track9-11. ジャッジメント・デイ -The Judgement Day-
俺は『相棒』を背負って会場に向かう。
視聴覚室のドアは途中入場者のため、半開きになっていた。
中から鳴り響く激しいドラム音が止んだところで、会場から親子連れが出て来る。
小学生らしき二人の少女の手には、たこ焼きの絵が描かれた団扇が握られていた。
「あのおねえちゃんの歌おもしろかった!」
「たくさんゲームできたね!」
「そうね……何だか不思議な空間だったわね」
「ヘビメタに乗せてしりとりやったの、初めてだよ……」
ご機嫌な少女たちに対して、両親は少し困惑した様子だ。
この時間は3年生バンドのtakoyakiか――毎年色々と趣向を凝らしているが、今年も方向性は変わらないようだ。
隣の控室のドアを開けると、中には既に何人かの生徒が待ち受けていた。
冬島が俺を見るなり「おっ、サマになってるじゃん」と言い放つ。
相変わらず失礼な奴だ。
高梨に案内されるがまま鏡の前に座ると、王族のような格好をした男が近付いてきたので、思わずぎょっとしてしまった。
「あ、2年の吉永です」
王族が自己紹介をしている間にも、高梨が俺に美容院で使用するようなクロスを手際良く被せる。
なお、吉永の素顔はまだ思い出せない。
「もう僕らの出番まで時間ないので、ぱぱっとメイクしちゃいますね」
そこからは彼らになされるがままで、時間があっという間に過ぎていった。
途中でライブを控えた吉永から高梨に選手交代したようだが、眼鏡を外されているので自分の顔がよく見えない。
ここまできたら、後は野となれ山となれ――そんな心境になっていると、無事終わったのかクロスが外された。
高梨に渡されたコンタクトレンズを入れると、目に映る情景が線を結び始めた。
鏡に映る自分をまじまじと見てみると、どこか普段より肌艶が良く、目も大きく見える。
生まれて初めてメイクをしてみたが、随分と印象が変わるものだ。
周囲のメンバーが「記念写真撮ろう!」と騒いでいるのには辟易としたが。
「はー、いい汗かいたぁ――って……誰?」
控室に出番を終えた3年生たちが入ってきたが、先頭の三条が驚いたように目を白黒させる。
本当に3年生は失礼な奴らばかりだ。
彼女のリアクションを見て、冬島がニヤニヤしながら口を開く。
「何、三条知らねぇの? うちの『Secret Guest』だよ」
「高梨さんの代理ってこと? 結局誰だか教えてもらってないんだけど」
三条が俺に近付き、じっと見つめてくる。
この調子だと、冬島以外の3年生は誰も俺のことを知らされていないのだろう。
黙ったままでいるのも忍びなく――俺は仕方なく、彼女に名乗った。
「――私だ。顧問の坂本秋良だ」
***
時刻は15時50分過ぎ――ペリドットのライブも半ばに差し掛かっている頃だろう。
吉永さんのライブを観たい気持ちは山々だったが、トリのLAST BULLETSを観るためにはこの時間中にビラ配りを終える必要がある。
私は元気良く「軽音楽部です、ライブやってまーす!」とビラを配って歩いた。
このあとのLAST BULLETSのライブがとても楽しみだ。
私たちのバンドCloudy then Sunnyも頑張ったけれど、正直レベルが違い過ぎる。
特にボーカルの夏野さんは、同じボーカルと名乗るのが躊躇われるくらいに素晴らしい歌声の持ち主だ。
私は高校生になったら軽音楽部に入ろうと決めていた。
それは、ギターの上手い従兄の影響だ。
最近は何故かあまり弾いていないようだけれど、私にとって彼は憧れの存在だった。
本人に言ったことはないけれど、いつか彼が弾くギターに乗せて歌えたらいいなぁと思っている。
「――杉下さん」
背後から声をかけられて振り返ると、そこには夏野さんが立っていた。
「ビラ配りおつかれさま。俺も一緒にやるから半分ちょうだい」
「えっ、いいんですか?」
「うん、二人でやった方が早いでしょ」
そう言って夏野さんが私の手からビラを受け取る。
夏野さんは歌も上手いけれど、優しくて後輩の私たちからも話しかけやすい存在だ。
いつもクールな同級生の春原くんも、夏野さんと話す時はどこか嬉しそうに見える。
だからこそステージに立っている時とのギャップに、最初はドキリとさせられた。
――そして、私の隣でライブを見ていた繭子は夏野さんに惹かれている。
本人の口から聞いたことはないけれど、その好意は一目瞭然だ。
だから、お節介にならない程度にメンバー皆で繭子の恋路を応援している。
しまった、一緒にビラ配りできるんだったら繭子とシフト変われば良かった――そんな私の思いなど当然知ることもなく、夏野さんは笑顔で次々にビラを捌いていく。
その時、前から私の従兄――たっくんが歩いてきた。
「あ、たっくん!」
私が手を振ると、それに気付いた彼が「香織」と私の名を呼ぶ。
私のビラ配りが終わるまで各クラスの展示を見て回ると言っていたけれど、もう観終わってしまったのだろうか。
――そうだ、夏野さんにたっくんのこと紹介しなきゃ。
そして、隣に立っている夏野さんの表情を見て――私は、言葉を失った。
「――佑……?」
夏野さんが、たっくんの名前をぽつりと呟く。
次の瞬間、彼は夏野さんの前に立っていた。
その時の驚きに満ちたたっくんの顔を、私はきっと忘れないだろう。
track9. ジャッジメント・デイ -The Judgement Day-




