track8-8. 嵐は秋に巻き起こる -The Storm Rises in Autumn-
「ありがとう。俺たちLAST BULLETSのサポートに名乗り出てくれて、本当に嬉しいし助かる」
夏野が吐露した素直な気持ちを受け取るように、繭子は目を細めて小さく頷いた。
そんな彼女の様子を見て少し言い淀んだ末に――夏野は続ける。
「ただ――ごめん。俺たちは、今回いつもとは違うやり方でライブをやるつもりなんだ」
目に映る繭子の表情が少し色を喪い、いつものように感情の見えないものへと戻っていた。
無理もない――好意でわざわざ申し出てくれたものを断ったのだ。
しかし、夏野は臆さず続けた。
「――だから、別のことをお願いしたいんだけど……話、聞いてくれるかな?」
ふと、繭子の瞳が揺れ――こくりと頷く。
そして夏野は自分のアイデアを彼女に話して聞かせた。
彼女は一言ずつ、夏野の言葉を咀嚼しながら受け入れていく。
一通りの説明を終えても、繭子は黙ったままだった。
彼女なりに思うところがあるのかも知れない。
そう、夏野が繭子に頼んだのは『LAST BULLETSのサポート』ではなかった。
それでも――
「急に違うことをお願いしてごめん。でも――俺は、軽音楽部のために繭子さんの力が必要だと思ってるんだ」
そう告げたところで、繭子のつぶらな目がはっと見開かれる。
そんな彼女の様子を見て、夏野はその色素の薄い瞳を改めて綺麗だと思った。
そして、遅ればせながら彼女を『繭子さん』と名前で呼んだことに気付き――「あ」と間抜けな声を上げる。
「ご、ごめん、馴れ馴れしくって! その、繭子さんの苗字ど忘れしちゃって――」
慌てて弁解していると、目の前の繭子が俯き、肩を震わせた。
――え、もしかして……泣いてる?
夏野の脳内を後悔の念が渦巻いたその時――目の前の繭子から、くっくっと呼吸をするような音がした。
そして、それは次第に明るい笑い声へと形を変えていく。
初めて聴く繭子の楽しそうな声に、夏野は呆気に取られた。
普段言葉少なな彼女が上げるその声は高く澄んでいて、そしてやはり凛とした色があって――心を揺さぶられながらも、夏野は繭子から目が離せない。
一通り笑い終わったあとで、繭子は夏野に視線を合わせ――その顔を覆っていたマスクを外す。
マスクの下から現れたのは、色鮮やかな口唇だった。
一見おとなしい繭子を彩る明るいオレンジリップに、夏野は思わずどきりとする。
「――秋本です」
「……え?」
「秋本繭子です、私」
そう言って立ち上がった繭子は、その表情をにこやかに綻ばせてみせた。
「わかりました、夏野さん――あなたのアイデア、私にお手伝いさせてください」
***
翌月曜日の昼休み、三度軽音楽部のメンバーは物理室に参集する。
前の週の金曜日に繭子と会話したあと、夏野はスタジオで練習する春原と冬島の所に向かい、自身のアイデアを説明した。
二人は少し驚きはしたものの、あっさりと夏野の提案を受け入れる。
「面白そうじゃん。ま、そんなことできるのはこの学校じゃあ俺様くらいだろ」
「いや、他にもいるんじゃないでしょうか」
「てめぇは相変わらず一言多いな」
軽口を叩き合う春原と冬島に、夏野は心の底から感謝した。
このアイデアを実現するためには、二人の協力が絶対に必要だ。
そして、夏野は物理室に集まったメンバーに空いていた『鬼崎枠』の使い方を説明した。
「――生バンドカラオケ大会、ナイスアイデアじゃない!?」
夏野の説明を聞き終えた三条が歓びの声を上げる。
すると、珍しくその隣で携帯電話をいじっていた青メッシュの女子――3年生バンドtakoyakiのベーシスト二見が「……面白そう」と呟いた。
初めての反応に驚いていると、隣に座る冬島も「こいつ、喋るのか」と小声で洩らす。
――そう、夏野の考えたアイデアは、文化祭を訪れた客が生バンド演奏でカラオケを楽しめるというものだ。
幸い軽音楽部のスタジオには代々部員たちが買い溜めてきた多くのバンドスコアがある。
これらの曲目をパンフレットに掲載し、その中から来場者の歌いたい曲を選んでもらう――楽譜が読めるメンバーであれば、事前に練習せずとも当日その時間さえ空けておけば対応可能だ。
「ドラムは冬島さんが、ギターは春原が、そしてキーボードは秋本さんが初見で演奏できます。1曲約5分、当初予定の60分だと12人しか捌けないので、|LAST BULLETS《俺たち》の枠を30分に短縮して予備の時間もあてこめば――この枠に100分は割けるはずです」
100分あれば、少なくとも20人は歌うことができる。
どれだけ客が来るかはわからないが、それが確保できるギリギリの時間だ。
あまりにも客の数が多いようであれば、一グループ一人までというように制限を設ければ良いだろう。
夏野はちらりと繭子の方に視線を送った。
彼女はいつものようにマスクをして、香織の隣におとなしく座っている。
Cloudy then Sunnyのメンバーにも特に驚いた様子が見られないのは、きっと事前に繭子がこの件について話していたのだろう。
先週高らかな笑い声を上げた彼女の姿が脳裡によみがえる。




