track9-2. ジャッジメント・デイ -The Judgement Day-
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文化祭に来るなんて、もう何年振りだろうか。
自分の文化祭についてほぼ思い出せない私は、当時高校生活というものに余程興味がなかったらしい。
我ながら薄情なものだと胸の内で呆れて笑う。
控室を抜け出したあと、口さみしくなってわたあめを買ってしまった。
歩きながら食べるのは危ないので、校庭に用意されたイベント席に腰掛ける。
ステージ上では男子と女子の二人組が司会を担当し、様々な部から宣伝に訪れた学生たちの紹介をしていた。
普段とは異なるであろう学内の空気を更に盛り上げようとするその姿は、見ているこちら側にも高揚感と非日常感を与えてくれる。
「はい、それでは次の部活の皆さん、どうぞ!」
そして司会者に促されステージに上がった二人組を見て――私は思わず笑ってしまった。
どうやら、私はとことんあの二人に縁があるらしい。
「こんにちは、軽音楽部です。僕たちの部では5組のバンドがライブを行っていますが、お昼の12時20分から14時までは皆さんにご参加頂けるカラオケ大会を開催します! 僕たち生バンドの演奏で歌ってみたいという方は、是非5階の視聴覚室までお越しください」
「えっ、生バンド!? すごーい、私行こうかなぁ」
「でも本当にその場で演奏できるんですか? 曲目リストの数やばいんですけど」
司会の女子はノリ良く、一方男子は意地悪そうに絡んでみせる。
そんな二人のリアクションに、説明者――夏野くんはにっこりと微笑んでみせた。
その傍らには、アコースティックギターを持った春原くんが立っている。
「えぇ、ここにいる彼が何でもギターで弾いてくれますよ、そう――例えばこんな風に」
夏野くんが手元のマイクをギターに向けると同時に、春原くんがギターを鳴らした。
突如として空気を揺らしたその音は、校庭を行き交う人々の足をぴたりと止める。
何事かと誰もがステージを見上げたその瞬間――夏野くんが司会者から受け取ったマイクで歌い出した。
その芯のある歌声がハイトーンで校庭に響き渡った瞬間、ステージ一帯が色付いたような錯覚を起こす。
そのままセッションを続け、1コーラス終わったところで二人は演奏を止めた。
「――とまぁ、こんな感じで気持ち良く歌えちゃいます。本番はここにドラム、ベース、キーボードも入るので、もっと本格的ですよ。是非お時間のある方、遊びに来てください!」
そして二人はマイクを司会者に返し、さっさとステージを降りてしまう。
そこでようやく周囲に喧騒が戻ってきた。
「え、今の子歌上手くない?」
「ギターの人、格好良かったかも」
「生バンドカラオケって豪華だな」
「King & Queenのライブ前に行ってみるか」
口々に交わされる言葉たちを背に、私は半分残ったわたあめを袋にしまい席を立つ。
そう――こうやって彼らはいつも、私の中の何かに焔を点ける。
私はキャップを深くかぶり直し、来た道を戻った。
***
「小鈴ちゃんどこ行ったのかなぁ、達哉くん知ってる?」
控室として用意された部屋で、越智さんが困ったように問いかけてくる。
僕はそれに答えずキーボードを弾き続けた。
気まぐれな彼女のことだ、どうせどこか散歩でもしているんだろう。
心配しなくたって、時間までには必ず戻ってくる。
ステージのセッティングは既に済んでおり、音響チェックも問題ない。
ライブの時間は30分間――決して長くはない。
それでも、今日開催するこのライブはKing & Queenにとっての転機となる。
今回の話は元々僕が高校1年生の頃に事務所と高校両サイドから打診されていたものだ。
――といっても、どうせ高校側に働きかけたのは、社長だろうけれど。
僕は持ち曲が十分でないことを理由にその話をずっと断ってきた。
ライブをやるのであれば、頭から終わりまで――観客のテンションを保ち続けられるだけの曲を作り、実力を付けてからやりたいと考えていたからだ。
そんな僕の気が変わったのは、先日の6月公演が終わってからだった。
あの日、僕たちはLAST BULLETSの演奏に焚き付けられその場の勢いで演奏し、そして――柄にもなく、それを「楽しい」と感じてしまった。
それ以前にも客前で演奏したことは幾らでもある。
コンテストは勿論のこと、TVに出た回数だってゼロではない。
しかし、あの日小鈴と感じたあの熱は、未だ僕の中で燻り続けている。
ライブで得た熱はライブでしか解消できない――それは何故だか確信めいたものとして僕の中に在った。
そんな状況において、この文化祭のステージは願ったり叶ったりだ。
King & Queenのオフィシャルなライブとしては初、その舞台がリーダーである僕の母校の文化祭――周囲の人間がどう思うかは知らないが、或る程度集客が見込めてホームに近い場所であり、話題性にも事欠かない。
更に来月発売のNEWシングルの宣伝もできるとあっては、この話に乗らない理由がなかった。
「ただいまー」
応接室のドアが開いて、小鈴が入ってくる。
越智さんが「あっ、戻ってきた!」と歓びの声を上げた。




