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【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


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track8-7. 嵐は秋に巻き起こる -The Storm Rises in Autumn-

 話したいことがある――そう言う繭子(まゆこ)に連れられ、夏野は食堂で彼女とテーブルを挟み席に着いた。

 文化祭の準備で忙しいのだろう、普段は学生たちの(しゃべ)り場と化している放課後の食堂には数える程しか人がいない。

 夏野と繭子の周囲も同様で、ここであれば他の人を気にせず話ができそうだ。


 対面の繭子はいつものようにマスクをしたままだ。

 なかなか話し始めない彼女の真意を測りかね、夏野は自分から話を切り出そうとしたが――ふと、繭子の苗字を知らないことに気付いた。


 いつも亜季は後輩の女子のことを名前で呼ぶ。

 とはいえ、Cloudy then Sunnyのリーダーである香織とは会話することもあるのでその苗字が杉下であることを知っていたが、夏野は目の前の繭子とは数える程しか会話をしたことがない。


 ――それでも、そのミステリアスな雰囲気もあって、繭子の存在は夏野の中に確かな色を残していた。


 さて、どうすべきか。

 許可なくいきなり「繭子さん」と呼ぶのも馴れ馴れしい気がして、夏野は内心頭を抱える。

 だからといって改めて苗字を()くのはどう考えても悪手(あくしゅ)だろう。

 仕方ない、かくなる上は――夏野がテーブルの下で春原に携帯メールを打とうとしたその矢先だった。


「――亜季さん、大丈夫ですか?」


 目の前の繭子がぽつりと言う。

 その(つぶや)きは、いつか聞いた(りん)とした響きを伴っていて――思わず夏野が顔を上げると、彼女は逃げるようにその視線を()らした。

 前から思っていたが、極度の恥ずかしがり屋なのかも知れない。

 夏野はできるだけ繭子がリラックスできるよう、明るい笑顔を作ってみせた。


「あぁ、幸いにも怪我(けが)はそこまで酷くないみたい。心配してくれてありがとう」


 夏野の返事に「……そうですか」と繭子が答え、また黙る。

 さて、次はどうすべきか――そう考えた夏野の瞳を、繭子がその色素の薄い瞳で捉えた。

 マスクで表情は読めないものの、その瞳は夏休みに部室で見た時のようにきらきらと光を含んでいる。

 その穏やかな光に導かれるように、夏野も繭子を見つめ直した。


 すると――次の瞬間、繭子の口から予想だにしない言葉が(こぼ)れ落ちる。


「あの――私を、LAST BULLETSに入れてもらえませんか」

「……え」


 思考が追い付かずにぽつりと声を()らしたあと、その言葉の意味を理解した夏野は目を見開いた。

 そんなリアクションにも動じることなく、目の前の繭子は夏野を見つめたままだ。

 急な発言に戸惑(とまど)いながら「ごめん、ちょっと確認させて」と言葉を継ぐ。


「えっと、Cloudy then Sunnyの方はどうするの?」

勿論(もちろん)出ます。そのプラスアルファで、LAST BULLETSのサポートをさせてもらえませんか」


 繭子は淡々と続けた。

 心なしかその声は先程よりも大きく聞こえる。


「ピアノは子どもの頃から10年以上弾いています。Cloudy then Sunnyの公演もあるので暗譜(あんぷ)は少し厳しいですが、楽譜さえあれば大体の曲は弾けるので、きっと夏野さんの力になれると思います」


 そこまで一気に言い切ってから、繭子はまた口を(つぐ)んだ。

 ()(ほど)、昼休みのミーティングの場において、彼女だけがCloudy then Sunnyのメンバーの中で唯一コラボを諦める様子を見せていなかった。

 繭子にとっては本業をやりきっても(いま)だなお余裕があるのだろう。


 ――しかし、その申し出をありがたく感じながらも、夏野は即座に答えを返せなかった。

 確かに繭子が亜季の代わりにシンベを弾いてくれれば、バンドの(たい)を成すだろう。

 一方で、夏野たちは亜季と練習してきた曲を文化祭でやるつもりはない。

 そうなると、これから選ぶ新しい演奏曲のベースパートを、シンベを弾く繭子のために春原が楽譜に起こすこととなる。

 夏野が今想定している構想を踏まえると、春原にこれ以上負担をかけたくはなかった。


 また、亜季のことも気がかりだ。

 たとえ一時的なサポートとはいえ、LAST BULLETSで繭子が自分と同じシンベパートを弾いたら彼女はどう思うだろう。

 亜季の性格上嫌とは言わないだろうが、正直夏野はあまり気が進まなかった。

 そんな思いで繭子にサポートを頼むのは、彼女にも失礼だ。


 どう繭子に応えるべきか――夏野は逡巡(しゅんじゅん)しながら、遠方を眺める。

 すると、視線の先に連れ立って帰るクラスメートたちの姿を発見した。

 彼らは楽しそうに話しながら廊下の先へと消えていく。

 最近でこそ遊んだりすることは少ないが、4月頃は亜季含め遊びに誘われたものだった。


 そんなことを懐かしく思ったその時――夏野の頭の中に閃光が走る。 


 瞬時に夏野は繭子へと向き直った。

 彼女は真剣な眼差(まなざ)しでこちらを見つめたままでいる。

 夏野は意を決して口を開いた。


「ちょっと確認してもいいかな。楽譜があれば曲は弾けるんだよね。それは初見(しょけん)でも?」

「はい、初見で弾けます。ただ、完成度を上げるためにも練習できた方がありがたいです」

「習っていたのはクラシックピアノだよね。バンドではJ-POPも弾いているけど、感触はどう?」

「Cloudy then Sunnyで曲を決める時は、私が一通りメンバーの前で弾いてみせることが多いです。なので、特に問題ないと思います」


 もしそうであれば――いけるかも知れない。

 夏野はざわりと肌が粟立(あわだ)つ感覚に震えながら、ゆっくりと口を開いた。

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