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【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


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track9-8. ジャッジメント・デイ -The Judgement Day-

「――あの、亜季さんって夏野さんと付き合ってるんですか?」


 いきなり衝撃的なことを()く香織に、私は思わず口に含んだスープを吹き出しそうになった。

 慌ててマスクを引き上げ、むせそうになるのを我慢する。


 夏休み、私たちは日中の練習を終えたあと、亜季さんと一緒にごはんを食べに来ていた。

 夏野さんが来られなかったのは残念だけれど、亜季さんも大好きな先輩なので、こうして一緒にごはんを食べることができて嬉しい。


 だから――まさか香織が亜季さんにこんなことを()くなんて思わなくて。

 私の前に座る亜季さんも、ちょっと驚いた顔をしていた。


「えっと、付き合ってないけど――えっ? もしかして香織ちゃん……」

「あっ、違います! 違うんですけど、ちゃんと確認しておかなきゃと思って」


 香織が慌てて言葉を続けるが、どう見ても違和感しかない。

 そんな香織を見て――亜季さんは優しく微笑んだ。


「なっちゃんとは幼馴染みだから、そういう相手ではないかな。でも――すごく大切なひとだよ」


 そう話す亜季さんの笑顔はとても綺麗で、なんだか胸が苦しくなる。


 ――そう、亜季さんは子どもの頃からずっと夏野さんの(そば)にいた。

 そんな亜季さんを差し置いて、私に夏野さんのことを好きになる資格はあるのだろうか?

 そんなことを色々と考えている内に、いつの()にかごはん会は終わっていた。



「――繭子(まゆこ)ちゃん、今日元気なかったけど、大丈夫?」


 帰り道、亜季さんに声をかけられる。

 皆帰る方面はバラバラなはずなのに、亜季さんはわざわざ追いかけて来てくれたのだろう。

 その優しさに、胸が熱くなり――そして、ここで伝えるべきだと腹を(くく)る。

 私は勇気を振り絞って、口を開いた。


「……亜季さん、私――夏野さんのことが好きです」


 声が震え、亜季さんの顔を直視できない。

 そんな私の告白に、亜季さんはすぐには答えなかった。


 沈黙の時がゆっくりと流れて――耐えきれずに視線を上げると、亜季さんは穏やかに微笑んでいる。


「そうなんだね。教えてくれてありがとう」

「……亜季さんは、夏野さんのことが好きじゃないんですか?」


 絞り出した私の声に、亜季さんは笑顔のまま答えた。


「そうだね――正直なことを言えば、好きだったこともあったかな。なっちゃんは私にとって、特別な存在だから」

「……特別」

「うん。なっちゃん人気者だったから、私密かにあこがれていたの。そしたら、音楽の授業の時びっくりしちゃって――こんな綺麗な歌を歌えるひとなんだって、その時初めて知ったから」


 亜季さんが思い出を辿(たど)るように続ける。

 その瞳には優しい色が浮かんでいた。


「でも、途中で気付いたんだ。なっちゃんは遠くに行ってしまうひとだって――だから、自分の中で少しずつ気持ちの整理ができていたのかも。なっちゃんが私のヒーローであることは変わらないけどね」


 そこまで言ってから、亜季さんが私を見る。

 その眼差(まなざ)しは真剣なものだった。


「繭子ちゃん、私思うんだ。なっちゃんはこれからどんどん有名になるって――だからこそ、好きになるには相当の覚悟が必要だよ。それでも繭子ちゃんがなっちゃんのことを好きなら――私は全力で応援する」


 亜季さんの言葉は、私の中で重く響く。

 まっすぐ向かい合ってくれた亜季さんに対して、逃げ腰の自分が恥ずかしくて――私は思わず目を伏せた。


 ――瞬間、脳裡(のうり)に夏野さんの笑顔が(よぎ)る。

 見ているだけでこちらも幸せになれるような――あの笑顔。


 ――あぁ、私はやっぱり、夏野さんが好き。


 顔を上げると、亜季さんが少しだけはっとした表情をして――そして、優しく微笑む。


「……なっちゃん、人一倍鈍感(どんかん)だから手強(てごわ)いよ。頑張ってね!」



 ――そして私は覚悟を決めた。

 亜季さんが怪我をした時、食堂にあなたを呼び出し、LAST BULLETSのサポートを申し出て――結果、違う形でのサポートにはなったけれど。


「急に違うことをお願いしてごめん。でも――俺は、軽音楽部のために繭子さんの力が必要だと思ってるんだ」


 私の名前を、あなたが呼んでくれた。

 その声で名前を呼ばれることが――こんなにも嬉しいなんて。


 お腹の奥から込み上げた(よろこ)びをそのままに、私は声を上げて笑う。

 そんな私を、あなたは驚いた表情で見ていた。

 私の心を勇気が(かす)め、感情の(おもむ)くままマスクに手をかけ、そして――



「――秋本さん、これおみやげ」

「……え?」


 夏野さんに袋を渡されて、我に返った。

 気付けば周囲は文化祭の喧騒であふれている。

 夢見心地(ゆめみごこち)で手渡された袋を開けてみると、そこにはわたあめが入っていた。


「懐かしくてつい買っちゃった。カラオケ大会、助けてくれて本当にありがとう」

「いえ……こちらこそ、わざわざありがとうございます」


 顔を上げると、夏野さんが「どういたしまして」と眉を上げてみせる。

 御堂(みどう)くんが「先に行ってますよ」と控室に入っていった。


「ちゃんとしたお礼は別でするから、何がいいか考えておいて」


 そう言って笑う夏野さんを見て――私はもう一度覚悟を決める。


「……じゃあ、あの」

「うん?」


 私は勇気を振り絞って伝えた。


「今度、一緒に出掛けたいんですけど――いいですか?」

「うん、いいよ。楽器屋さんとか?」


 想定外のあっさりとした返事に私は拍子抜けしてしまう。

 微妙な表情の変化がマスク越しに伝わってしまったのか、夏野さんが首を(かし)げた。


「あ、ごめん――違った?」

「いえ……違わないですが、別の場所も行きたいです」


 私は一つ息を吐き、マスクを(あご)の下にずらしてみせる。


折角(せっかく)の、『デート』なので」


 あえてゆっくり、『デ』『エ』『ト』と、区切るように。

 そんな私の口唇(くちびる)を見て、夏野さんの表情が固まり――そして、そのまま口を開く。


「……秋本さん、前も思ったけど――マスク」


 どきりとして、慌てて口元を隠した。


『なんかさ――あの子の笑った顔、変じゃない?』


 くすくすと頭の中で、私を嘲笑(わら)う声がする。

 どうしよう――そう思った瞬間、夏野さんが優しく笑った。


「その、もし嫌じゃなければ……俺の前では外してほしいかも」

「――え」


 そして、照れたように頬を掻く。


「……もっとその顔、見たいから」


 そう言い残して、夏野さんは足早に控室へと消えていった。

 私はぽかんとしたままその場に立ち尽くしていたけれど――その言葉の意味に思い当たり、時間差で体温が上がる。


 思わず恥ずかしくなり顔を両手で覆うと、小さな暗闇に夏野さんの優しい笑顔がふわりと浮かんだ。

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― 新着の感想 ―
萌えますねぇ~ 「……なっちゃん、人一倍鈍感どんかんだから手強てごわいよ。頑張ってね!」 うん! 頑張って欲しい!
亜季さん、オトナだなぁ。。 青春真っ只中。幼なじみだからこその早熟‥‥かな?
おおう、そういうこと! 夏野くん、予想以上にラノベヒーローなのね(笑)。 繭子ちゃんにサラッとニクイこと言っちゃうところも、鈍感系ラノベヒーロー風(笑)。 なにはともあれ、頑張れ青春たち!
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