Bonus track-2. エピローグ -20 years after(encore)-
こうやって旧友と改まって逢うのは少し気恥ずかしい気もするが、仕事中は仕事の顔をしなければならない。
予定時間より10分程早く切り上げて、カメラマンや周りのスタッフを残し、俺は『彼』と案内された別室に入る。
向かい合ってソファーに座ったところで、お互いに顔を見合わせて小さく笑った。
――変わらない。
あの頃の面影は今も残っている。
「来てくれてありがとう。忙しかったんじゃない?」
「よく言うよ。そっちに比べれば、全然暇だわ」
『彼』は苦笑いしながらそう言って――「それにしても」と、穏やかな表情で俺を見た。
「おまえはすごいな。やりたいことをやって、その上でちゃんと夢まで叶えて――俺には到底真似できないよ」
「そうかな? 俺だって、ただ目の前のことを必死でやってただけだよ」
俺の言葉に、『彼』は少しだけ寂しげに眉を寄せる。
「今思えば、おまえは昔からずば抜けてたな。俺とは明らかに違ってたのに、あの頃は口惜しくてたまらなかった。挙句の果てにとんでもない迷惑かけて――本当にごめん」
「何年前の話だよ、もういいって――それより、この前Mr.Loudに取材したんだって? その時の話教えてよ。あっちからオファー来たの?」
俺が笑ってそう訊くと、『彼』は少し表情を緩めた。
「――あぁ……あれな。さすがに本人たちから直接は来ないよ。マネジメント会社から連絡もらったんだ」
「へぇ、それでもすごいじゃん」
『彼』とMr.Loudの話をするのはいつ振りだろう。
『彼』は――中学生の頃の面影を残した笑顔で、こう言った。
「まぁな。一応、音楽ライターの夏野佑って、結構その界隈では有名なんだぜ」
そのまま佑と30分くらい色々な話をした。
逢ったのはおよそ20年振りで――思いがけず再会した高校の文化祭の時、心の奥底にわだかまっていた小さな靄は見る見るうちに消え去っていく。
「――俺たちも、もう結構な大人になったな」
ぽつりと呟く佑に、俺は静かに頷いた。
「うん……いつだって『やるしかない』ことと向き合っていたら――気付けばここまで来てた。だから、佑――また機会があれば、いつか」
そう伝えると、佑は驚いたような顔をしたあと――穏やかに微笑む。
それはまるで20年前、NORTHERN BRAVERで一緒に音楽をやっていた頃のように。
「あぁ――またな、トモ」
別れ際にそう言って、佑は振り返らずに出て行った。
佑と次に逢う機会がいつになるかはわからない。
それでも、またきっと俺たちは笑顔で逢えるはずだ。
倉庫に閉じ籠り泣いていた俺は、もうここにはいないのだから。
不意に携帯電話が震えて、開いた画面上には『友永繭子』の文字が表示される。
繭子は今日、杉下さんたち当時の軽音楽部のメンバーと女子会をしているはずだ。
どうしたのかとメッセージを開くと、このあとカラオケに行くから帰りは遅くなると、猫の絵文字が頭を下げている。
高校の頃の友達は一生モノだというが、現に今でも繭子は彼女たちと年に1回は集まっている。
話題は仕事のことから家族のことまで幅広く――きっと俺も話のネタになっていることだろう。
普段ピアノの先生として働く繭子はコミュニティも限られていて、気心知れた友人たちと集まる機会はいい気分転換になっていると思う。
杉下さんとは個別に旅行も行く仲で、俺としてもありがたい限りだ。
――さて、そろそろ俺もあいつと飯でも食べに行くか。
そして立ち上がろうとしたその時、部屋のドアをノックする音がした。
「はい、どうぞ」
俺の返事を待って、ドアが開く。
そこには――俺の相棒、春原隆志が立っていた。
「夏野さん、インタビューおつかれさま。一人だけなんて珍しいね」
春原は俺の隣に座り、持参したオレンジ味の炭酸飲料を一口飲んだ。
最近はまっているらしく、よく飲んでいる姿を見かける。
「俺のは?」と訊くと、笑ってコーラのペットボトルを差し出してきた。
冬島さんと亜季の家でBBQした時、二人揃って炭酸ジュースを飲んでいたら 「おまえら30半ばにもなって子どもみたいだな」と冬島さんに笑われたのが懐かしい。
「――まぁ、いつも忙しい春原くんの分も俺が働こうと思ってさ。優しいだろ?」
春原は変わらず俺たちLAST BULLETSの作品すべてを作曲している。
最近は他のミュージシャンへの楽曲提供も頼まれており、かなり忙しそうだ。
「そんなこと言って、夏野さんまたソロアルバム作るんでしょ? 昨日も遅くまでスタジオに籠ってたって聞いたけど」
そう言って、春原がこちらをじっと見つめてくる。
もうこいつとも20年近くの付き合いだ。
大体お互いのことはわかっている。
「わかってるって、あんま無理はしないようにするよ」
そう返すと、春原がその眼差しを穏やかに緩めた。
あぁ、こいつも俺も歳を取ったけど――それでもその目に宿る光は変わらない。
俺をこの世界へとつなぎ止めてくれる、かけがえのない確かな光。
「――夏野さん、春原さん、そろそろお時間です」
「「はーい」」
ドアの外から聞こえてきた声に二人で返事をする。
「そういえば春原、今日このあと飲みに行かない? この前の200万DL達成祝いまだだし。いい店見付けたんだ」
「いいですよ。どうせ秋本さん出掛けてるんでしょ、付き合ってあげます」
「――あ、バレた?」
春原がため息を吐いた。
「あなたの考えていることは、大体わかるよ」
「さすが、長年の俺の相棒だけある」
「――当然」
その時、痺れを切らしたような声がドアの外から響く。
「夏野さん、春原さん、行きますよー!」
「「はーい!」」
揃って声を上げたあと――俺たちは顔を見合わせ、小さく笑った。
(了)
こんにちは、未来屋 環です。
この度は『夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-』を最後までお読み頂き、ありがとうございました。
本作は2022年に書いた初の連載長編作品『夏よ季節の音を聴け -トラウマ持ちのボーカリストはもう一度立ち上がる-』を改稿したものです。
そもそもこの作品の原型が私の中に生まれたのは、社会人として働き始めた頃――およそ10年以上昔のことでした。
私にとって音楽はとても大切な存在であり、いつかそれを題材に作品を書こうと考えていたのです。
夏野と春原の人となりや冒頭とラストの海のイメージを抱きながらも、日々を忙しく過ごしている内に気付けば10年以上の歳月が経ち――私は小説から随分離れた日々を送ってしまっておりました。
そんな私が本作の初稿をなんとか書き上げられたのは、当時読んでくださった方々があたたかい感想や応援をお寄せくださったお蔭です。
ものを書いていた学生時代からかなりの時間が過ぎてしまいましたが、当時この作品を書き上げられたことは私の自信にもつながり、今もなお創作活動の糧となっています。
本当にいつも応援してくださっているみなさまに感謝感謝です。
今回の改稿は元々Web上のコンテストへの参加がきっかけでした。
10年以上のブランクを経てからの初の長編連載でしたから読み返すと色々気付く点もあり、折角チャレンジするのであれば――と全面的に手を加えました。
読みやすくするために構成を変えたり、誤解を招きそうな表現は修正したり、強調すべきだったポイントは加筆したり……なかなか一筋縄ではいきませんでしたが、お蔭さまでより良い作品に生まれ変わることができたかなと思います。
一方で、物語の主軸となるテーマについては変えずにそのまま残してあります。
原案が思い浮かんだ後10年以上の歳月で培った様々な経験が、本作をより奥深い物語にしてくれました。
どんなに優れたひとであっても、何かの拍子につぶされてしまうことがあります。
本人にその気がなくとも、誰かを救い、勇気付けることがあります。
そして、未熟さ故に誰かを想像以上に傷付けてしまうこともあります。
そういったものを見てきた経験が、いつしかこの作品の軸になっていきました。
私はこの作品を通じて、伝えたかったのです。
つぶされてしまったひとに、あなたは本当に素晴らしいひとなのだと。
無意識に誰かを救ったひとに、大切なひとを助けてくれてありがとうと。
そして、他者を傷付けそれを悔いるひとに、償いは今からでも遅くはないと。
いつしか私は、実際に自分ができなかったことをこの作品に託していたのかも知れません。
日々を懸命に生きるすべての方々に、この作品を捧げます。
本作が、少しでもあなたの心になにかを灯すことができたなら、これ程嬉しいことはありません。
あなたの貴重なお時間を本作のために割いてくださり、本当にありがとうございました。
未来屋 環
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以下、本作に織り込んだ幾つかのギミックについて少しだけ解説させて頂きます。
※ネタバレ注意です。
本作品に登場するキャラクターは、それぞれのバンド名やメンバー名に意味があります。
主には高校生ミュージシャン鬼崎達哉率いる『King & Queen』と、主人公バンド『LAST BULLETS』で、前者はメンバー名がその名の通り『王と妃』、後者は季節に纏わる名前となっています。
King & Queenのボーカリスト王小鈴は芸名です。
現在の本名は山口小鈴で、中国人の父親と日本人の母親が離婚した際に母方姓となりました。
芸名は離婚前の姓(父方姓)を中国語名にしたものです。
補足ですが、ワールドツアーを行う中で小鈴は父親に中国で再会しています。
デビューした頃、達哉に「逢いたいひとがいる」と語った彼女は、ようやくその夢を叶えることができました。
LAST BULLETSは、ボーカル=夏、ギター=春、ドラム=冬、ベース・キーボード=秋という構成です。
本来メンバーはボーカルとギターのみで、本編の舞台となる高校時代はサポートドラマーとして冬島康二郎、サポートベーシスト(=シンセベース)として高梨亜季が参加しています。
なお、夏野が高校2年生の文化祭においては、サポートベーシストとして軽音楽部顧問の坂本秋良がピンチヒッターを務め、別企画の生バンドカラオケ大会ではキーボードをCloudy then Sunnyの秋本繭子が担当しています。
ギターの春原隆志は体調の関係で中学3年生の時に留年しており、実際は1学年上の夏野や亜季と同い年です。
なお、その事実を夏野は本編中知ることはなく、後に何気ない日々の会話の中で知ることになります。
学生時代は飲食物に過敏だった隆志ですが、体調が安定したことで大人になってからは清涼飲料なども飲めるようになりました。
そして、主人公であるボーカリスト夏野の本名は『友永夏野』です。
中学生の頃の友人、佑は自身が『夏野佑』という名前であるため、夏野のことを『トモ』と呼んでいました。
また、幼馴染みの亜季は夏野のことを『なっちゃん』と名前由来のあだ名で呼んでいます。
その他中学生の頃のクラスメートたちは仲が良く、皆名前で呼び合っていました。
高校に進学して夏野は苗字の『友永』で呼ばれ始めますが、春原が『夏野』を当初は苗字だと思い込んでいたこと、それが鬼崎たち軽音楽部のメンバーにも伝わっていたこと、また鬼崎が公衆の面前(クラス訪問時や6月公演)で『夏野くん』と呼んだことから、最終的にクラスメートたちも彼のことを『夏野』と呼ぶようになります。
以上の通り、本作には二人の『夏野』が存在します。
本編の主人公およびエピローグの語り手である友永夏野と、プロローグの語り手である夏野佑です。
今回長編作品を初めて改稿したことで、学ぶことがたくさんありました。
今後もみなさまに少しでも楽しんで頂ける作品が書けるよう精進して参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。




