track8-6. 嵐は秋に巻き起こる -The Storm Rises in Autumn-
ミーティングを終えた夏野と亜季が教室に戻ると、クラスメートたちは先程知らされたニュースに大盛り上がりしていた。
無理もない、King & Queenが6月公演でサプライズ演奏した時も「それだったら観に行ったのに!」と多くの生徒たちが嘆いたそうだ。
これは亜季から聞いた話だが、鬼崎はメディア露出にあまり積極的ではないらしい。
そういう意味でもあの6月公演のセッションはかなり貴重なものだったのだろう。
そんなKing & Queenが、今回は正式にイベントゲストとして文化祭でライブを行う――鬼崎が何故軽音楽部の公演に出ないのか、その意味がようやくわかった。
結局昼間のミーティングはそのニュースの衝撃で大した意見も出ないまま終わってしまった。
King & Queenのライブがあるのなら、その時間帯はどう考えても集客は見込めず閑古鳥が鳴く。
一通り騒いだあと黙り込んだ部員たちを前に、三条が立ち上がった。
「ひとまずKing & Queenの公演時間を踏まえて、来週もう一回タイムテーブルを見直そう。以上、今日は解散!」
その一声で、部員たちは一人また一人と物理室を出て行く。
夏野も立ち上がろうとしたところで、三条が深くため息を吐く姿が視界に入った。
何か声をかけるべきか――そう感じたその時、彼女に駆け寄ったのは亜季だ。
「――あの、三条さん」
「高梨さん、どうしたの?」
「軽音楽部としてお客さんを増やす方法、きっとあると思うんです。私にも一緒に考えさせてください」
亜季の力強い声が室内に響いた。
三条がぐっと目を見開いたあと――その表情が明るい色に染まる。
「ありがとう……そう言ってもらえると心強いよ。一緒に頑張ろうね」
二人で教室まで戻る道すがら、亜季に真意を問うと彼女は少し照れたように笑った。
「少しでもLAST BULLETSの役に立ちたいから――当日演奏はできないけど、私は私のできることを頑張ろうと思って。私にとっても大切な文化祭だからね」
そんな幼馴染みの力強い言葉に、夏野は背中を押されたようなそんな思いを抱く。
――そうだ、俺は俺にできることを『やるしかない』。
いつだって、それは変わらないんだ。
午後の授業中も、夏野は文化祭に向けて思考を巡らせていた。
LAST BULLETSとして一番解決すべき課題は、亜季の抜けた穴をどうするかだ。
今日の様子を見る限り、他のバンドに頼む余裕はないだろう。
春原からはベースパートを事前にキーボードで打ち込み当日流す方法を提案されている。
最後の手段としてはそれしかないが――グルーブ感を重視するならば、なんとか生演奏にしたいところだ。
それを実現する心当たりが、実は夏野にはあった。
勝率は決して高くないが、挑戦してみる価値は十分にある。
夏野はそのアイデアを放課後の練習で春原と冬島に相談することに決めた。
次に鬼崎の空いた枠をどうするか、思いを馳せる。
夏野発案のコラボが難しいようであればいずれかのバンドが2公演行うか、それとも――全く違う使い方をするか。
2公演行えるバンドがあるとするならば、部長の三条がリーダーを務める3ピースバンド、takoyakiだろうか。
三条に訊いたところ、あの手この手で観客を楽しませるコミックバンドらしく、童謡をガチガチのメタル風に演奏したり、変わった歌詞の曲を探してきては観客と一緒に合唱したりしているとのことだった。
「うちらはやってて超楽しいんだけど、そういうところも鬼崎や冬島とは温度差ありすぎるんだよね」
そう言って三条が小さくため息を吐くが、その声色はあくまで明るい。
三条がギターボーカル、いつも彼女の隣にいる気弱そうな『いっちー』こと一瀬がドラム、そしてたまに現れる青メッシュ髪の女性――二見がベースらしい。
一瞬二見にLAST BULLETSのサポートを頼むという案も頭を過ったが、ミーティング中もずっと携帯電話をいじっている様子からするとかなり手強そうだ。
夏野はその選択肢を即座に諦め、再度鬼崎の枠を埋める案を検討する。
同級生の吉永のバンド、ペリドットはいわゆるビジュアル系バンドだ。
それとなく2公演できそうか訊いてみると、準備に時間がかかるらしく「もしやるなら連チャンがいいなぁ、化粧直し大変だから」とのことだった。
連続で同じバンドが演奏するのもなんだかバランスが悪い。
それならばいっそ、ペリドットの2回目の公演をKing & Queenとぶつけるか――それも集客を最初から捨てているようで気が引ける。
1年生の2バンド、鈍色idiotsとCloudy then Sunnyはどちらもいけるかも知れない。
もしくは1コマを2つに分けて、各バンド30分ずつ演奏するか。
いや、それだと楽器入れ替えの時間が――
「――夏野、なーつーの、聞いてる?」
ぐるぐると巡る思考の中に想定外の声が割り込んできて、夏野は慌ててそちらを見る。
すると、そこにはクラスメートの男子が呆れた顔で立っていた。
周囲を見回すと、皆席を立って帰る準備をしている。
いつの間にか授業どころかHRまで終わっていたらしい。
「ごめんごめん、考え事してた。何かあった?」
「お客さん来てるよ、ほら」
彼に促されるまま教室の前方のドアを見て――思わず、目を見開く。
ドアの前にはCloudy then Sunnyのキーボーディスト、繭子が立っていた。




