track8-2. 嵐は秋に巻き起こる -The Storm Rises in Autumn-
「あー、ほんっと鬼崎は勝手なんだから……!」
三条がぐったりと項垂れる。
「そんなの今更だろ。あいつに何期待してるんだ」
冬島がパックのコーヒー牛乳を啜りながら言った。
三条の隣に立つ3年生――冬島と打って変わって気が弱そうな眼鏡の男性も、困ったような表情で「そうだよ、三条さん」と頷いている。
その三条を挟んで逆側の席では、髪に青くメッシュを入れた女性が興味なさそうに携帯電話を操作していた。
鬼崎が文化祭ライブに出ないという話を受けて、軽音楽部のメンバーたちは放課後視聴覚室に集められた。
三条の話によると、3年生が1組、2年生が1組、1年生が2組――そして夏野たちと、計5組のバンドがあるという。
室内を見渡してみると、三条の脇を固める3年生らしき男女といい、夏野が見たことのない部員も集まっている。
LAST BULLETSも今日学校を休んでいる亜季を除き全員が揃っていた。
「夏野くん、久し振り」
不意に声をかけられ振り向くと、そこには同級生の吉永が穏やかな表情で座っている。
「うん、久し振り」と挨拶を返しつつ、夏野は改めて昼の打合せの際に感じた驚きを噛み締めていた。
恐らく教室の外で吉永と会話をするのはこれが初めてだ。
「夏野くん、あんなに歌上手かったんだね。全然知らなかったから6月公演の時驚いたよ」
眼鏡の下で優しく目が細められる。
見た目通り穏やかな人柄のようだ。
「ありがとう。っていうか、吉永って軽音の部員だったんだね。途中入部の挨拶もしてなくてごめん」
「全然。同級生だし気を遣うことないよ」
そのやりとりを聞いて、香織が驚いたように「えっ!」と声を上げる。
「夏野さん、吉永さんのバンド知らないんですか?」
「え、どういうこと?」
「あの、吉永さん、去年の文化祭の写真ないですか?」
香織が促すと、吉永が「あ、あるよ」と鞄を探ったあと、おずおずと写真を差し出してきた。
受け取った写真に、隣に座っていた春原と二人で目を落とし――そして、絶句する。
そこに写っていたのは、目にも鮮やかな緑色の髪を伸ばした眉目秀麗な男性だった。
恐らくカラコンを入れているであろう瞳は金色に染まり、中世ヨーロッパ風の服装に身を包んだ彼はメイクの効果もあってか目の前の吉永と同一人物とは思えない。
まるで漫画やゲームの世界から飛び出してきたようだ。
「……これ、吉永……!?」
「うん、去年は初めての文化祭だったから、気合い入れちゃった。変かな?」
「いや、すごいよ! これ衣装とかどうしたの?」
「衣装は姉ちゃんの手作りで、ウィッグも姉ちゃんから借りてるんだ。姉ちゃん、コスプレが趣味だから」
「て、手作り……これが……!?」
「そうなんです! 『ペリドット』は音楽は勿論、ビジュアルが本当に素敵で……! 私去年の文化祭でファンになっちゃいました!」
「……杉下、テンション高いね」
「そりゃあ『ペリドット』にあこがれて軽音に入ったんだもん!」
熱弁する香織を前に、春原が「その割にはジャンル違う気が……まぁいいか」と口を噤んだ。
吉永は照れ笑いをしながら写真を鞄にしまう。
「さて、じゃあ気を取り直して――どうしようか。ひとまずタイムテーブル決める? いっちー、書記お願い」
三条がそう言うと、『いっちー』と呼ばれた気弱そうな男性が黒板にタイムテーブルを書き出した。
昼休みに三条から説明があった通り、10時から17時まで、各バンドの持ち時間は1時間だ。
各ステージの合間に10分間の休憩を入れると、全部で6つのコマができた。
「で、皆どこのコマがいいとかある?」
「うちは昼の時間以外で」
御堂の言葉に、香織も頷く。
「確かにお昼時はお客さん来なさそうですよね。鬼崎さんが出ないんだったらお昼の1コマを休憩時間にあてて、他の5コマを皆で埋めたらどうですか?」
「いや、そりゃ勿体ねぇだろ」
冬島が飲み終わったコーヒー牛乳のパックを置いた。
「少しでも客集めなきゃいけねぇのに、1コマ無駄にしてどうすんだ」
「あっ、ごめんなさい……」
香織がしゅんとしたのを見て、非難の目が一斉に冬島に注がれる。
慌てて冬島が「べ、別に責めてるわけじゃねぇし……」としどろもどろ弁解すると、三条が「ごめんごめん、冬島悪気はないから許してやってねー」と笑顔で取りなした。
「まぁ、確かに冬島の言うことも一理あるね。私たちがランキング上位を狙うには、少しでも多くの公演をやった方がいい。同じ公演系だと吹奏楽部にミュージカル部、演劇部は部員が多いから家族の組織票だって強いし、招待試合をやる運動系の部活や文化系の展示も地味に集客数を稼いでくる。鬼崎のやつを見返してやりたいけど、5位死守は正直厳しいかも……」
「おい三条、何弱気なこと言ってんだよ。あの野郎の鼻っ柱ぶっ壊してやろうぜ」
「正確には『鼻っ柱をへし折る』ですね」
「うるせぇ春原、意味が通じりゃいいんだよ」
時には話が脱線しながらも、ひとまず昼以外のコマに全バンドを割り当てる。
そして残る昼の1コマにどのバンドをあてるか話し合っている最中――ふと、夏野の中で一つのアイデアが閃いた。
「コラボとかどうですか? いつもと違うメンバーで組んだら、なんか面白いライブになりそうな気が」
「それ採用!」
「楽しそうですね!」
三条と香織が即座に食い付く。
そのままメンバー構成などで話が盛り上がったが、既に練習期間は残り1ヶ月を切っている。
よって、各バンドの進捗状況を踏まえながら、どのメンバーなら対応できるか、翌日の昼休みにまた代表者たちで話し合うこととなった。
「色々大変だけど、なんとか上手くまとまりそうだな」
話し合いを終え、夏野、春原、冬島はスタジオにいた。
水曜日の放課後は貴重な練習時間だ。
時刻は16時15分、終了時刻の17時までまだまだ練習できる。
「そうですね。俺は夏野さんがボーカルやるならコラボ出ます」
「おまえ、それコラボでも何でもねぇだろ……」
真顔の春原に対し、冬島が呆れ顔で言葉を洩らし――そして、ふと気付いたように続けた。
「そういえば、今日高梨いないな。どうした?」
「あぁ、今日休みなんです。朝からいなくて」
とはいえ、亜季が学校を休むのは珍しく、夏野も気にはなっていた。
帰りにメールでもしてみるかと思ったその時、スタジオのドアがトントンと鳴る。
今日の別スタジオの練習バンドはCloudy then Sunnyだ。
何か用事でもあるのだろうか――入口の近くにいた春原がギターを置いて、ドアを開けた。
「――あれ、今日お休みじゃ……えっ!?」
春原の驚く声が室内に響く。
思わずドアの方を振り返ると、その視線の先には亜季が立っていた。
1日振りに見る幼馴染みの顔に夏野はほっと胸を撫で下ろす。
――そして
春原の背中越しに見えた亜季の華奢な左腕が、包帯でぐるぐる巻きにされ肩から吊られていることに気付いた。




