track6-4. そして彼は『女王』になった -Thus He Became the "Queen"-
あれから、あっという間の2年半だった。
最終選考の課題曲はそのまま両A面のデビューシングルとなり、新人アーティストにしては十分過ぎるくらい売れた。
その3ヶ月後にはCMタイアップの付いた2枚目のシングルを発売し、満を持して年内にファーストアルバムもリリースした。
あえてジャンルを決めずバラエティに富んだ曲を収録したそのアルバムは若い世代を中心にスマッシュヒットし、じわじわと『King & Queen』の名は世間に浸透していった。
その後更に2枚のシングルと1枚のアルバムをリリースし、いずれも初登場チャート1位を獲得している。
TV出演は極力控え、単独ライブも自分たちの持ち曲が十分にできるまでやらない方針で事務所と握っており、少なくとも高校在学中は楽曲制作にじっくり取組むことができる。
今の環境は達哉にとって想定通り――いや、想定よりも上手くいっていた。
レコーディングは休憩に入り、ドリンクを手に持った小鈴がブースから出てきた。
達哉は軽く手を挙げて挨拶する。
「あれ、来てたんだ」
そのまま二人は部屋を出て廊下を歩いた。
「今回の曲はどう?」
「どうもこうも達哉ってドS? あの高音パート初めて聴いた時、冗談かと思った」
小鈴が大袈裟にげんなりとした顔を作ってみせる。
「ドSじゃないよ、あの2ヶ所だけでしょ。本当は2番とラスサビにも入れようと思ったけどやめてあげたんだから、感謝してもらいたいくらい」
「……それはお優しいことで」
小鈴は歩く速度を速め、廊下の端にある楽屋へと入っていった。
続いて入室した達哉がドアを後ろ手に閉めると、既に奥の椅子に腰かけた小鈴が「どうぞ」と手前の席を勧める。
手元のドリンクを飲みながら達哉の座る様を眺める小鈴に対し、達哉もまた小鈴の口からストローが離れるタイミングを見計らい、口を開いた。
「先週の土曜日は来てくれてありがとう」
「どういたしまして。まさか歌うことになるとは思わなかったけど」
そう言いながらも、小鈴は満更でもない顔をしている。
それはそうだろう、達哉だって全く想定していなかった。
――あの時、LAST BULLETSの演奏を聴くまでは。
しかし、達哉が小鈴に確認したかったのは別のことだった。
「――で、どう? 春原くんのギターは。まずは次のカップリング曲で実験的に入れてみたいんだけど」
そう、あの日達哉は春原のギターを聴かせるため、小鈴をわざわざ高校まで呼び付けたのだ。
小鈴は達哉の提案を最初は怪訝そうに聞いていたが、何か思うところがあったのか変装までして6月公演に訪れた。
すると「実はさ」と小鈴が切り出す。
「達哉には言ってなかったけど、私あのギターとボーカル前に観たことあるんだよね。その時は顔を隠してストリートやってたからわからなかったけど、確実にあの二人だった」
それは初耳だ。
軽音楽部に勧誘しに行った時のリアクションから、夏野はあまり音楽活動に積極的ではないと達哉は踏んでいた。
春原から「公園で夏野とセッションをした」という情報を聞いた時も半信半疑だったが、まさかまだストリートミュージシャンの真似事を続けていたとは――内心驚きを感じながらも表情を変えないでいると、小鈴も淡々と続ける。
「ギターの子は確かにすごいね。あの歳であれだけ弾ける人初めて見た。達哉がやりやすいならいいんじゃない」
達哉は自分に対してもそうだが、他人に対しても厳しい人間だと自覚している。
これまでも自身の部活だけでなく時には別の学校に足を伸ばし様々なプレイヤーを見てきたが、諸手を挙げて合格だと思った者はいなかった。
しかし、今年仮入部で訪れた春原がギターを弾いた瞬間、達哉は確信した――このギターは『使える』と。
「なら良かったよ。ロック要素を入れるならギターソロはマストだと思うんだよね。僕も弾けるけど専業じゃないからあそこまでは難しいし、最初は打ち込みじゃなく生楽器を入れたいから」
ふーん、と小鈴がドリンクをテーブルに置いた。
「でもさ、プロデューサー文句言ってこない? 前にレコーディングで弾いてもらったプロの人と仲良いんでしょ。そっちの人使いたがる気がする」
「会社通して説明してもらうようにするよ。プロの人だとその人がいる時間内でまとめなきゃならない。残念ながら僕まだロックに慣れてないし、できるだけ曲のクオリティを上げるためにも時間かけたいんだよね。身近にいてくれれば作曲中に弾いてもらえるから色々試せそうだし」
「へー、随分評価してるんだね」
そう言ってから、あ、と小鈴が思い出したように声を洩らす。
「あの子は呼ばないの? ボーカルの子――夏野くん、だっけ?」
思いがけない言葉だった。
小鈴は不敵な笑みを浮かべて、こちらを見つめている。
達哉は努めて冷静に聞こえるよう意識してから口を開いた。
「――呼ぶ理由がないでしょ。King & Queenには君がいる」
「まぁね。でも単純に逢いたいんだけどなー……あ、時間だ。そろそろ戻らなきゃ」
そのまま小鈴は楽屋を出て行き、達哉は一人残される。
静けさを取り戻した部屋で、達哉は6月公演の最中に夏野と向き合ったひと時を思い出していた。
「――まぁ、まだまだだね」
聴衆の前でマイクを外し、肉声で伝えた言葉は彼にしか届かなかったろう。
それを聞いても夏野は特段表情を変えなかった。
可愛くないやつだ――そう思いながら、達哉は続ける。
「技術が高いのは認めるけど、全員がガチンコ演奏で力の抜きどころがない。ハードロックが好きなオーディエンスにはハマるかも知れないけど、一般人にはおなかいっぱいだ。但し――」
そこで言葉を止めた。
夏野が怪訝そうに目を細める。
「――以前、君に言ったね。『君自体に興味を持っていないけれど、君にはうちの部活に入ってもらわないと困る』と」
そう、夏野はあくまで春原を手に入れるための駒だった。
しかし――LAST BULLETSの演奏を聞いた今は違う。
達哉は夏野の瞳を睨むように捉えながら、口元を笑みの形に歪めてみせた。
「あの言葉、訂正するよ――『君にも興味が出てきた』と」




