track9-4. ジャッジメント・デイ -The Judgement Day-
そして現在、何故か俺は夏野さんと共にKing & Queenのライブの客席で開演を待っている。
元々観に行こうと思ってはいたが、何故よりにもよって苦手なこの人と一緒に来ることになってしまったのか――俺は隣にいる夏野さんにばれないよう、小さくため息を吐いた。
鬼崎達哉は俺の憧れだ。
2年前にKing & Queenがデビューした時、俺は中学2年生だった。
そんなに年齢の変わらないあのひとがメジャーなアーティストたちと対等に渡り合う――その姿にどうしようもなく衝撃を受けた。
俺もあんな風になりたくて、家にあった親父のギターを使って必死で練習した。
その甲斐あって、中学のバンドではずば抜けて上手かった自信がある。
そして念願叶い、彼と同じ高校に進学して軽音楽部に入った俺は、遂に鬼崎さんと対面する。
俺の歌と演奏をようやくこのひとに聴いてもらえる――そんな淡い期待を抱き、俺は6月公演の日を迎えた。
しかし、そんな俺を待っていたのは鬼崎さんの冷めた眼差しだった。
そもそも同じ部なのに名前すら覚えられていない。
他にも1年生の部員はいるのだから仕方がない――そう考えるようにしてみても、どうしても口惜しさが拭えなかった。
だが、横に立つこの人は、俺とはまったく違う。
確かな才能を持ち実力派のバンドメンバーに恵まれ、鬼崎さんからも一目置かれる存在――この人は『持てる者』、俺は『持たざる者』だ。
この人を見ていると、自分の未熟さを殊更に思い知らされるようで嫌だった。
――だからこそあの夏の日、この人の言葉が胸に刺さったのかも知れない。
『――俺にも、なかったよ』
俺の知らない所でこの人も何らかの傷を負っていて――それがこの人の現在を創り上げているのだと、そう思ってしまったから。
文化祭前1ヶ月をきった頃、LAST BULLETSのベーシストが怪我をしたと聞いて、他人事ながらどうするのだろうと思った。
ベース無しで当日やりきるのか――もし自分がその立場に置かれたらなんて考えたくもない。
しかし、この人は声をかけた俺に笑顔を見せた。
強がりでもなく、あくまで自然に――余裕すら感じさせる穏やかさで。
ちらりと横目で様子を窺う。
夏野さんは俺のそんな思いを知ることもなく、正面を向いて開演を待っていた――はずが、不意にこちらを振り返った。
目が合い言葉に詰まる俺を見て、夏野さんは少しきょとんとした顔をしてから、穏やかに表情を綻ばせる。
「鈍色idiotsのライブ、途中からだけど聴いたよ。良かった」
その言葉は、正直なところ無神経な気遣いにしか聞こえなかった。
感情をざらりと逆撫でされた俺は、まるで裏切られたような気分で反射的に言葉を放つ。
「――もしかして慰めてます? そういうの、いらないんで」
わかりやすい程の八つ当たり――自分でもダサいと思った。
俺は大きくため息を吐き、やり場のない怒気を逃がそうとする。
しかし、そんな俺を見ても夏野さんの表情は変わらなかった。
「まぁ、やっている本人としては色々あると思うよ。でも、俺は素直に良かったけどな。なにより、バンド全体の一体感というか――やりきった感っていうのかな? それが6月公演の時とは明らかに違った」
「……一体感?」
「うん、特にベースとドラムの二人。6月公演の時よりすごく上手くなったよね。それは本人たちの努力は勿論だけど――フロントマンとして引っ張る御堂くんの頑張りがあったからだよ、きっと」
確かに6月公演の時よりも、二人は生き生きとしていたように思う。
今回のセットリストも、鬼崎さんのアドバイスを踏まえて三人で何度も集まっては考え抜いたものだ。
以前は演奏だけでいっぱいいっぱいだったのに、今回は二人も俺に色々と意見を返すようになってきて――
「バンドって一人でやるものじゃないから――だから、そういうの俺はすごく大事だと思う」
そう言って、夏野さんは笑った。
その笑顔を見ながら、ふと気付く。
――あぁ、いっぱいいっぱいだったのは、俺の方か。
ギタリストがいなくなりどんどん余裕がなくなっていく俺に、二人は何の文句も言わずついてきてくれた。
思い返せばいつも俺は自分のことばかりだ――そんなことに、今更ながらに気付かされる。
黙り込んだ俺に、夏野さんはそれ以上何も言わなかった。
そのまま俺たちは二人でKing & Queenのライブ開演を待つ。
周囲には多くの人が集まってきていて、カラオケ大会の方は大丈夫だろうかと少しだけ気になった。
「――実は、ちゃんとKing & Queenの曲聴いたことないんだ、俺」
開演まであと1分になったところで、唐突に夏野さんが言う。
俺は耳を疑った。
「は? あんなにそこら中で流れてるのに?」
「ちょっと昔色々あってさ」
少しだけ寂しそうに笑ったあと、夏野さんが真剣な眼差しでステージを見る。
「――でも、もう逃げないことに決めた」
その言葉の意味を俺が訊こうとしたその時――校庭中に大きな音が鳴り響いた。




