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【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


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71/75

track10-11.

 続く4曲目はアップテンポのロックチューンで、ボーカルも楽器隊も思う存分暴れ回れる曲として作った。

 それぞれの見せ場がある分、演奏者のスキルが問われる。

 事前練習の際に坂本が顔を(しか)めるのも仕方のない曲だった。


 しかし、その時の様子はどこへやら、坂本のベースは隆志のギターとユニゾンし、確度を持って響き渡っている。

 あの短期間でよくぞここまで仕上げてくれたものだ。

 決して広くないステージだが、夏野が左右に動きながら観客たちを「もっともっと!」と煽る。


 そして下手(しもて)側に行った夏野が坂本に耳打ちをすると、彼は驚いたような顔をしたあと、不敵な笑みを浮かべてステージのセンターへと(おど)り出た。


「On Bass! Secret Guest――Akira Sakamoto!!」


 夏野の声に応えるように坂本が激しいベースソロを披露(ひろう)する。

 少し()が空いて、会場の学生たちから驚きの絶叫が上がった。

 確かに今の坂本は、学内で彼らが知る厳格な教師の姿とは大きくかけ離れている。

 普段は仮の姿と言わんばかりに、坂本は熱の(ほとばし)るままベースを弾ききった。


 最後のサビが終わると、冬島も負けじとドラムを嵐の(ごと)く叩き倒す。

 それらを見て、夏野も楽しそうにシャウトを響かせた。


「――ありがとうございます。皆さん、楽しんでますか?」


 4曲目が終わったところで、夏野が観客席に語りかける。

 会場中から大きな拍手が響いた。

 気付けばライブスタート時点から、更に観客数は膨れ上がっている。

 文化祭も終了間近、帰りしなに立ち寄った観客も多いだろう。


 こんな大観衆を前に、自分の曲を仲間たちと演奏できるなんて――そして、夏野が歌う隣に立っていられるなんて。

 あの暗闇でもがいていた頃の隆志には想像もつかない現実が今起こっていた。


 隆志は目の前の景色を懸命に心に焼き付ける。

 油断すれば、その想いが塊となって両目からあふれ出してしまいそうだった。


「今日の演奏曲はすべて隣にいるギターの春原が作曲し、僕が歌詞をつけたものです。思えば今日この場所に立つまで、色々なことがありました。絶好調の日もあれば、とんでもない絶望の淵に立った時もある――それでも今、この場所に辿り着くことができて本当に嬉しいです。皆さん、お忙しい中LAST BULLETSのライブに来て下さり、ありがとうございます」


 そう言って夏野が頭を下げる。

 会場中からあたたかい拍手が送られた。


「僕たちが今日この場に立てているのは、周囲にいるたくさんの人たちの支えがあったからです。僕自身、LAST BULLETSや軽音楽部のメンバーがいなければ、ここまで来ることはできませんでした。そんな感謝の思いを込めて歌います。聴いて下さい――『Singing with You』」


 冬島が鳴らす合図で演奏に入る。

 曲を奏でながら、隆志は軽音楽部に入部した時のことを思い出していた。



「――春原くんだっけ。それ、独学? 大したもんだね」


 ギターを弾き終えると、スタジオ練習から合流した鬼崎(きさき)達哉が話しかけてきた。


 それまで一言も(しゃべ)らずこちらを眺めているだけだったので、新入生に興味がないのかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

 先程演奏を終えた同級生――御堂(みどう)がこちらを睨んでいるような気もするが、隆志はそれを無視して鬼崎の問いに答えた。


「はい、そうです。中学の頃から始めました」

「確かにこれは初心者のレベルじゃないね。私もギター教えてほしいくらいだよ」


 部長の三条も感心したような口振りで続ける。

 ひとまず無事に入部できそうだ――隆志はほっと胸を()()ろした。


「それじゃあ、夏野さんのバンドに入れてもらえますか?」


 そう伝えると、鬼崎が「……夏野?」と怪訝(けげん)そうな表情をする。

 そのリアクションに不可解さを感じていると、三条が躊躇(ためら)いながら口を開いた。


「あのね、春原くん――夏野っていう名前の部員、うちの軽音楽部にいないんだ」


 想定外の回答に隆志は言葉を(うしな)う。

 まさか夏野が軽音楽部に所属していないとは思わなかった。

 この学校に彼がいることまでは、中学の頃の同級生を通じて確認していたのに。


 夏野がいないのであれば、軽音楽部に所属する必要もない。

 学外で一緒に音楽活動をするなり考えなければ――いや、そもそもどうやって彼を探し出せば良いのか。

 2年生の教室を順番に回ってみるか、それとも――。


 そう思考を巡らせていると、鬼崎が「ちょっといい?」と声をかけてきた。


「その夏野くんって何者? 君は夏野くんの後輩か何かなの?」


 そう()かれて、隆志は黙り込む。

 夏野と自分の関係性を他人にどう説明すべきか、考えが及んでいなかったのだ。

 そもそも、夏野とは学校が違う上に会話すらしたこともない。


 固まって動かない隆志の様子に、周囲のメンバーが不思議そうに視線を向けてくる。

 まずい、何か言わなければ――焦った隆志は咄嗟(とっさ)に言葉を捻り出した。


「……ファンなんです」

「――は?」


 隆志の言葉を聞いた鬼崎が目を丸くする。

 三条と御堂も呆気に取られた様子だ。

 ――まぁ、嘘ではない……よな。

 そう開き直った隆志は、そのまま言葉を続けた。


「俺、夏野さんのファンで、一緒にバンドをやりたくてこの高校に入ったんです。なので、夏野さんがいないのであれば部活は――」

「ちょっと待ちなよ」


 鬼崎が割って入る。


「逆に言えば、その夏野くんさえいれば、君は軽音楽部に入るんでしょ?」

「……まぁ、はい」


 渋々(うなず)く隆志を見て、鬼崎はにっこりと貼り付けたような笑みを浮かべてみせた。


「わかった、僕が何とかしよう。その代わり、春原くんには軽音楽部に入ってもらうからね。そして、僕のお願いは基本断らず全面的に協力すること――いいね?」


 その整った笑顔から言いようのない圧迫感を感じ、隆志は再度渋々頷く。

 そのまま鬼崎に(なか)ば無理矢理連絡先を交換させられ、解散となった。



 帰宅した隆志は自室でギターを爪弾(つまび)きながら、取り留めもなく考えを巡らせる。

 鬼崎がどこまで頼りになるかはわからないが、これで何とか夏野に逢うことができそうだ――そう思うと、心の奥がそわそわして落ち着かない。


 そういう時は、無心になってギターを弾くに限る。


 最近はストリートで演奏をする人たちも珍しくないので、隆志もたまにそうすることがあった。

 素顔を(さら)して知人に見られるのは気が引けるため、大体かぶりものやサングラスで顔を隠してから演奏している。

 たまに立ち止まって聴いてくれる人がいると、自分の演奏が認められているようで少し気が晴れるのだった。


 ――そうと決まれば、早速行こう。


 隆志は顔を隠すアイテムを幾つかリュックに詰め込み、アコースティックギターを背負って家を出た。

 自転車を漕ぎながら行き先を考える。

 たまにはいつも行く公園から場所を変えてみようか――隆志は駅の方向へと舵を切った。


 10分程自転車を走らせ、到着した公園には人が(まば)らにいる。

 あまり来たことはなかったが、なかなか快適そうな場所だ。


 そして、自転車を停め周囲を見渡したところで、隆志は息を呑む。



 その視線の先には、探し求めていた人物――夏野の姿が()った。

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