track7-4. サマーデイズ・ラプソディー -Summer Days Rhapsody-
本格的な夏の陽射しが、肌をじりじりと灼いていく。
「――ほんと、暑ぃなぁ……」
冬島が肩にかけたタオルで顔の汗を拭いながらぼやいた。
無理もない、今は8月の頭。
スタジオ内は灼熱の暑さとは言えないまでも、ドラムは窓の近くに設置されており、かつ冬島はかなりの運動量をこなしている。
「もう少しエアコンの温度下げます?」
夏野の言葉に、冬島は手を左右に振ってみせた。
「あー、いいよいいよ。あんまり冷やすとおまえの喉に良くねぇだろ」
そんな冬島を、春原が意外そうな眼差しで見る。
「……たまにはいいこと言いますね」
「てめぇはあいかわらずろくなこと言わねぇなぁ」
春原をじとりと睨む冬島と、それを意に介さない様子の春原――最近の二人のやり取りはまるでじゃれ合いのようだ。
LAST BULLETSを結成してから3ヶ月弱が経とうとしている。
互いに多少気心が知れてきたことを、夏野は嬉しく思っていた。
「でも確かに暑いよね。隣のスタジオの皆も大丈夫かな」
亜季がうちわで扇ぎながら言う。
夏休みの平日は各バンド毎に練習スタジオが割当てられており、今日は夏野たちLAST BULLETSと、1年生の女子バンドCloudy then Sunnyのシフトとなっている。
時刻は15時前、そろそろ休憩を取っても良い頃合いだ。
「じゃ、休憩時間でいいか? ちょっと俺、出掛けてくるわ」
冬島が不意に窓を開け、そのままそこから外に出て行った。
ドアを使わない横着っぷりに、亜季が「さすが冬島さん」と苦笑する。
仕方がないので残った三人も思い思いに過ごしていると、スタジオのドアがトントンと鳴った。
冬島が帰ってきたのかと開けてみると、1年生の女子二人が立っている。
「亜季さん、こんにちは」
「あら、香織ちゃん、繭子ちゃん。どうしたの」
亜季からよく話を聞くので、夏野もこの二人の顔と名前は認識していた。
髪を頭の後ろで一つにまとめている香織は、Cloudy then Sunnyのボーカルを務めている。
クラス委員をしているそうで、校内ですれ違う時も元気な声で挨拶をしてくれる明るい後輩だ。
一方、キーボードを担当している繭子は、いつもマスクを着けて物静かにしている。
幼い頃からピアノを習っているらしくその腕は確かだが、どこかミステリアスな雰囲気を纏っていて、夏野はほぼ話をしたことがない。
「練習中にすみません。ちょっと、来週の合宿のスケジュールとか相談しようと思って」
「あ、ごめん。私たち合宿行かないのよ」
「えっ! そうなんですか……それは残念です」
香織が寂しげに肩を落としてみせる。
夏野はちらりと春原の様子を窺った。
春原はスタジオの椅子に座って楽譜に何やら書き込んでいるが、特に変わった様子はない。
「――夏野さんも来ないんですか?」
その意識を引き戻したのは、夏野が聴いたことのない凛とした声だった。
慌てて振り返ると、そこにはじっとこちらを見つめる繭子がいる。
マスクを通しているのだからくぐもっていても良さそうなものだが、その声は確かに澄んでいた。
よく見てみれば、黒い髪色とは対照的な色素の薄い瞳がきらきらと光を含んでいる。
その猫のような円らな瞳を見ている内に、6月公演の際、彼女と目が合ったことを思い出した。
自分の出番の前という緊張するタイミングであったにも拘らず、その静かな存在感がとても印象的だったのを覚えている。
一体、そのマスクの下にどんな表情を隠しているのだろう――夏野は少し興味を惹かれながら口を開いた。
「あぁ、ごめんね。帰ってきたらお土産話でも聞かせてよ」
そう笑顔で答えると、繭子は無言でこくりと頷く。
学年が違うとはいえ、同じ新人バンドが合宿にいないのはやはり寂しいものなのだろうか。
申し訳ない気持ちになりながらも、春原がファミレスで見せたほっとしたような表情を思い出すと、やはり合宿に行こうとは思えない。
――その時、窓が開き冬島の声が室内に響いた。
「ほれ、アイスの差し入れだ。ありがたく受け取れ」
窓の外からコンビニの袋を掲げてみせた冬島は勝ち誇ったような表情をしている。
「えっ、最高!」と亜季が冬島から袋を受け取る陰で、香織と繭子がそそくさとスタジオを出ようとした。
「あっ、1年待て」と冬島が声をかけると、二人がびくりと反応する。
「ちゃんとおまえらの分もあるから、他のやつらの分と併せて持っていきな」
結果的に1年生二人に亜季と春原を加えた四人で、アイスの選別が始まった。
皆この暑さにやられていたらしく明るい表情だ。
「さすが冬島さん、ありがとうございます」
「まぁ、モテるためにはこのくらい可愛いもんよ」
礼を言った夏野に、冬島が自慢げに耳打ちをしてくる。
……そういえば冬島はモテるためにドラムをやっていると言っていた。
彼と知り合った当初の会話を懐かしく思っていると、春原がチョコレートのアイスを持ってくる。
「夏野さん、これで大丈夫ですか?」
「俺は残ったやつでいいよ。春原が先に好きなの選んで」
春原は手元のアイスを夏野に手渡したあと、今度は自分用に安くて有名なソーダ味の氷菓子を持って帰ってきた。
「春原、本当に好きなの選んだ? 俺に気ぃ遣わなくていいよ」
夏野の台詞に対して春原は首を横に振り「これが好きなんです」と答える。
そしてぼそりと呟かれた「ありがとうございます」という言葉に、冬島は満足気に頷いた。




