表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/75

track7-3. サマーデイズ・ラプソディー -Summer Days Rhapsody-

「あ……練習中邪魔してごめん。でもそろそろ時間も時間だから」


 夏野がそう言うと、御堂(みどう)は長く伸びた前髪の隙間からじっと夏野を見つめ返す。

 その眼差(まなざ)しには静かな怒りの色が見受けられ、夏野は思わず口を(つぐ)んだ。

 (しば)しの沈黙の(のち)、御堂はようやく「――練習し足りないんすよ」とぼそりと(つぶや)く。


「ギタリストが抜けたんで、俺がその分弾かないといけないし」


『そういえば、知ってる? 鈍色(にびいろ)idiots、ギターの子辞めちゃったんだって』


 6月公演の打上げの場で亜季が話していたことを夏野は思い出した。

 ()(ほど)、辞めたギタリストの分を御堂がカバーしなければならないということか。

 彼の全身を包む刺々(とげとげ)しい空気感は、まるで自身を取り巻く状況すべてに対する(いきどお)りのようにも思えた。


「……そっか」


 かける言葉が見付からない夏野に対し、御堂が苛立(いらだ)ったように口を開く。


「わかったなら、さっさと出て行ってください」


 敵意を隠そうともせず、彼は早口で続けた。


「まぁ、恵まれてるあんたには何もわからないだろうけど。才能もあって仲間もいて、鬼崎(きさき)さんから名前だって覚えられてて、俺には――」


 そして、ぽつりと呟く。


「――俺には、何もないんだよ」


 御堂の眼差しは厳しいままだったが、その一方で彼の姿はどこか(もろ)く、あと少しバランスが崩れてしまえば一気に瓦解(がかい)してしまいそうだった。


 ――あぁ、そうだ。


 夏野はその姿に見覚えがある。

 それはまるで、すべてを(うしな)い、逃げることしかできなかった――かつての自分のようだった。


「――俺にも、なかったよ」


 思わず言葉が()れる。

 御堂が「何を……!」と言いかけ、そして夏野の様子を見て言葉を飲み込んだ。

 今自分はどんな表情(かお)をしているだろう――それすらわからず、夏野は続ける。


「何もかも上手くいっていると思ってた。でも、実際そう思ってたのは俺だけで、あの日あっという間にすべてが崩れ去って――俺はただ逃げることしかできなかった」


 御堂からすれば、夏野が何のことを言っているのかわけがわからないだろう。

 それでも、目の前の彼は黙ったまま夏野の言葉を聞いていた。


「今になって思い返してみれば、俺にもできることがあったんじゃないかって、そんなことばかり思うよ。結果は変わらなかったかも知れないけど、それでも何もできなかったから――だからきっと、今でもあの頃のことを思い出す度に胸が(うず)くんだ」


『――ヘタクソ』


 夏野の脳裡(のうり)に、こちらを冷たく見据える(たすく)の顔が(よぎ)る。

 こんな表情が最初に思い出されてしまう程に、二人の距離は遠く離れてしまった。

 最後のシーンがそうであっただけで――それまでにはかけがえのない思い出がたくさんあったはずなのに。


「でも、御堂くんはそんな俺とは違う。自分では気付いてないかも知れないけど、御堂くんはすごいよ。少なくとも俺にはギターの弾き語りなんてできないし、鈍色idiotsには他のメンバーだっているじゃない。鬼崎さんはああいう人だから気にしなくていいと思うし――」


 そこまで言いかけ、夏野は慌てて口を閉じた。

 何を偉そうな――きっと、そう思わせてしまっただろう。

 反省しつつ御堂の反撃に備えて心の準備をしていると――意外にも、彼は無言のままこちらを見つめ返している。


 そして暫く経ったあと、御堂は言った。

 「――今日は帰る」と。



 スタジオを出て携帯を見ると、春原(はるはら)から何件も着信が残っている。

 まずい――そう思って慌てて折り返すと、どうやら方々(ほうぼう)を探し回っていたらしい。

 スタジオにいることを告げた数分後、春原は飛ぶように戻ってきた。


御堂(みどう)といたの? 夏野さん、何もされてない?」

「なんだそれ。大丈夫だよ」


 心配そうな春原の表情がおかしくて、夏野はつい笑ってしまう。

 言ってはあれだが、まるで犬のようだ。かぶりもののセレクトはそこそこ合っていたんだろう。

 ――それなら俺は、ニワトリか。

 まぁチキンと言われてしまえばその通り、否定もできない。


 お詫びに夕食を奢ると言うと、春原が遠慮がちにチェーンの定食屋を挙げたので駅前の店に入る。

 一昨日の打上げの時も思ったが、春原は食べ盛りの男子高校生にしては食の好みが渋い。

 春原は焼き魚定食……俺は腹も減ったしがっつりいくか――そう思案して夏野は焼肉定食を選ぶ。


「文化祭公演なんだけど、オリジナル曲とかどうかなと思って」


 一通り食べ終えたところで、春原が話を切り出した。

 春原は夏野と二人で話す時、たまに敬語を使わないことがある。

 意図的かどうかはわからないが、夏野にとって特段気になるものでもないので注意したことはない。


「オリジナル? いいけど、俺作曲したことないや」

「曲はもう作ってあります」

「えっ、おまえ作曲もできるの?」


 驚いて夏野が問い返すと、春原は「……多少」と、少し恥ずかしそうに(うなず)く。

 へぇ、と夏野は感嘆の声を上げた。


「すごいじゃん。いいよ、やろうやろう」


 夏野の答えを受けて、春原が鞄からMDを取り出す。

 話をよく聞いてみると既に5曲完成しており、その中から夏野が選んだものを1曲やりたいとのことだった。

 あまりの準備の良さに、夏野は舌を巻く。


「夏野さんの音域に合わせて作ったから、多分どれもいけると思うんだけど」


 春原が曲のコンセプトを話し出した。

 聞いている内に、先程の御堂との会話の中でふと思い出された(たすく)の顔が薄れていく。


 ――そうだ。

 すべてを()くしたと思っていた。

 そんな自分をまたこの世界に引き戻してくれたのは、亜季であり、冬島であり、そして――春原だ。


「――どうかした?」


 黙り込んだ夏野の様子に気付き、春原が声をかけてくる。


「いや……俺って確かに恵まれてるよなぁと思って」


 夏野が素直にそう答えると、春原は「何ですか、いきなり」と、少し嬉しそうに笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
御堂くん‥‥大丈夫かな?
心の中ではわかっていても、口に出すことで改めて納得がいったり割り切れたりすること、ありますよね。 夏野くんにとって、ここでの御堂くんとの会話がそうであったのかな、と。春原くんとの穏やかな様子に、なんだ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ