track10-9.
スタジオに到着すると、軽音楽部のメンバーたちがアンプやドラムセット、シールドケーブル等諸々の機材を外に運び出している。
ここまでの道すがら夏野に現状の説明を終えたものの、何故こんなことになっているのかは隆志にもわからない。
すると、亜季が駆け寄ってきた。
「なっちゃん、スネアドラム持っていってくれない? 春原くんは自分のギター持ってるから、マイクスタンドだけお願い」
「亜季、これ一体どうなってるんだ? 壊れたのはアンプだよな」
夏野がスネアドラムを持ち上げながら問う。
すると、両手にシンバルを持っていた冬島が口を開いた。
「三条の指示だよ」
「三条さんの?」
その時――放送を知らせるチャイムがスタジオ内に鳴り響く。
『――こんにちは、文化祭実行委員会です。会場変更のお知らせです。5階視聴覚室で公演を行っていた軽音楽部ですが、機材トラブルのため会場を校庭メインステージに変更し、16時20分より公演を再開いたします。繰り返します、会場変更のお知らせです……』
「「――校庭!!?」」
思いがけない放送内容に、隆志と夏野は思わず声を上げた。
「――まぁ、上手く話がついて良かったよ。機材トラブルじゃあ仕方がないよね」
三条がメインステージの下で得意げに笑う。
そんな彼女に、舞台上でドラムセットを組む冬島が話しかけた。
「おまえすげぇな。いくら機材トラブルったってこんな場所普通使えねぇだろ。一体どんな手使ったんだよ」
「あら、冬島くん人聞きが悪いね。私たちは困った部活に手を差し伸べただけだよ」
三条の隣に立つ、実行委員の腕章を着けた女子生徒が笑う。
どこかで見たことがあると思えば、隆志と夏野がカラオケ大会の告知パフォーマンスをした時の司会者だ。
「千歳にはいつも定期テストでお世話になってるしね。困った時はお互い様ってやつ」
そう答える彼女の隣で、千歳と呼ばれた三条がうんうんと頷く。
丁度そこを通りかかった高3バンドtakoyakiのベーシスト二見もシールドケーブルを担ぎながら「さすが千歳」とぼそりと言った。
「成る程……三条めちゃくちゃ頭いいもんな」
「持つべきものは、頭脳と人脈!」
ピースサインをしてみせる三条。
一方、ステージ上の軽音楽部顧問坂本は、アンプの音出しをしながら普段以上に渋い表情だ。
「一応私が顧問なんだが……何の役にも立ってないな……」
「いやいや、先生には大事な仕事が残ってるじゃないですか。一緒にライブ頑張りましょう!」
そう言って夏野が明るく笑いながらマイクテストをする。
そして演奏中ケーブルに引っかからないよう、ガムテープで養生作業をする隆志に「ねぇねぇ」と司会者の女子が話しかけてきた。
「確かに私は千歳と仲がいいけど、それだけでこのステージを軽音楽部に譲ったわけじゃないよ」
「……どういう意味ですか?」
隆志の問いに、彼女はにんまりと笑う。
「実はね、ラストアクトが君たちだって聞いたから許可出したんだ。お昼にちょっと聴いただけだけど、あの歌もギターももっと聴きたくなっちゃって――そういうわけだから、文化祭ラスト絶対盛り上げてよね」
思いがけない言葉に、隆志の心がじわりと熱を帯びた。
直接的な応援の声をこうして伝えられたのは、もしかしたら初めてかも知れない。
「……はい、ありがとうございます。絶対後悔させませんから」
隆志の返事を聞いた彼女は、満足げな笑顔のままひらひらと手を振って去っていく。
「皆さん、こちらです!」
あらかたセッティングを終えたところで、繭子がペリドットのメンバーと観客たちをメインステージまで誘導してきた。
吉永たちにステージを引継ぎ、LAST BULLETSのメンバーと三条はステージの裏手に回る。
程なくして、ペリドットのライブが再開された。
彼らのルックス同様煌びやかに展開される演奏の中、三条が真剣な表情で口を開く。
「言っておくけど、いいことばかりじゃないよ。校庭のステージは集客しやすい反面、ランキング算入時には実集客数の半分までしかカウントされない。他の部活と不公平になっちゃうからね」
「別に大したことじゃねぇよ。視聴覚室の倍、人を集めりゃ結果変わらねぇだろ」
冬島があっけらかんと言うと、三条が「心配してるこっちがバカみたい」と苦笑して――そして、力強い眼差しでこちらを見た。
その口許には、自信に満ちた笑みが浮かんでいる。
「あとは頼んだよ。間違いなく君たちLAST BULLETSは、我らが軽音楽部最強のバンドなんだから」
そして三条が去ったあと、亜季が衣装の黒いジャケットを運んできた。
今回のライブは全員男性メンバーなので、亜季の発案で衣装を統一し黒スーツを着ることになっている。
既に全員ワイシャツに着替えており、同じく亜季に渡されたネクタイを巻き、ジャケットに袖を通した。
「先生、いつもと変わんなくね?」
冬島が坂本にニヤニヤしながら絡む。
すると、坂本はいつもの仏頂面――ではなく、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「あぁ、私はスーツを着慣れているから似合うだろ? 君のようなガキと違って」
想定外のカウンターパンチに、冬島が「……はぁあ!?」と時間差で返す。
その隣で亜季が「先生キャラ変わってますよ」と楽しげに笑った。
本番前とは思えない緊張感ゼロのやり取りに、隆志の口許も小さく緩む。
その時、何かを見上げている様子の夏野から「春原、あそこ」と声をかけられた。
夏野の視線の先に目を向けると、そこには――どこかの教室からか、窓を開けてこちらを見下ろす鬼崎達哉と王小鈴がいる。
その眼差しは若干余裕の色を纏いつつも、真剣そのものだった。
「――遠いですね」
ぽつりと呟いた隆志の言葉に「あぁ」と夏野が力強く頷く。
「さっき、King & Queenのライブ観たよ。圧倒的だった」
「……」
「――でも、これから同じステージで演奏するんだぜ、俺たち」
ぴりっと緊張感が肌を刺した。
息を呑んだその時、夏野が振り返る。
その表情には笑みが浮かんでいて――隆志もつられて微笑んだ。
時を同じくして、ステージの方から大きな拍手が響いてくる。
ペリドットのライブが無事に終わったのだろう。
少し巻きで演奏をしてくれたのか――隆志が腕時計を見ると、時刻は16時35分になっていた。
顔を上げると、坂本が、亜季が、冬島が――そして夏野が、隆志を見ている。
誰からともなく、五人で手を重ねた。
隆志は目を閉じる。
6月公演の時とはまた違った想いが、隆志の全身を包んでいた。
文化祭公演のセットリストは、全曲隆志と夏野が作り上げたオリジナル曲でいく――それが夏野の決めた方針だった。
――いよいよ、この時が来た。
俺の作った曲を大観衆の前でパフォーマンスし、夏野さんが歌う――この時が。
「――LAST BULLETS、いくぞ!」
夏野の掛け声に合わせ、全員で声を上げた。
――俺は、この日のことを一生忘れない。




