track7-6. サマーデイズ・ラプソディー -Summer Days Rhapsody-
――そして、夏野は見慣れないスタジオの端に座らせられていた。
春原は鬼崎と共にブースの中で会話をしている。
何を話しているんだろうと思いながらも、部外者の夏野はただそれを見ていることしかできない。
すると、スタジオの扉が開き、眼鏡をかけたスーツの若い男性が入ってきた。
彼は夏野にペットボトルのお茶を差し出す。
「喉渇いたでしょ。はい、これ」
「あ、ありがとうございます」
礼を言う夏野に、男性がにこやかな笑顔で続けた。
「いやー、まさか達哉くんが友達を連れてくるなんて思わなかったよ。あの性格だから学校で孤立してるんじゃないかと心配してたんだよね」
「越智さん、彼は友達じゃなくて後輩。ていうか僕のことさりげなくバカにしてない?」
いつの間にかブースから出てきていた鬼崎が毒づくと、越智はそれを意に介さず「嫌だなぁ、冗談冗談」と明るく笑う。
そんな彼に鬼崎はため息を吐くが、その表情は学内で見せるものより少し明るく見えた。
学校からここまで夏野たちを車で送ってくれたこの越智という男は、鬼崎のマネージャーらしい。
夏野の目に鬼崎はいつものように高飛車に映るが、それでも越智との関係性は決して悪くないようだ。
彼の新しい一面を見たような思いでじっと見つめていると、鬼崎が急にこちらを振り返り「何?」と不機嫌そうな声を出す。
慌てて夏野が首を横に振ると、鬼崎は即座にこちらへの興味を失いマイクに向き直った。
「――春原くん、聞こえる?」
マイクを通じてブースにも声が走ったのか、ギターを提げた春原がこちらを振り向く。
彼はヘッドホンをしており、目の前の譜面台には楽譜が並べられていた。
鬼崎とどのような話があったのかはわからないが、いつも演奏していた学校のスタジオや公園とは違う――ここはプロの使うスタジオだ。
些か緊張しているのか、春原の表情は硬い。
そんな春原を見守ることしかできない自分を、夏野は歯痒く思った。
「これから曲を流すから一回聴いてみて」
そしてスタジオ内に曲が響き渡る。
キーボード音が何層か重ねられたその曲を夏野は初めて聴いたが、たとえ街中で流れていたとしても違和感はまるでない。
まともにKing & Queenの曲を聴いたことはないが、このクオリティーの作曲を自分と同世代の鬼崎がこなしていると思うと、彼に対して純粋に尊敬の念が芽生えてくるのだった。
曲が終わったところで、鬼崎が再度口を開く。
「そしたら、次は楽譜通りに弾いてみて」
再度音楽が鳴り始め、春原がギターを弾き始めた。
隣に座っていた越智が「へぇ」と声を洩らす。
先程の曲が春原の奏でるギターの音色で彩られ、まるで別の曲に生まれ変わった。
表情は緊張のせいか少し強張っているものの、演奏はまったくそれを感じさせないレベルで安定していた。
「……すごい」
思わず言葉が洩れる。
そんな夏野に、越智が「確かにすごいね」と相槌を打った。
――しかし、夏野は、越智の認識しているそれとは別の衝撃を受けていた。
一点目は、鬼崎の作曲能力だ。
先日の6月公演の発言や鬼崎のスタイルを踏まえると、彼の書く曲はあくまでポップスがメインでロックは専門外だろう。
それなのに、新旧問わずロックばかりを聴いてきた夏野が純粋に「格好良い」と感じる曲が今スタジオに流れている。
その陰にどれだけの楽曲センスと――そして、努力があるのか。
夏野は瞬間的にそれを感じ取っていた。
そして二点目は、春原の存在そのものだ。
ギターのテクニックだけを考えれば今流れている曲はそこまで難しくなく、春原なら十分に弾きこなせるだろう。
しかし、春原が緊張と戦いながら目の前で新しい曲に命を吹き込んでいる姿は、夏野の心の奥底にある何かを強く揺さぶった。
胸の疼きを抑えるように、夏野は小さく息を吐く。
目の前の二人が圧倒的に大きな存在に感じられて、夏野は知らず知らずの内に――
「――そんなにいい?」
隣の越智に話しかけられ、夏野は「え?」と顔を上げた。
彼は変わらぬ笑顔でこちらを見ている。
夏野は「あ……はい」と最低限の呟きを返し、そして鬼崎と春原の方に再度視線を戻した。
「はい、おつかれさま。春原くんさすがだね。どう?」
曲が終わり、鬼崎が春原に話しかける。
考えるような仕種で黙ること10秒、その後春原はおもむろに口を開いた。
「……すごく弾きやすかったです。確かにロックですけど、聴き慣れていない人にもキャッチーで受け入れられやすい曲だと思います」
「ありがとう。ちなみに、この曲カップリングなんだよね。シングル表題曲は別にあるから、少し冒険してロック色強めにしたいんだけど、そのためにはどうすればいいと思う?」
春原は黙ってギターを軽く爪弾き――そして、何かを決意したように顔を上げ、鬼崎を見つめる。
いつの間にか緊張の色は薄れ、その眼差しは鋭さを纏っていた。




