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【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


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63/75

track10-3.

「こんにちは、『NORTHERN BRAVER』です。よろしくお願いします!」


 そのボーカリストは少し小柄で、中性的な顔立ちをしていた。

 同じ中学の同級生同士で組んだバンドだという。

 ボーカルの彼は屈託(くったく)のない笑みを浮かべていたが、それ以外のメンバーは緊張した面持(おもも)ちでステージに立っていた。


「へぇ、隆志と同い年だね」


 隣に座った父が話しかけてくる。

 元気にはきはきと受け答えをする彼を、隆志は無感情に見つめていた。

 どうせ他の面子(めんつ)と変わらず、大したことはないだろう。


 NORTHERN BRAVERの面々がそれぞれの立ち位置につき、ギターのリフから演奏が始まった。

 その印象的なリフは隆志にも聴き覚えがある――往年の有名ロックバンドの代表曲だ。

 隆志自身も何回も弾いたことがある。


 一方、ステージの上の彼が(つむ)ぎ出すリフは、原曲よりもだいぶ速いテンポで進んでいく。

 隆志の目には、ギタリストが緊張のあまり随分と突っ走っているように見えた。

 あのテンポだからこそリフが映えるのに――曲の良さが台無しになっている気がして、隆志はため息を吐く。


 しかし、その落胆は長く続かなかった。

 イントロが終わりボーカリストが歌い始めた瞬間――隆志はステージ上の彼に釘付けになる。


 その喉から放たれた歌声は、先程(ほが)らかに話していた彼が発したものとは思えなかった。

 強く存在感を持ったその声は、高いキーをものともせずにやわらかく伸びていく。


 彼の歌の力に巻き込まれるように、走り気味だった楽器陣のテンポが落ち着いた。

 ボーカリストの彼はその変化を心地良く感じたのか、メンバーたちに軽く笑顔を見せる。

 その歌いながら見せた表情には何とも言えない色気があり――隆志は言葉を失った。


 そのまま彼は自由に歌い続ける。

 原曲とは異なるフェイクが入るも聴いていて嫌味に感じない。

 高音部分であっても安定した声が確実に音を刻んでいく。

 彼は完璧にその曲を自分のものとして歌いこなしていた。


 間奏のギターソロが始まる。

 イントロで走ってしまっていたギターはだいぶ落ち着きを取り戻しており、高難度のソロを懸命に再現していた。

 さすがに完璧とまではいかないが、当初の隆志の想定よりも『弾ける』ギタリストだったらしい。


 しかし、それすらボーカルの彼の前では(かす)んでしまう。

 曲ラストのCメロはボーカリストが歌い上げる見せ場だが、彼の放つ歌は(すさ)まじかった。

 低音から始まったかと思えば一気に高音に飛び、そのままメロディーをなぞりながら変幻自在に跳ね回る。

 そして、他の楽器に負けない強さでホール内に響き渡った(のち)に堂々のエンディングを迎えた。


 曲が終わって少し()が空いたあと――会場中を大きな拍手が包み込む。

 呆気(あっけ)に取られていた隆志も慌てて我に返り、手を叩いた。


「あの子すごいなぁ!」

「本当、プロみたい! 何ていうバンドだっけ?」


 興奮のあまり騒ぎながら母がパンフレットを(めく)る。

 そして目当てのページを見付けたらしく、ぴたりと彼女の手が止まった。


「あ、これね。NORTHERN BRAVER――」


 隆志は思わず彼女の手元を覗き込む。

 そこには、メンバーたちの名前が書かれていた。


『Gt. Tasuku / Vo. Natsuno / ……』


「ねぇ隆志、この『Vo.』がボーカルのこと? Natsuno……夏野くんっていうのかな」


 母が自分に話しかける声をどこか遠くのもののように感じながら、隆志はその名前を目に焼き付ける。


 その日、彼――夏野の歌声は隆志の心に消えない色を残した。


 ***


 それから、隆志の夢の世界に謎の影が現れるようになった。


 海の上で立っている隆志にその影はゆっくりと近付いてくる。

 年齢も性別もわからないそれは、いよいよ隆志の目の前までやってきて小さく笑う。

 顔がないはずなのに、その瞬間確かに隆志にはその開いた口が見えるのだ。


 ――その正体が誰だか、隆志は薄々気付いていた。


 あの日から、彼のことが忘れられない。

 あれこそ、隆志の()がれた声そのもの――いや、それを凌駕(りょうが)すらしていたように思う。


 あの歌声を聴いた瞬間、隆志は確信したのだ。

 そう――彼こそが、自分の探していたボーカリストなのだと。


 夏野の歌を聴いてから数日間、隆志の記憶は朧気(おぼろげ)だった。

 特に何の問題も起こらなかったということは、恐らく普段通りの生活を送っていたのだろう。

 しかし、自分が何をしていたのかあまり覚えていない。

 ふと気付けば、あの歌声、あの笑顔に意識が持って行かれる。


 ぼんやりとそんな日々を過ごしたあとで、隆志は我に返り自分が作ってきた曲を聴き直した。

 その当時は会心の出来だと思っていた曲たちが、彼の歌声に頭の中で焼き直してみると色褪せて聴こえてしまう。


 ――この曲では、あのひとの歌声が生かせない。


 隆志は新たな曲作りに没頭した。

 コンテストで披露(ひろう)したあの曲が歌えるなら、音域をもっと広げても歌いこなせるはずだ。

 ギターの練習と並行しながら、彼をイメージした曲作りを進める。


 ――あのひとに、僕の曲を歌ってほしい。


 その願望は隆志の中で日増しに大きくなっていった。

 目を閉じれば、ホール中に響いた夏野の歌声がよみがえる。

 夏野の存在は自分の思い描く音楽に必要不可欠だと、今の隆志には確信を持って言えた。

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― 新着の感想 ―
確かに恋に近い感覚!情熱ですね!
ほとんど恋。 ここまでの存在(歌声の持ち主)に出会えたこと、運命というか宿命というか、隆志君にとって人生を変える出来事だったのですね。
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