track9-5. ジャッジメント・デイ -The Judgement Day-
King & QueenのCDはすべて持っている。
――しかし、今流れている曲はこれまで聴いたことのないインストゥルメンタルだった。
曲に合わせて客席のどこからともなく手拍子が生まれる。
それと共に俺の胸もどんどん高鳴っていった。
そして――ステージの上にメンバーが現れた瞬間、会場中から大きな歓声が上がる。
最初に登場したのは鬼崎達哉だった。
普段から一般人とは異なる空気を纏っているが、今ステージ上に立つ姿にはそれこそ見る者を惹き付ける引力がある。
紫を基調としたきらびやかな衣装に身を包み、金色の髪を靡かせて歩く姿は気品にあふれていて、俺と同じ高校生とはとても思えない。
鬼崎さんは一度だけ控えめな笑顔で客席に手を振り、そのまま複数台のキーボードがセッティングされた舞台上手へと向かった。
続いてボーカルの王小鈴がステージ上に姿を見せると、更に大きな歓声が会場を包む。
6月公演で観た時にも驚いたが、とにかく顔が小さい。
黒いミニワンピースに赤いジャケットを羽織った王小鈴が、堂々とステージのセンターに立つ。
その姿には圧倒的な存在感があった。
――これが、本物のKing & Queenか。
6月公演のサプライズの時とは明らかに違う。
二人のプロミュージシャンが放つオーラは、ステージから空気を切り裂き客席まで届くようだった。
オーディエンスの声が止まない中、鬼崎さんが演奏を始める。
それと同時に王小鈴が大きく手拍子をして観客を煽った。
オープニングナンバーはCMとタイアップした有名曲で、会場全体が一体となりリズムを刻んでいく。
そしてキーボードの演奏がぴたりと止まった瞬間、王小鈴がマイクに向かって叫んだ。
「――Welcome to the show!」
その台詞で歓声が倍以上に跳ね上がる。
イントロが終わりAメロを王小鈴が歌い始めるが、まるでCDを聴いているかのような再現度だ。
それでも生で放たれる彼女の声は、肌に刺さるようなインパクトを伴い客席の俺たちに投げかけられる。
鬼崎さんは淡々と演奏を続けているが、間奏に入ると前方だけでなく隣に置かれたキーボードまで同時に弾き出した。
背後から女子特有の黄色い声が上がるが、無理もない。
涼しい顔で的確にメロディーを奏でるその姿には、確かに観客たちを釘付けにする華があった。
2曲目は王小鈴の多彩なボーカルが前面に打ち出された曲で、鬼崎さんもコーラスを入れながらキーボードを弾いてみせる。
1曲目の時と同様、ステージ上にはキーボードしかないはずなのにやたらと音が厚い。
コンピューターで流している音源も当然あるだろうが、鬼崎さんの周囲を固めるキーボードからも複数の音色が流れているのだろう。
2曲終わったところで演奏が一度止み、王小鈴が「こんにちは、King & Queenです」と挨拶をした。
客席から響く大歓声に「うわぁ、すごい声! 本当にありがとうございます」と笑顔を見せる。
心なしか鬼崎さんも微笑んでいるようだった。
「限られた時間ではありますが全力で歌って演奏しますので、是非最後まで楽しんでいってくださいね。それでは次の曲、聴いてください」
王小鈴の声に拍手が応えたのを確認してから、鬼崎さんが穏やかなメロディーを奏で始める。
そのまま披露されたバラードは、先程のアップテンポな曲とはまた違う彼女の魅力を引き出していた。
続く4曲目は6月公演でサプライズ演奏されたものと同じ曲だったが、アレンジが大きく変わっており、まるで別の曲のようだ。
間奏が終わり、最後のサビに入ろうとしたところで演奏がぴたりと止む。
しんと静まり返った会場で――俺たち観客を見下ろし、王小鈴がにやりと笑った。
その妖艶な笑顔に引き込まれた瞬間、彼女はマイクから離れ、アカペラでサビを1コーラス歌い上げる。
マイクを通していないのに、彼女の澄んだ声は力強く空間を切り裂いてみせた。
圧倒的な歌唱力にぞくぞくと鳥肌が立ち、その歌い終わりに俺を含む観客は大歓声で応える。
その興奮が冷めやらぬ中、今度は舞台上手からリズミカルなダンスナンバーが流れ始めた。
ドラマ主題歌として使われているその曲も生まれ変わったかのような新鮮さで俺たちの耳を震わせる。
熱狂で揺れる会場を、鬼崎さんは少しだけ口角を上げて眺めていた。
会場の空気は完全にステージ上の二人が支配していた。
俺たちは次々に繰り出される多彩な楽曲とパフォーマンスに圧倒されるばかりだ。
観客席のボルテージは上昇する一方で、その熱がステージ上にも伝播したのか、手を上げた鬼崎さんに王小鈴がハイタッチした。
その光景を見て、会場が更に湧く。
普段は冷静な鬼崎さんの昂りを目の当たりにして、俺の胸も熱くなっていた。
そして来月発売になるという新曲を歌い終わったところで、王小鈴が再度ステージの前方に立つ。
「――さて、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、次の曲が最後となってしまいました」
会場中から悲鳴が上がり、王小鈴が「ありがとう」と苦笑してみせた。
「皆さん、King & Queenの初ライブはいかがでしたかー?」
客席から次々に「最高ー!!」という声が上がる。
それを聞いて、王小鈴がにっこりと笑った。
心なしか鬼崎さんも嬉しそうな表情に見える。
「ありがとうございます、私たちも最高の時間を過ごさせて頂きました。また絶対にどこかで逢いましょう。今日は本当にありがとうございましたー!」
万雷の拍手の中で、王小鈴が高らかに宣言した。
「それでは最後に聴いてください。私たちのデビューシングル――『Save Our Revolution』!」
「――あの曲、『Save Our Revolution』っていうんだな」
隣を歩く夏野さんがぼそりと言う。
King & Queenのライブは、予定通り13時半丁度に終わった。
鬼崎さんも王小鈴も客席に手を振りながら早々に引き上げていき、何度かアンコールを求める手拍子が鳴ったものの「本日のKing & Queenのライブは終了しました」というアナウンスが終止符を打つ。
夢の終わりを告げられた観客たちは、熱に浮かされたままそれぞれの目的地へと散っていった。
俺と夏野さんもライブの余韻に浸りながら、視聴覚室へと歩みを進める。
「あの曲って……むちゃくちゃ売れたデビュー曲ですよ。あれでKing & Queenは一気に話題になったんです」
「あっ、そうなんだ」
「マジすか。本当に何も知らないんですね」
俺が呆れたように言うと、夏野さんが顔を顰めた。
「いや、実はさ……俺、あの曲にすごく嫌な思い出があるんだよね」
そして、俺の方を見て照れくさそうに白状する。
「それで、一人で聴く勇気なくて――御堂くんについてきてもらったってわけ」
――なんだ、そういうことか。
目の前の『持てる者』が見せる恥ずかしそうな顔に、俺は思わず吹き出してしまう。
「――なんすか、それ。夏野さんダサっ」
「うっさい、ダサいって言うな」
俺の言葉に夏野さんが笑いながら反論した。
「でも改めて聴くといい曲だね」
「そりゃそうでしょ。俺、あの曲で鬼崎達哉好きになったんですから」
「――え、何、御堂くんって鬼崎さんのファンなの?」
目を丸くした夏野さんを見て発言を後悔しても、言ってしまったからにはどうしようもない。
俺が黙ったままでいると、今度は夏野さんが吹き出した。
「――なんすか、何か文句あります?」
「いや、別に?」
ニヤニヤしながらこちらを見る夏野さんを睨み付けながら――いつの間にか、この人を嫌いじゃなくなっていることに気付く。
「それにしてもいいライブだったなぁ……今思えば鬼崎さんのサインもらっとけば良かった。前に断っちゃったけど」
「は? 鬼崎さんのサイン断ったんですか? あり得ねぇ……」
「いや、あの時よく知らなかったし。王さんもすごかったね。あの生歌しびれたなぁ」
「王小鈴は実力あるんで。鬼崎さんが直々に候補者の中から選んだんですよ」
「さすがファン、詳しいね……」
そんな他愛もない会話を繰り広げながら、俺たちは初めて笑い合った。




