track8-9. 嵐は秋に巻き起こる -The Storm Rises in Autumn-
そんな夏野の思考を遮ったのは、思いがけない一言だった。
「――ベースがいないなら、あたしがやってもいい。楽譜あれば弾けるから」
夏野は驚いて声の方向を振り返る。
そこには、鋭い眼差しで夏野を射抜くtakoyakiのベーシスト二見が座っていた。
三条が「おっ、冷もやってくれるの!?」と嬉しそうに立ち上がる。
「さすが我らが凄腕ベーシスト、期待してるよ!」
「別に……嫌ならいいけど」
「いえいえ、是非お願いします!」
夏野が身を乗り出してそう言うと、二見は「OK」とだけ答え、また携帯電話に視線を戻した。
「――あの、盛り上がっているところ申し訳ないんですが、ちょっといいですか?」
おずおずと手を挙げたのは、2年生のビジュアル系バンドペリドットのリーダー、吉永だ。
「僕たちは全然それで構わないんですが――その、LAST BULLETSは大丈夫ですか? 冬島さん今年最後の文化祭なのに、枠30分しかないですけど……」
「――え、何? おまえ、俺のこと心配してんの?」
冬島が驚いたように声を上げる。
「俺は別にカラオケでもドラム叩けるから何も文句ねぇけど。そもそもLAST BULLETS俺のバンドじゃねぇし」
「自分のバンドのメンバーでもないのに……吉永さんってすごくいい方ですね」
「春原、てめぇもこいつを見習ってちょっとは先輩のことを敬え」
「夏野さんと高梨さんのことは敬っています」
そんな二人のやり取りを受けて、室内の雰囲気が更に和らいだ。
「じゃあ鬼崎枠はそれでいこう。King & Queenのライブは13時から始まるから、カラオケ大会と丸かぶりだし丁度いいね。いっちーごめん、板書お願い」
三条の指示でtakoyakiのドラマー一瀬が黒板にタイムテーブルを書き出す。
生バンドカラオケ大会に出場するメンバーの負担も考慮して順番調整を行い、下記の内容で最終確定させた。
10:00-11:00 Cloudy then Sunny
11:10-12:10 鈍色idiots
12:20-14:00 生バンドカラオケ大会
14:10-15:10 takoyaki
15:20-16:20 ペリドット
16:30-17:00 LAST BULLETS
「さて、それ以外にやらなきゃいけないこととしては、当日のプロモーション準備かな。今高梨さんが色々と動いてくれているんだけど、皆にもお願いしたいことがあるんだ」
三条がプリントを隣に座る二見に渡す。
一枚取って隣に回しながら、内容を見た軽音部員たちが歓声を上げた。
「え、すごい!」
「何これ!」
夏野の元に回ってきたプリントを見ると、そこには各バンドの名前と、バンドをイメージしたらしきロゴ画が掲載されている。
確かにセンス良く目を惹くデザインで、皆が喜ぶのも納得の出来だった。
「それ、高梨さんが作ってくれたんだよ。彼女って何でもできるね」
「――亜季が?」
夏野は改めてプリントに視線を戻す。
思い返してみれば、亜季は昔から絵も上手かった。
しかし、前回の打合せからまだ数日しか経っていない。
左手も自由にならない中、他にやるべきこともたくさんあっただろう。
――それでも、亜季はあの日宣言した通り、自分にできることをしっかりとやっている。
「……あいつ、やるじゃん」
隣で冬島が嬉しそうに笑った。
亜季がデザインしたLAST BULLETSのロゴは、4発の弾丸が中心に向かって描かれている。
亜季の想いのこもったロゴを見ながら、夏野は大切な幼馴染みのことを心から誇りに思った。
「このロゴステッカーとビラを当日配布するよ。それぞれ各バンドの特徴とかセトリに組み込んだミュージシャンの名前を掲載するから、今週中を目処に考えてきてね――それじゃあ、今日はここまで!」
明るい三条の声と共に、部員たちが一斉に立ち上がる。
そして部屋を出たところで、夏野は「あの」と背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには御堂が立っている。
思い返してみれば、あの夏の日――スタジオに練習時間を過ぎて残っていた彼と別れてから、会話をするのは初めてだった。
御堂から話しかけてくるなんてどういう風の吹き回しだろう。
「うん、どうした?」
夏野が促すと、御堂は少し躊躇う様子を見せたあと――ぼそぼそと言った。
「俺が言う話じゃないけど――大丈夫なんすか、そっちのバンド」
夏野は御堂をまじまじと見つめる。
どちらかと言えば、御堂は自分を敵視していると思っていた。
そんな彼から、こんな気遣いの言葉が出てくるとは。
確かにベーシストは現時点で不在、演奏枠を30分に短縮したとはいえ、本番まで残り3週間をきっている――傍から見れば、とても順調とは言えない状況だろう。
――しかし、夏野には確信があった。
様々な想定外の事態は起こったものの、良い流れは間違いなく来ている。
「御堂くんありがとう、もしかして心配してくれた?」
笑顔でそう返すと、御堂は顔を真っ赤にして「ハァ!?」と怒声を上げた。
その反応ですら何だか愛らしく感じられたが、それを言うと余計怒り出しそうだ。
不機嫌そうな顔の御堂に対して、夏野は穏やかな笑みを浮かべたまま口を開く。
「――大丈夫、俺たちには『奥の手』があるから」
夏野は今の自分が置かれている環境に深く感謝していた。
LAST BULLETSだけではない――ここには大勢の味方がいる。
同じ目的に向かって突き進む、かけがえのない仲間たちが。
――嵐が吹き荒れようが、構わない。
それならば、その嵐を乗り越えてみせようじゃないか。
夏野は決意し、教室へと歩き出す。
その背中には決意の色が漲っていた。
track8. 嵐は秋に巻き起こる -The Storm Rises in Autumn-




