そんな感覚に陥る。


 どのくらいの時間が経ったのか。ほんの少しの間だったのかもしれないし、もっと長い時間だったか。


 唇に小さな吐息を残しゆっくりと離れていくディラン様は、私の頬に残る涙の痕を指でそっと拭いながら、掠れるような声で言った。


「俺が好きなのは君なんだ」


 何かの冗談なのかと混乱する脳内で考えたけど、そんなことを言うような人じゃない。それに、まだ残っている唇に触れられた熱と向けられる視線が、それが事実だと証明しているようで。

  

 じゃあ、やっぱりディラン様は私のことを────?


 途端に硬直がとけた私は、膝に入っていた力が抜けてぺたりと座り込む。


「……本当に?」


 その問いかけに、私の視線と同じ高さまで屈んだディラン様は小さく頷き、今度はさっきよりもはっきりとした口調で答えた。


「ああ。アリス、俺も君のことが好きだ」

「それじゃあ……」


 だけど私が何か言うよりも前に、向こうの方から生徒とは別の声がこちらに向かってきているのが耳に入る。

 野太いわりによく通るあの声は、生活指導の先生のもののような気がする。


 ……そういえばすっかり意識の端に追いやってたけど、ここ校門前だ。そして目の前で突然起こった私たちのやり取りは、しっかりと下校途中の生徒達に見られていたようで、多分この騒ぎを聞きつけた先生が駆け付けてきたのだろう。


 見渡すと、カトレア達他数名のクラスメイトの姿を確認できた。あと、さっき教室前で会ったメイニー達や同じ一年の上位クラスの子達もいて、皆一様にニマニマしている。

 

 客観的にここで起こった状況を整理するなら、完全に二人の世界に入り込み、ディラン様に一方的に感情をぶつけている台詞の最中にキスされて、振られるどころかそのまま告白されて……というのが今の状況な訳で。

 

 ────冷静になると今更ながらに羞恥心が襲い掛かってきた。


 どうしよう、恥ずかしすぎて死ねる。

 さっきディラン様から逃げ出した時とは別の意味でここから一刻も早く立ち去りたい。それか穴があったら入りたい。むしろそのまま奥まで入り込んで異世界にでもワープしてしまいたい。


 寒い時期なのに全身が火を吹いたように熱い。どんなに熟したリンゴよりも顔が赤くなってる自信がある。

 

 けれどそんな私とは対照的に、色々と吹っ切ったような表情のディラン様は全く動じている様子はなく、こちらへ手を差し出す。


「立てるか?」

「あ、はい……」


 が、完全に腰が抜けてしまっていて、体が持ち上がらない。


「すみません、膝に力が入らなくて」


 そう言ったら、私の状況を理解したディラン様はなぜか少し腰を落とすと、そのままこちらの体を持ち上げた。


「はっ、え、いや、なんでですか!?」


 これって完全にお姫様抱っこというやつでは……!?


「降ろしてください!」


 けれど彼はこの言葉に不思議そうに首を傾げる。


「君は立ち上がれないのだろう?」

「そうですけど……」

「悪いが我慢してくれ。今君を連れて彼から逃げるのにはこれが一番効率がいい」


 羞恥心のゲージは更に上がり、混乱極まりない私が声を上げるけれど、ディラン様はそれには構わず、近くにいたメイニーとザイル様に話しかける。


「俺は今アリスとの話を優先させたい。悪いが、後で必ず足を運んで説明をするからと先生には伝えておいてくれないか?」

 

 すると二人は満面の笑みで答えた。


「お任せください! 先生には私達からも事情を説明しておきます」

「おう、あっちは俺たちが足止めしといてやるから!」


 グッジョブと言わんばかりに親指を立てるメイニーとザイル様、その他諸々に見送られ、私はディラン様に抱きかかえられたままその場を離れる。


 ……いや、もう、あれだけのこっぱずかしい場面を大衆の面前で晒したのだ。一周回ってどうでもよくなった私は、諦めの境地でディラン様に大人しく抱かれることにした。


 教室棟へ戻り、迷いない足取りでディラン様が進む途中で、歩けるようになったからと伝えて降ろしてもらう。

 そのまま彼についていくと、向かった先は、意外なことに生徒会室だった。


「ふふっ、ここから全部見ていたわよ。あなたって見かけによらず情熱的なのね」


 扉を開けると、開口一番そう言って出迎えたのは、相変わらずこちらが息を呑むほどに美しいエリザベス様だった。

 そしてその後ろからひょこっと顔を覗かせたのは。


「やあディラン。来ると思っていたよ。ここならそうそう邪魔は入らないし、密談するにはもってこいだもんね」

「ああ。……すまないが彼女と話をしたい。アレクサー、ここを使用してもいいか?」


 誰もが見惚れる完璧な美貌とオーラをお持ちのアレクサー殿下はかなり人懐っこい性格なのか、私とディラン様を交互に見やると、許諾するように頷きにこっと白い歯を見せて笑ったが、すぐに真面目な面持ちになる。


「君が珍しく、いや、私が知る限り初めて、建前や立場より自分の感情を優先させたんだ。……これからどうすべきか、きちんと話し合う必要があるだろうからね」


 それじゃあまたね、と言って、手をひらひらさせてアレクサー殿下が部屋から出るのと同時に、エリザベス様も微笑みを崩さず殿下の後を追う。


 けれど私とすれ違いざまに一言、


「同じ転生者として何かあれば力になるわ」


 そう小さく耳元で言い残した。


 やっぱり彼女も私と同じ、ゲームの記憶を持った転生者だったようだ。これまで敵意──とまではいかないけど、監視するような視線は、デイジーがいなくなった後も感じていた。

 けれどこうして好意的な言葉を残してくれたのは、私が完全にアレクサー殿下をどうこうする気がないと確信が持てたからなのだろうか。


 まだどうなるか分からないけど、とりあえず、ありがとうございますと声に出さずに小さく唇を動かした後、エリザベス様の後ろ姿に軽く頭を下げた。


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― 新着の感想 ―
エリザベスさんも 主人公が物凄くガリ勉してる姿から、たくさんの男を侍らせたい感がなかったから安心したんだろうね。
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