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【連載版】(電子書籍化決定)ピンク髪の転生ヒロインは、運命の人を探さない  作者: 春樹凜


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14.予想外にともる熱


 何度か来たことのある図書館は、この国どころか大陸内でも一、二を争う広さと書籍数を誇るらしい。

 そんな広大な館内を歩き回り、私達は目的の物を探す。


 私の方はすぐに見つかった。

 レシピ本の中をパラパラとめくったディラン様は、それはもう嬉しそうにしていた。特に真ん中らへんのページを食い入るように見ていたから、近いうちに気合を入れて作って持っていこうと思う。


 そのあと私も気になったので、一緒にディラン様の探し求めている内容に近しいものが記載されている書籍を探してみるけど、これが結構難航した。


 司書の人にも尋ねたら、新人さんらしく、該当するものががここにあるかは分からないとのことだったので、大陸北部周辺について書かれている本がまとめて置かれている棚を中心に探していたんだけど……。


 まず、書籍の数が多すぎる。

 そりゃあ司書の人も何がどこにあるかなんて、覚えきれないだろう。


 それでもなんとか関連がありそうな本を両手いっぱいになるまで探し出して、会話をしても問題ないエリアまで移動したら、二人で並んで座り読み進める。


「ディラン様、この本多分当たりです。ここの部分にほら、ディラン様が知りたいって言ってたことについて書かれてるみたいですよ」


 私語厳禁ではないが、読書をしてる人も多くいるので、該当場所を見つけた私は、ディラン様の腕を引き、その部分を指差しながら小声で伝えると、彼は興味深い表情で頷いていた。


 新しいことを知るのは楽しくて、ディラン様のお手伝いのつもりだったけど、気付ければ私も夢中で目の前の本にかぶりついていた。


 ついでに図書館にあった、私は読めないけどディラン様は読めるルーンナ語の本もあったので、それについても彼に教えてもらいながら同じ本を顔を突き合わせて読み進めたり。

 

 結局休みの日で学外にいても、学校でやっていることとあまり変わらず、ちょっとした勉強会のようになってしまったけど、ディラン様とこうやって過ごす時間は嫌いじゃない。


 そんなこんなであっという間に夕方になっていた。


「すまない、こんな時間まで君に協力させてしまうとは」

「いいえ、私こそとても勉強になったので、お礼を言うのはこちらの方です」


 私もディラン様も各々何冊か本を携え、図書館から出ると、既に太陽は地平線の向こうに沈みそうになっていた。この季節になると少しずつ陽が傾くのが早くなっているのを感じる。


「それじゃあ私はそろそろ帰ります」


 また明日学園で、と別れの言葉を告げると、すぐにディラン様の声に引き留められる。


「待て。この時間に迎えに来てもらうよう、うちの人間には言っている。すぐに馬車が来るだろうから寮まで送る。夜道は危険だ」

「え、ですがここからうちの寮まではそこまで遠くありませんし、夜道っていっても大きな通りで人の目もありますし、外灯もついていてそんなに暗くありませんから」


 が、目の前のお方はそれを認めてはくれなかった。

 ディラン様の言っていた通り目の前にパシフィック家の紋章の入った馬車が現れたかと思うと、彼は即座に私から本の入った鞄を奪うと中に入り、自分の正面に座るよう促す。


「そ、れは、ずるくないですか」

「こうでもしないと君は乗らないだろう」


 私の性格はお見通しらしい。仕方がないので差し出された手を取り、馬車の中へと体を入れる。それを確認した御者の人が扉を閉めると、程なくして車輪が動き出す音がした。


 私はグロッキーな船旅を終えたのち乗合馬車に一日揺られこの王都までやってきたのだが、公爵家の馬車は、その時乗ったものとは雲泥の差がある。

 まず、椅子の座り心地がいい。当然、くたびれて擦り切れた安物の皮ではなく、ピンと張られた上等の皮で、お尻も痛くない。

 窓だってヒビも曇りも一つもなく、外灯に照らされ夜の王都へと変わっていく様が、ガラス越しにはっきりと確認できる。

 そして内装が凝っている。天井に貼られているのは金箔ではなかろうか。それを全体に張り付けているわけではなく、一部のみに使用しており、全体的に落ち着いた、それでいて高級感のある仕上がりになっている。


 なんとなく高級品に囲まれるのに慣れていなくて少しお尻をもぞっとさせていると、何気に目の前のディラン様の姿が目に入る。


 窓の外に目をやるディラン様の横顔に外灯の影が落ちている為、彫刻のように温度のない美貌がより一層引き立っている。昔の彼のように背筋がゾクリとするほどの冷たさを纏っているように見え、少し怖いのにとても綺麗だった。

 けれどディラン様がふっとこちらに顔を向けると、すぐにそれはなくなって、代わりに最近の見慣れた雰囲気になったと同時に心配そうに眉根を寄せた。


「もしかして今日は無理をさせてしまっただろうか」

「え? い、いえ、全然そんなことはありませんけど……」

「それならいいんだが。その、少しぼんやりしているように見えたから」


 どうもまた見入ってしまっていたようで、慌てて首を横に振ってそれを否定する。


「むしろ私は一日ディラン様と休日を過ごせて、とても楽しかったです! ただちょっと、そう、お腹が空いてしまっただけで」

「なら……これで良ければ食べてくれ」


 そう言ってディラン様が自身の鞄から取り出したのは、包み紙に入ったチョコレートだった。いかなる時も甘味を常備しているのはさすがだと思いつつ、私はそれを受け取る。


「いいんですか?」

「ああ、甘いものは君の口には合わないかもしれないが」

「そんなことはありません、ディラン様もご存知の通り、全く食べないってことでもありませんし」


 空腹なのは本当だ。本を読んでいたせいか特に頭が糖分を欲している気がする。私はありがたくそれを頂戴すると、銀の包み紙を開き、中身を口の中に入れた。途端に砂糖の上品な甘さが広がって、体内をゆっくりと巡っていく。

 

「ありがとうございます。美味しいです。ちょっと元気出ました」

「そうか、良かった」


 ほっとしたように少しだけ目を細めたディラン様を見ていると、胸の奥がきゅっと収縮する。甘いものを食べて笑顔になる彼に感じる萌え的なものではなく、何かもっと別の種類のような気がして。

 けれどそれが何なのか考える前に、馬車はゆっくりと速度を落とし寮の門の前に止まった。

 なので送ってもらったお礼を述べ、荷物を持って別れを告げる直前、私はディラン様に呼び止められる。


「アリス! 言い忘れていたが、偶然とはいえ今日君と一緒に過ごせて、俺もとても楽しかった」


 それだけ伝えたかったんだ。そう言ってとても甘やかに微笑んだディラン様は、また明日と最後に締めくくって去っていった。


 小さくなっていく馬車を門の前で何食わぬ顔で見送った私は、それが視界から消えた瞬間、無理やり力ませていた体のこわばりを解く。それと同時に立っていられなくなり、思わずその場にへたり込んでしまった。


 疲れたからではない。原因は分かっている。


「……あんなの反則だって」


 甘いものを前にしている時くらいしか見せない笑顔を、よりにもよって今するなんて。予想外に浴びせられた爆弾級の微笑みに、勝手に反応して赤面しているのが確認しなくても分かる。

 ディラン様があんな顔になったのは、気になっていたあのスイーツブッフェを堪能できたのからだろう。そう分かっていても、早鐘を打つ心臓は落ち着く気配がない。


 ともかく、この顔で帰ったら絶対に何があったのか根掘り葉掘り聞かれると思った私は、建物の中には入らず、完全に熱が冷めるのをその場で待つ。が、一度灯った熱はなかなか冷めることはなかった。



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