track7-1. サマーデイズ・ラプソディー -Summer Days Rhapsody-
「――まぁ、初ステージにしちゃあ上出来だったんじゃねぇの」
切り分けたハンバーグを口に放り込みながら、奥の席に座る冬島が言った。
「そうですね。2曲目余計にシンバル鳴ってた気がしましたけど」
春原が目の前のサラダに視線を落としたままそう呟くと、冬島が「あ?」と斜め前に座る春原を睨む。
「何だてめぇ、文句あんのか」
「俺は事実を言っただけですが」
「まぁまぁ二人とも、ライブ盛り上がったんだからいいじゃない――ねぇ、なっちゃん」
笑顔でこちらを見る亜季に、夏野はドリンクバーで並々注いだコーラを一口飲んだあと「そうだな」と微笑み返した。
track7. サマーデイズ・ラプソディー-Summer Days Rhapsody-
6月公演が終わり、早2週間――夏野の発案によりLAST BULLETSのメンバーはファミレスに集まっていた。
名目は『6月公演の打上げ 兼 文化祭公演の曲決め』だ。
夏の明るい空気感のお蔭か、店内にいる他の客たちも皆楽しそうに見えた。
「そういえば、知ってる? 鈍色idiots、ギターの子辞めちゃったんだって」
亜季が切り出す。
いつの間にかLAST BULLETSで最も軽音楽部に溶け込んでいるのは亜季だ。
1年生の女子バンドCloudy then Sunnyのメンバーとは特に仲が良く、色々と夏野たちに部内の情報を教えてくれる。
「へぇ、そうですか」と、興味なさそうに春原が言う。
「何だ、そのバンド」と、心底思い当たらないといった様子で冬島が首を傾げた。
意外に二人は気が合うんじゃないか――そう思いながら夏野が補足する。
「冬島さん、6月公演で最初に演奏した1年生のバンドですよ。男子四人の」
「あー、あの御堂とかいうクソ生意気な奴のところか。あいつ超ワンマンっぽいから周りが耐えられなかったんだろ、きっと」
そんな冬島のコメントを「あなたが言いますか」とでも言いたげな表情で聞く春原を見て、夏野は小さく吹き出した。
夏野と春原が出逢ってから、もうすぐ3ヶ月が経つ。
当初は感情の色が見えにくい時もあったが、今は随分と春原のことがわかるようになってきた。
月・水・金の週3回、春原は必ず夏野の元を訪れる。
元々冬島のシフトだった水曜日に加えて6月公演後は金曜日もスタジオを使えるようになったが、部活のない月曜日も決まって春原は夏野の教室まで迎えに来た。
そして、CDショップや楽器店に行ったり、カラオケで練習したり、公園で音楽談義をしたりして夜まで過ごす。
6月公演までは人前で歌う感覚を取り戻すため、春原の提案でストリートミュージシャンの真似事――二人の間で『修行』と呼ぶ活動に明け暮れていた。
その甲斐あってか6月公演はなんとか乗り切り、夏野は喪っていた自信を幾らか取り戻せたように思う。
春原に出逢ってからすべてが良い方向に回り出している――それだけは夏野の中で確実に言えることだった。
「それより、次の文化祭公演どうすんだ?」
大盛りのライスを平らげた冬島が口を開く。
先日部長の三条から説明があったところによると、今年度残る公演は3回――9月末の文化祭公演、年末の冬公演、そして翌年3月末に行われる春公演だ。
中でも学内向けの冬公演・春公演と異なり、学外からも観客が訪れる文化祭公演は軽音楽部のメインイベントと言っても良い。
「この前の6月公演と違って文化祭の枠は1時間ある。曲の長さにもよるが――まぁ10曲くらいか? 何の曲やるか決めねぇとな」
「10曲かぁ……私ついていけるかな」
「大丈夫だよ、亜季6月公演ばっちりだったし。前回は2曲ともテクニカル過ぎたから、今回はもうちょっとバランス考えて選曲しようかな」
不安そうな亜季に夏野が明るく言うと、今度は冬島が真顔になった。
「夏野、LAST BULLETSはおまえらのバンドだ、別に俺は文句ねぇ――ただ、おまえ鬼崎の奴が言ったこと気にしてねぇだろうな」
『技術が高いのは認めるけど、全員がガチンコ演奏で力の抜きどころがない。ハードロックが好きなオーディエンスにはハマるかも知れないけど、一般人にはおなかいっぱいだ』
あの日、夏野は鬼崎から言われた言葉をメンバーに共有していた。
「偉そうなこと抜かしやがって」と冬島は不機嫌になったが、夏野は確かに鬼崎の指摘は的を射ていると感じていた。
「気にしているつもりはないですけど――ま、確かにちょっと力入り過ぎてたのは事実なんで。折角幅広いお客さんに聴いてもらえるなら、皆に楽しんでもらえるようなセットリストにしたいと思います。なぁ、春原」
スープを飲んでいた春原がスプーンを置いて頷く。
「はい。ただ、ロック中心の曲選びは変えずにいきたいです。俺と夏野さんがやるなら、そこは外せないと思うんで」
淡々と答える春原の言葉に、夏野は人知れず胸を撫で下ろした。
夏野も同意見だったからだ。
「だよな――いずれにせよおまえは好きなだけ弾いていいよ。春原先生の超絶クールなギターソロ、期待してますんで」
からかうような口調の夏野に対し、春原は少し照れたような顔で「はい」と答える。
そんな様子を見て「仲いいねー」と亜季が微笑み、「こいつ俺には歯向かう癖に」と冬島が苦々しげな顔をした。
そして不意に「あ」と亜季の口から声が洩れる。
「そういえば香織ちゃんたちから聞いたんだけど、夏休みに合宿があるんだって。私たちも行く?」
「合宿?」
――その瞬間、目の前の春原の動きがぴたりと止まった。




