track10-10.
ステージに上がると、多くの観客が校庭のスペースを埋めていた。
想像を遥かに超える光景に、隆志は思わず息を呑む。
ペリドットは練り歩きでかなり目立っていたと亜季から聞いてはいたが、十分過ぎる程宣伝効果があったらしい。
「何だおまえ、びびってんのか」
背後から冬島の声がする。
隆志が振り返ると、既にドラムセットの前でスタンバイした冬島がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「――別に、びびってませんけど」
そう言い返すと「ま、そんなタマじゃねぇか」と冬島が笑う。
そのやり取りの中で少し冷静さを取り戻し、隆志は自分のギターをアンプにつなぎ音出しをした。
下手側では坂本が同じくベースの音出しを行っている。
冬島はドラムを軽く叩きながら、シンバルの位置調整を始めた。
そして、ボーカルの夏野はステージの裏で待機している。
今回会場が急遽視聴覚室から校庭のメインステージに変わったことで、LAST BULLETSはオープニング演出を変更することにした。
スタート時点から観客たちがすべてを見下ろせる屋内会場と、ステージに上がらなければ演者が観客たちの目に触れない野外会場――折角のこの機会を活かさない手はないというのが夏野のアイデアだった。
当然リハーサルなどなく、ぶっつけ本番だ。
一通りの確認を終えて、ステージ上の三人は誰からともなくアイコンタクトを取る。
――いよいよだ。
隆志は最後にもう一度観客席を眺めた。
集まった観客たちは、それぞれ楽しそうに会話しながら開演を待っている。
彼らの表情を熱狂に染め上げられるかどうかは、自分たちの腕次第だ。
覚悟を終えた隆志は、冬島に視線を向けゆっくり頷く。
それを見た冬島は目を閉じ、一つ大きな深呼吸をした。
そして――冬島が両手を上げ、スティックを鳴らす。
開演の気配を感じ取った観客たちが静けさを取り戻そうとした瞬間――LAST BULLETSのメンバーはそれぞれのマイクに向かって叫んだ。
「――LAST BULLETS!」
その声にかかるように隆志がギターのリフを弾く。
逸る気持ちを抑えるよう、あくまで冷静に、音を刻むように。
突如として会場中に響き渡ったギターに、観客席は静まり返った。
そこにドラムとベースが一気に被さる。
1曲目は重厚感のあるロックチューンだ。
数小節メロディーを奏で観客の注意を惹き付けたところで、最後の一音を力いっぱい長く響かせ――そこにステージ裏から駆け上がってきた夏野が颯爽とステージ中央に現れた。
満を持して登場したボーカリストに、会場中が歓声を響かせる。
夏野は少しだけ驚いた顔をしながら、それでも愛嬌のある笑みを浮かべてマイクに叫んだ。
「文化祭ラスト、盛り上がっていきましょう――HEY!!」
夏野の言葉に、観客席の学生たちも歓喜の声を上げる。
そのままベースとドラムがシンプルなリズムを刻み、夏野が両手で大きく手拍子を煽った。
戸惑っていた観客たちも、彼の動作に合わせて手拍子を送る。
その様子を確認したあと、夏野は笑顔で歌い始めた。
そんな夏野の歌と応酬するように、隆志のギターがいななく。
一節夏野が歌えば、一節隆志のギターが雄叫びを上げ――途中から歌とギターが絡み合い、そのままサビに突入した。
この曲のメロディーは観客たちが覚えやすいよう、シンプルにしてある。
夏野が観客席にマイクを向けて歌うように促す仕種をすると、観客たちは見様見真似で声を上げた。
それらに生身で晒されるステージ上では、熱気と声の塊に押し潰されそうだ。
会場の盛り上がりも考えながら作った曲だが、目の前で起こる想像以上のリアクションに隆志は驚かされっぱなしだった。
2コーラス目に入っても余裕は全くない。
演奏が狂いやしないか、ギターに意識をすべて持っていかれる。
間奏に入ったところでベースとドラムのみのシンプルなパートとなり、ほっと息を吐く。
このあと夏野のコーラスが入り、続いて隆志のギターソロだ。
興奮状態の頭の中でギターソロを復習していると、いきなりトントンと肩を叩かれ思考が停止した。
慌てて隣を見ると――夏野が悪戯っぽい表情でマイクを指さしている。
どうやら自分と一緒に歌えということらしい。
その無邪気な笑顔に隆志も思わず吹き出し、そして思考が澄みきっていく。
――本当敵わないな、このひとには。
夏野に促されるまま、同じマイクで彼のコーラスにハモリを入れた。
先程まで感じていた緊張感はどこにいってしまったのだろう。
今その身を満たすのは――圧倒的な無敵感。
コーラスが終わった瞬間、隆志はそのままステージのセンターでギターソロを弾き倒す。
自分でも抑えが利かなくなる程、指が縦横無尽に旋律を生み出していった。
視界の端で夏野の口唇が「やるじゃん」と言葉を紡ぐ。
――そう、今の俺たちなら、何だってできる。
背後で鳴る冬島のドラムは途中途中アドリブを入れながらも安定したビートを刻み、坂本のベースもしっかりと演奏の土台を支えていた。
最後のサビでは歌い慣れた観客たちの声をバックに、夏野が満足そうにシャウトする。
そのままなだれ込むように2曲目に入った。
今度は少し曲調をポップに寄せたラブソングだ。
ゴリゴリのロックチューンばかりだと観客を選んでしまうだろうと、夏野と二人で相談の結果セットリストに組み込んだ曲だった。
恋い慕う相手への想いを明るく歌い上げる夏野に、観客のテンションも引っ張り上げられていく。
ストリートやスタジオで演奏している時には全貌を見せなかった圧倒的な華が、今の夏野には在った。
その姿は、隆志が初めて出逢った時の夏野と相違なく――いや、傍にいるからこそ、じりじりとこちらさえも照らすような強烈な光を放っている。
オープニングナンバーで見せた力強さとはまた姿を変える夏野の歌声に、隆志は魅了されていた。
それはきっと、今日初めて夏野を見た観客たちも一緒だったろう。
「良かったら、次の曲は皆で一緒に歌いませんか?」
3曲目には、観客たちがコーラス参加できるミディアムテンポの楽曲を配置していた。
夏野がメロディーを指南し、観客たちも何度か練習をする。
気付けば、冬島も立ち上がり大声で一緒に歌っていた。
視線をステージ前方に戻すと、坂本も冷静な表情でメロディーを口ずさんでいる。
会場が一体となって自分の書いたメロディーを歌う様は、隆志の心の奥を熱くさせた。
隆志自身もギターを弾きながら、一緒に歌う。
アウトロで夏野が会場の誰よりも長く歌声を響かせると、どこからともなく拍手が湧き起こった。
「最高の歌声を、どうもありがとうございました!」
夏野自身も拍手をしながら、満足気に微笑む。
その表情を横から眺め、隆志は満たされた気持ちになった。




