track7-7. サマーデイズ・ラプソディー -Summer Days Rhapsody-
「――もう一回、間奏の前から流してもらえますか?」
鬼崎が春原の指示通りに曲を流した。
それに合わせて春原はギターを弾く。
そのソロは、先程とは全く違った旋律を刻んだ。
音数が多く、初回と曲の印象ががらりと変わる。
「もう一回」
今度はサビと同じようなメロディーをなぞりつつ、後半で音を歪めてみせた。
春原が繰り出す様々なアプローチを、じっと真剣に聴き入る鬼崎。
そして五回弾き終わったところで春原が手を止め、鬼崎ではなく――夏野に視線を向けた。
「夏野さん、どれがいいですか?」
「――え、俺?」
思わず夏野が声を上げると、鬼崎がじろりとこちらを睨み付ける。
部外者の自分が口を挟むのはいかがなものかと夏野は一瞬逡巡し――しかし春原の眼差しが不安げに揺れたのを見て、迷いを断ち切った。
「――俺は、二つ目が良いと思ったけど……」
「けど?」と鬼崎が言葉尻を捕らえる。
夏野は心の中で一つ息を吐き、意を決して続けた。
「もしもっとハードにしたいんだったら、曲全体のテンポをもう少し遅くして、ギターのバッキングを増やしたらいいと思います。それから、三つ目で春原がサビを追うようなソロ弾いてましたけど、あれをラスサビに持ってきて、歌とギターが重なるように弾いたら格好いいんじゃないかな――俺が思ったのはそれくらいです」
そこまで言い切ってからブースの中の春原に視線を戻したところで――夏野は目を見開く。
緊張で強張っていたはずの春原の表情が、嬉しそうに綻んでいた。
既視感のあるその笑顔を、夏野は記憶の中から探し出す。
それは二人が初めて部室でセッションした時の表情とぴたりと符合していた。
あの時、春原はこう言った。
『――やっぱり、あなたは本物だ』と。
「ふぅん……ま、夏野くんの言うことも一理あるかもね。でも――」
「King & Queenの曲にしてはハードすぎかな」
背後からいきなり女性の声が響く。
驚いた夏野が振り返ると、そこにはKing & Queenのボーカル王小鈴が立っていた。
今日は6月公演の時の制服然とした服装とは異なり、黒いキャップに白のフォトTシャツというラフな格好だ。
デニムのホットパンツからすらりと伸びる白い足が眩しくて、夏野は思わず目を逸らす。
それを知ってか知らずか、小鈴は夏野にぐいと顔を近付けてきた。
「夏野くん――また逢えたね」
香水でもつけているのか、花のような香りがふわりと舞う。
近くで見る小鈴は顔が小さく目がぱっちりとしていて、とてつもなく魅力的だった。
そんな彼女を前に夏野は「あ、どうも」としか返せない。
普段一緒にいる亜季だって十分に可愛らしいと思うが、さすがに芸能人はレベルが違った。
そんな夏野に悪戯っぽく笑いかけたあと、小鈴は鬼崎の方に歩いていく。
「何、会社に断られたのに引っ張ってきたの?」
「レコーディングがダメだって言われただけだよ。今回録音したやつを聴かせて、良ければ音源そのまま使えないかと思って」
「ふーん、達哉あいかわらずチャレンジングだね。まぁプロデューサーあと1時間くらいで来るし、挨拶だけでもしていったら?」
「そのつもり」
ここで初めて、うすぼんやりとしか見えていなかった状況が、夏野にも何となくわかってきた。
鬼崎は春原にKing & Queenの新曲を弾かせようとしたが、さすがに会社からNGが出た。
そこで、プロデューサーに聴かせるための音源を録った上で、その奏者として春原を紹介し――上手くいけばその先の展開も考えているのだろう。
鬼崎が春原を買っていると知ってはいたが、まさかここまでとは。
驚くと同時に、それだけ春原が評価されていることを夏野は嬉しく思った。
しかし、それを止めたのは他でもない春原の一言だった。
「いえ、鬼崎さん。俺はあくまで作曲のお手伝いに来ただけなので、今日は帰ります。レコーディングはちゃんとしたプロに弾いてもらって下さい」
春原の声がスタジオに響く。
鬼崎と小鈴はブースの中の春原を見た。
「そうなの? 私途中からしか聴いてないけど、お世辞抜きにすごく良かったよ。達哉がゴリ押ししたら顔つなぎくらいはできるんじゃない?」
「君、プロめざしてるんでしょ。上手くいけば名前が売れるチャンスだと思うけど」
そう発言する二人の背後で越智が「……ま、プロデューサーにちょっと紹介するくらいなら」と困ったような笑みを浮かべている。
夏野も同意見だった。
可能性は低いけれど、もしかしたら春原のギターがCDに収録されるかも知れないのだ。
そうでなくてもプロデューサーとの接点ができることは、プロになりたい春原にとってはプラスでしかないだろう。
しかし、春原は頑なに首を横に振り――静かに言った。
「ありがとうございます。でも――俺は、夏野さんの隣で弾きたいので」




