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【連載版】(電子書籍化決定)ピンク髪の転生ヒロインは、運命の人を探さない  作者: 春樹凜


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18.(ディラン視点)認められない想い


 この時期、生徒会の仕事は忙しくなり、缶詰めになることも多くなる。

 その日もディランを含めた四人が生徒会室に残り、積み上げられた膨大な書類の山の攻略に挑んでいた。

 

「去年も経験したとはいえ、さすがにこの時期はきついね」


 大量に積み重なる書類と睨めっこしていたアレクサーが、ようやく一区切りついたとばかりに顔を上げる。

 そのタイミングを見計らったように、エリザベスがこの部屋にいる四人分の紅茶の入ったティーカップを携えてやってきた。


「少し休憩にしましょう」

「そうだね」

「あー、座り仕事ばっかじゃ体が鈍って仕方がない」


 アレクサーが移動すると同時に、同じく彼の隣にいたザイルが大きく伸びをして、席を立つと二人の待つテーブルへ移る。


「ディラン、君の分も冷めないうちにおいでよ」


 だが未だに書面に目を走らせていたディランは、顔を上げずに首を微かに横へ振った。


「俺はもう少しきりのいいところまで終わらせる」

「そうは言うけど、私が記憶している限り君は今日一度も休憩していないよね?」

「必要ないからな」


 その瞬間、アレクサーの纏う空気が変わる。彼は柔和な笑顔を崩さぬまま、ディランに言葉をかける。


「なるほど? つまり君は、リズが私たちの為に折角心を込めて淹れてくれた紅茶が冷めても構わないと。そう言いたいんだね」


 怒気を孕んだ冷たい声に、ディランは自身の対応を間違えたことに気付く。

 

 アレクサーは、愛するエリザベスが絡むと途端に面倒な性格になり、子供の頃、何度か彼の怒りを買い大変な目に遭ったことがある。

 これ以上友人の機嫌を損なうのは得策ではないと判断したディランはすぐさまペンを置くと、空いていたザイルの隣に腰を下ろしカップを手に取る。


 そうするといつものアレクサーに戻り、並んで座るエリザベスと仲睦まじく喋る様子を正面に見ながらほっと安堵の息を漏らした。


 そのまま他愛もない話に耳を傾け──主にアレクサーとザイルの惚気話だが──カップの中身がなくなったところで、ザイルが何の邪気もない顔で尋ねてきた。


「そういえば最近お前はメイト嬢と一緒にいないみたいだが、喧嘩でもしたのか?」


 するとそれに乗っかるようにアレクサーも頷くと、


「私も気になっていたんだよ。彼女は君のお気に入りだろう? なのに近頃はいつもの勉強会も手作りお菓子の交換もしていないみたいじゃないか」

「そうそう! 俺たちの前ですらほとんど笑顔を見せない可愛げもなかったお前が、彼女と出会ってからまるっきり変わっちまったもんな。特に菓子を食ってる時とメイト嬢が傍にいる時なんて、誰だよお前は!? って二度見するレベルで俺は未だに慣れないぞ。だからてっきり、うまいこといってるんだって思ってたんだが」


 本気で心配しているようなザイルとニコニコと笑みを浮かべるアレクサーに、ディランとしては色々と物申したいことはあったが、一つ訂正すべきことがあった。


「俺が彼女を気に入っている、というのは否定しない。それに俺自身が変わったこともだ。だが彼女とは友人であり、二人が考えているような関係じゃない。最近会えていないのは……こちらの仕事が多忙なせいだ」


 彼女と出会ってから、考え方も表情も雰囲気も、昔の自分とは比べ物にならないくらいに変化したという自覚はあるが、あくまでディランが勝手にアリスを想っているだけであって、二人の関係性はあくまでも友人だ。


「ふーん、友人ね」


 アレクサーの返しに、ディランは眉をひそめる。


「なんだ。何か言いたげだな」

「いいや、君もこと彼女に関しては嘘が下手なんだなと思っただけ。確かに婚約者がいない者同士であれば、君たちのように異性の友人同士で、一緒に過ごしたり出掛けたりすることはある。婚約者が決まるまでのザイルがそうだったようにね」

「ふむ、暴漢から助けた礼に食事を御馳走したいと誘われ、何度か行ったことはあるな」

「だよね。でも君がメイト嬢に対して抱いている感情は、友情だけじゃない、だろう?」

「……根拠でもあるのか」

「なに、あれで隠していたつもりなの? 言っておくけど君、メイト嬢への好意だだ漏れしてるからね」

「っ!」


 それを証明するかのように、ザイルが勢いよく首をブンブンと動かし、頷く。

 極めつけにエリザベスに目線を向ければ、彼女はにこりと笑って答えた。


「何年一緒にいると思っていますの? バレバレですわよ」


 ディランは思わず俯きその場で頭を抱える。

 そんな彼を慰めるためなのか、アレクサーが優しく声をかける。


「大丈夫だよ。私達は君のことをよく知っているからすぐに勘付いただけで、少なくとも君が一番隠したい本人には悟られていないと思うよ」

「ああ、でもメイニーには気付かれているがな! よく彼女が言っているぞ。メイト嬢といる時のお前は、甘い菓子を食べている時の笑顔に紛れさせているが明らかに笑顔の質が違うと。だがそれをメイト嬢本人に伝えても、気のせいだと返されるらしいが」


 ならばまだマシだと思うべきなのだろうか。

しかしそんなことまで彼らに筒抜けだったとは。彼らもまた、セリーナと同じ、ディランの幼馴染とでもいえる存在だ。幼少期からずっと一緒にいるため、ディランの感情もあっさりと読み解いてしまえるのだろう。


「……これからはもう少し気を付ける。彼女に気付かれるわけにはいかないからな」

「なんで隠してるんだい?」

「彼女は俺のことを友人の一人として慕っているに過ぎない。それにアリス・メイトの夢を知っている。俺が気持ちを伝えたところで迷惑だろう。なら友人としてできる限り側にいて手助けしたいと、そう思ったまでだ」


 ただ、その役割すらも最近は危うくなっている節がある。


 いつからだろうか、上手に隠しているが、一緒にいる時、わずかに顔が赤らんだり、反対に急に気落ちしたような表情をアリスは見せるようになっていた。

 体の不調や勉強について悩んでいるようでもなく、アリスに喜んでもらおうと彼女にねだられるまま留学中の幼馴染の話をするが、なぜか更に様子がおかしくなる始末だった。


 訳を尋ねてもはぐらかされてしまい、生徒会の仕事が重なって時間が取れなくなったのは本当だが、アリスの方がディランを避けているように思え、それもあって顔を合わせる機会がなくなってしまった。


 もしかすると知らないうちに自身が彼女に何か嫌われるようなことをしてしまったのかもしれないと、そんなことを半ば自虐的な面持ちで語っていると、三人は何とも言えない表情で顔を見合わせる。


 何かおかしなことを言っただろうかと妙な空気感にかすかに眉根を寄せるディランに対し、ザイルがおずおずと口を開く。


「ちなみにその幼馴染って、もしかしてピクシミリン家のセリーナ嬢か?」

「ああ、彼女のことだ」

「……なるほど、よく分かった。あー、ディラン、もしもの話だが、万が一メイト嬢に好意を持たれていた場合、お前はどうするんだ?」


 唐突に非現実的な話を振られ、ディランの眉間の皺が深くなる。


「それはありえない」

「だから仮定の話だって言ってるだろう?」

「…………机上の空論の話をするのはあまり好きではないんだが」


 考えたこともなかった。

 あのアリスが自分と同じ気持ちを抱いていたら、どうするか。


 ────仮定の話だ。

 もしも本当にそうなら、とても嬉しく思う。

 だがアリスは平民で、ディランは公爵家を継ぐ人間だ。


 身分の違う者同士の婚約は成立させるのがかなり難しい。それに平民を選んだとなれば、ディランも周囲から色々と言われるだろう。貴族のくせに愚かな選択をしたと揶揄されるかもしれない。けれど自身が攻撃されるのは構わない。


 問題は、万が一結ばれるにしても、特に身分差が大きければ大きいほど、その負担は確実にアリスの方に重くのしかかることだ。

 それに将来官吏になりたいという夢を持つアリスをパシフィック家に縛り付けるのは、本意ではない。かといって愛人として傍に置くつもりもない。


 他に一緒にいられる方法として最も現実的なのは、ディランがパシフィック家を捨てて二人で駆け落ちでもすることだろう。が、その先にある未来が明るいものになるとは思えない。


 ならばどう転んでも、アリスの未来を思うのなら、取れる選択肢は一つしかない。


「たとえ俺と同じ気持ちだったとしても、彼女のためを思うのなら、俺はそれを受け入れられない。いや、受け入れるべきではないだろう」


 三人の前で導き出した答えを告げると、その瞬間アレクサーは含みのある微笑みを浮かべた。


「そうだね。それが家名を背負う私達貴族の解答としては最も模範的なものだ。身分違いの関係は結ばれたその時は良いけど、大変なのはその後だからね」

「何が言いたい」

「どんな時も自身の気持ちを排除していつも冷静に物事を判断する、きわめて君らしい答えだと思っただけだよ」

「俺の感情など、必要ない。…………この話はもういいだろう。悪いが先に戻る」


 ディランは席を立つと、自身の机へ戻り、先ほどの続きから始める。目で文章を追いながらも、頭の片隅には先ほどとのアレクサーとのやり取りがぐるぐると巡っていた。


 何も間違ったことは言っていないはずだ。


 アリスが自分を好いているというありえない事態がもし起こり、そしてその気持ちを知ったとしても、アレクサーに答えたように、ディランは決してそれを受け入れることはしないし、ディラン自身の気持ちを打ち明けることもない。そう思っていた。


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