track7-5. サマーデイズ・ラプソディー -Summer Days Rhapsody-
時計が17時を回っても、夏の盛りだからかまだまだ外は明るい。
後片付けを終えてスタジオを出ると、Cloudy then Sunnyの面々が待っていた。
「亜季さん、良かったら一緒にごはん食べに行きませんか?」
「いいよ。なっちゃんたちも行く?」
いきなりの振りに夏野は持っていた鍵を取り落としそうになる。
相手は1年の女子五人、しかも名前がわかるのが香織と繭子だけとなると少しハードルが高い。
その時、春原が口を開いた。
「杉下ごめん、俺と夏野さんこのあと用事があるから」
そしてちらりと冬島の方を一瞥する。
成る程、アイスの礼のつもりなのか、不器用な春原なりにパスを出したつもりなのだろう。
冬島もそれに気付いたようで、にやりと笑った。
「そうかそうか、用事があるんじゃ仕方ねぇな。じゃあ、俺が――」
「なっちゃんたちダメみたい。じゃあ私だけで」
「わーい、どこ行きます?」
女子たちは楽しそうに話しながら立ち去っていき――あとには、男三人が残される。
「一応アシストはしましたよ」
春原の言葉に、冬島は「……俺、帰るわ」と肩を落として帰っていった。
そのまま二人で鍵を職員室に返し、廊下を歩く。
夏休みの学校はがらんとしていて、普段とは違う空気が流れているように感じられた。
「そういえば春原、前にオリジナルの曲聴かせてくれたじゃん。あれ全部で何曲くらいストックあるの?」
歩きながら何の気なしに夏野が話を振ると、春原が少し宙を見つめ――そして、夏野の方に顔を向ける。
「100曲くらいかな」
「――は?」
予想を超えた数に、夏野はそれ以上言葉が出てこない。
そのリアクションを見て、春原が少し恥ずかしそうな顔をした。
「でも、ちゃんと夏野さんに聴かせられるクオリティまで仕上げているのは20曲くらいです」
「いやいや、十分すごいじゃん。春原、中学の時もバンドやってたんだっけ?」
「やってないよ。ただ、とにかく時間だけはあったから、一人でギター弾きまくってたんだ。曲もその時から作ってた」
へぇ、と夏野は感嘆のため息を吐く。
春原が人一倍真面目とは知っていたつもりだが、一人でコツコツと磨き上げたその技量と情熱に夏野はただ感動していた。
「おまえって本当にストイックだよな。すごいよ、まるでプロみたい」
思わず呟く。
途端に隣を歩く春原の足が止まった。
「――春原?」
振り返ると、春原は何も答えず俯いている。
不思議に思った夏野は立ち止まる春原の元に戻った。
「どうした?」ともう一度声をかけると、春原が小さな声で呟く。
「――なりたいって言ったら、笑いますか?」
――何に?
そう訊こうとして、はたと思い当たる。
春原は『プロみたい』なんじゃない――『プロになりたい』んだ。
そう理解した瞬間、夏野は目の前で俯く少年をとても大きな存在に感じた。
思えば、自分の周囲には本気で音楽に向き合っている人たちがいる。
既にデビューを果たしている鬼崎は勿論のこと、冬島だってプロのドラマーをめざしているのだ。
春原のギターの技術は卓越しており、当然それを視野に入れていたっておかしくない。
そして、ふと気付く。
――俺は?
子どもの頃、ぼんやりと思い描いてはいた。
中学生の時にも、ステージに立ちながらこんな瞬間がずっと続けばいいと思っていた。
しかし、中3の文化祭以降音楽から離れて――そして春原に出逢い、音楽の世界にまた戻ってきて。
あれから数ヶ月、必死で目の前の公演の準備をしてきて――その先の未来にまで考えが及んでいなかった。
――俺は、どうしたい?
「――俺が、おまえの夢を笑うと思う?」
問いには答えずそう返すと、春原がふるふると首を横に振る。
「思わない、絶対。でも俺、あなたに言えていないことがある」
春原が顔を上げた。
そのまっすぐな眼差しが熱を帯びて夏野を射抜く。
穏やかながらも確かな熱に晒され、夏野は一人静かに息を呑んだ。
「夏野さん、俺は――」
「――ちょっと、遅くない?」
いきなり飛び込んできた第三者の声に、夏野と春原は身を硬くする。
慌てて声のした方を振り返ると、長い金髪がきらきらと光を含んで靡いていた。
何故その人物が夏休みの学校にいるのか――夏野は理解が追い付かないまま立ち尽くす。
「練習が終わる時間を見計らってわざわざ来てあげたのに。僕のことを待たせるなんてさすがいい根性してるね、君は」
――そう、そこには鬼崎達哉が立っていた。
「……すみません、鬼崎さん」
言葉を途中で遮られる形になったが、不機嫌な様子の鬼崎に素直に謝る春原。
その態度に満足したのか、鬼崎は澄ました顔で続けた。
「まぁいいや。そろそろ行くよ、時間もないし」
そして方向転換し、校舎の出口へと進んでいく。
「ちょ、ちょっと鬼崎さん。春原をどこに連れていく気ですか?」
夏野の声にぴたりと鬼崎の足が止まった。
そのまま顔だけ振り向き、冷たく言い放つ。
「何。君には関係のない話だけど」
隠そうともしない棘に辟易としながらも、言われてみればその通りだ。
春原が鬼崎とどこに行こうが、夏野に止める権利はない。
消化不良に終わってしまった春原との会話が気になりながらも、今日は帰るしかないかと逡巡していると――不意に春原が夏野の手を掴んだ。
「夏野さん、一緒に来て」
「――は?」
想定外の展開に、またもや言葉に詰まる。
「何だ、君も来るの? それなら早く来なよ」
鬼崎がため息交じりにそう言って、一人で先に歩き出した。




