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【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


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track10-4.

 思いの向くままに曲作りを重ね、気付けば季節は秋になっていた。

 或る程度曲のストックもでき、あとは夏野に歌ってもらうだけとなった。


 さて――ここからが問題だ。

 そもそも、夏野は隆志のことを知らない。

 バンドコンテストのホームページから夏野のバンドが所属している中学校までは割り出すことができたが、いきなり他校の生徒である隆志が行って逢えるものなのだろうか。

 しかし、本人と逢わないことには何も始まらない。


 考えがまとまらないままネットサーフィンをしていると、夏野の中学校のホームページに文化祭の開催案内が掲載されていた。

 概要を見てみると、軽音楽部ライブの告知がある。


 ――これだ。

 NORTHERN BRAVERは必ずライブを行うはず。

 ここに行けば、夏野に逢うことができる。


 隆志は作った曲の中から特に自信のあるものを2、3曲セレクトしてMDに録音した。

 ついでとばかりに、NORTHERN BRAVERがバンドコンテストで演奏した曲のギターパートを弾き、それも一緒に録音する。

 完成したMDを眺めながら、隆志は頭の中で文化祭の日の動きをシミュレーションした。


 ――ライブが終わり、ステージから降りて来た夏野がバンドメンバーたちと離れて一人になったところを見計らって声をかける。

 続けて、先日のバンドコンテストでその歌声に感動したことを伝えればいい。

 夏野の性格はわからないが、あのステージでの振舞(ふるま)いを見れば、自分に好意的な相手を無下にするような人間ではないと隆志は考えていた。

 そしてMDを渡し、曲を聴いたら是非連絡をもらいたいと伝える――ここまでできれば上出来(じょうでき)だ。


 入念に脳内リハーサルを繰り返し、(はや)る気持ちを抑えながら隆志は布団に潜り込む。

 目を閉じ、暗闇に意識を明け渡そうとしたところで誰かの声が頭の中に響いた。


『――そんな上手くいくなんて、本気で思っているのか?』


 隆志はその声を無視する。

 しかし、それは問いを続けてきた。


『大体今のおまえに何ができる? ろくに学校すら行けていない癖に』


 ――うるさいな。

 そんなこと、やってみなきゃわからないじゃないか。

 体調だって今は落ち着いているし、このままいけばもしかして良くなるかも知れない。


『そんなはずないって自分が一番わかってるだろ。このまま今の治療を受け続けるのか、快復の可能性に賭けて手術に踏み切るのか――おまえは色々理屈を付けて、決断から逃げているだけじゃないか』


 ――違う、僕は逃げてなんかいない。

 治療のことだって、いずれ決めるつもりだ。


『そもそもあのひとは独りぼっちのお前とは違うんだ。見向きもされない可能性の方が高いってわからないのか? それなのに、現実を見ず理想を勝手に押し付けて』


 ――うるさい。


『話すらしたこともない他人に(すが)るなんて、随分と滑稽(こっけい)じゃないか』


 ――わかってるよ、そんなこと。

 確かに解決すべき問題は山程ある。

 そんなに上手くいかないかも知れないし、すべて僕の一方的な思い込みでしかない。


 ――それでも

 僕は出逢ってしまったんだ。

 あの圧倒的な輝きに。


 あの歌声を聴いた瞬間、すべてが上手くいくような――そんな未来が見えた気がしたんだ。


「――夢に縋って、何が悪い」


 ぽつりと一人(つぶや)き、隆志はそのまま思考を停止した。


 ***


 そしてその週の土曜日、隆志は夏野の中学校の文化祭を訪れた。


 今日は朝から体調も落ち着いている。

 一つ決まりが悪かったのは、行き先を()いてきた母に「友達の文化祭に遊びに行く」と答えたことだ。

 母は嬉しそうに表情を綻ばせて、追加のお小遣いまでくれた。

 まぁ、夏野と今日友達になれば、嘘を言ったことにはならないだろう。


 少なくとも今日夏野に逢うことで何かが前に進むような、そんな不思議な確信が隆志の中にはあった。


 受付で受け取ったパンフレットを手に、軽音楽部がライブを行う中庭へと向かう。

 タイムスケジュールを見ると、NORTHERN BRAVERはトップバッターだった。

 最上級生のバンドがトリではなくオープニングなのか。

 隆志は少し意外に感じたが、まぁそういうものなのかも知れないと自分の中の違和感を掻き消した。


 中庭に到着すると、もう座席の多くが埋まっている。

 さすが人気のあるバンドなのだろう。

 隆志は一番後ろの端の席に座った。

 ここからでも十分ステージは見える。


 こんな気持ちはいつ振りだろうか――期待感に胸を膨らませながら、隆志は開演を待った。

 いつもは自分とは別世界のように感じる周囲の喧騒や楽しそうな笑い声が、今日は微笑ましくさえ思える。

 自分の心持ちがこんなにも変わることに、隆志は内心驚き――そして小さく笑った。


 一度も話したことがないはずなのに、夏野の持つ輝きは確実に隆志を変えている。

 隆志は上着のポケットの中のMDにそっと手を添えた。

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