13.ディランの幼馴染
時間になり、大満足で店を後にしたディラン様は、元々図書館へ行く用事があったようで、そのまま私と一緒に向かうことになった。
お店からは歩いて十分ほど。甘いものを前にしていた時のような空気感はなくなり、いつものディラン様に戻った彼に、並んで歩く私は尋ねる。
「ディラン様は何か借りたい本があるんですか?」
「この大陸の北部、ルジリアナ国の周辺で言い伝えられている古い伝承をまとめたものを探している。以前授業で少しだけ話に出てきたんだ。気になってもっとそれについて知りたくなってな」
「ルジリアナって確か、一年のほとんどを雪で閉ざされているという、あの小国のことですよね。……もしかしてディラン様、あの辺りで使われているルーンナ語も読める、なんてことは」
「それなりにだ。さすがに完全に解読することは難しいが」
さらりと言っているけど、私はさっぱり分からない。
やっぱりこの方、持っている知識量が半端ない。その上、日々アップデートし続けている。どの分野についても広く深く知っているけど、中でも特に詳しいのは、この国以外の文化や言語に関することだ。
今思い出したけど、ゲームでは、卒業後はアレクサー殿下の右腕として、早い段階から外交でも手腕を振るった的なことが出てきていた。この感じだと、この現実でもそういった立ち位置になるのだろう。
「すごいですね。私も色んな国の言葉を覚えることは好きですし得意ですけど、さすがにそこまでは網羅できていません」
「俺を含めて、貴族であれば興味があることに関してその知識を持つ家庭教師を雇ってもらい、教わればよかった。だがアリスは違う。ナウマン語も、それ以外の言語も自力でいくつか習得しているだろう。……常々感じていることだが、俺からすれば、日々努力を積み重ねて自分のものにしていく君の方が十分にすごいと思っている。これは誇っていいことだ」
「ありがとうございます……」
正面きって褒められるとなんだか照れる。彼の言葉には嘘もお世辞もないって分かるから、余計に。
だけどこの人は、私以外に対してもそうだ。努力をしている人間を決して無下にはしないし、たまに他の子達と教わっている時でも、頑張っていたらちゃんとそれを認めて言葉をかけている。
こんな風に言ったら失礼かもしれないけど、見た目の割にはかなり情に厚くて優しいお方だ。
尊敬のまなざしでじっと見上げていたら、じろじろ見すぎたせいか恥ずかしそうにディラン様は視線を逸らし、言葉を続ける。
「それに俺の場合はその分野に突出した才能と興味を持っていた幼馴染がすぐ近くにいたからな。必然そういったことに詳しくもなる」
「幼馴染、ですか?」
するとここで、予想もしていなかった人物の名が飛び出した。
「セリーナ・ピクシミリンという、侯爵家の人間だ。もっとも、数年前に隣国へ渡って以来、滅多に顔を合わせることもないが。現在はあちらのアカデミーで言語学を専攻し研究しているそうだ」
「!?」
思わず私は息を呑む。まさかさっきカフェで脳内に出てきた人物の名がこんなところで、しかもディラン様本人の口から出るなんて。
ゲームではそんな裏情報的なことは出てこなかったので、セリーナ様と幼馴染だっていうのも初耳だ。だけどそれなら、二人が婚約するっていうのもあり得る話だ。
「……ピクシミリン様とは仲がいいんですか?」
そう尋ねると、ディラン様の表情筋がピクリと反応する。
「仲がいいというか……俺にとっては変わり者の友人というイメージだ。昔から、顔を合わせてもひたすらあの国の言語はこうだ、あっちの言葉はどうだだの散々喋るだけ喋って、こちらが何か言う前にさっさと帰っていく。
彼女は如何せん興味があることとないことへの差が激しすぎてな。言語や他国の文化などに関しては恐ろしく知識が深いくせに、それ以外の分野になるとさっぱりなんだ。隣国の学園での卒業試験でも、不得意な分野の点数が赤点ギリギリで、危うく卒業できなくなるところだったと、もらった手紙に書かれていた」
「やっぱり仲良しじゃないですか。だって今でも手紙のやり取りがあるくらいですし」
「あちらから勝手に送り付けられている、といった方が正しいが。しかも毎回数種類の言語を使って送ってくるから、知らない言語だと調べて解読するのに時間がかかる」
「どんなことが書かれてあるんですか?」
「あちらでの出来事や、今何について研究しているか、などだ。
だが……一番最近届いたものは酷かった。俺も見たことのない言語で書かれたものを苦労して解読した内容が、『近くのパン屋のお気に入りのバゲットがいつもより数センチ短かった』だからな。しかも俺の送った手紙に書いた質問には一切触れてこない。そういうところは昔から変わらない」
私はそっと、セリーナ様の話を続けるディラン様の横顔を覗き見る。
相変わらずの美形っぷりで表情は乏しいけど、セリーナ様の話をするディラン様の頬はどことなく緩んでいるように見える。
幼馴染で、離れていても手紙のやり取りもあって、きっとディラン様にとってセリーナ様はとても大切な人なんだろう。話を聞く限り、それはきっとセリーナ様の方もだ。離れていても、多分お互いに想い合っている。そんな気がした。
その瞬間、さっき呑み込んだはずのもやもやが、奥からせり上がってくる。
……さっきからなんなんだろう、この不快感にも似たものは。疑問に思うが、今考えても分からなそうだし、折角ディラン様と一緒にいる時に謎のもやもやに煩わされたくなかったので、もう一度それを体の奥へ無理やり沈めて意識から抹消させたところでちょうど図書館へ辿り着いた。




