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【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


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track6-3. そして彼は『女王』になった -Thus He Became the "Queen"-

 案内された部屋に入ると、奥の方で候補者たちがスタッフから説明を受けていた。

 達哉は越智(おち)(かたわ)らで彼女たちを眺める。

 候補者たちは皆アイドルやモデルだと越智から聞いていた。

 ただ、なかなか本業が鳴かず飛ばずらしく、その中でも一定の歌唱力があるメンバーを連れてきたということだった。


 車内で見たプロフィール写真と比べると、実物の方が全体的に幼く見える。

 候補者たちは皆達哉より歳上だが最年長でも22歳――世間一般では大学生の年齢だ。

 メイクと最新技術で加工された写真はいずれも大人びていたが、本物は動くとその端々にあどけなさが見え隠れする。


 ――しかし彼女たちの中に一人、達哉の目を惹く存在がいた。


 達哉は手元のプロフィールを読み返す。

 彼女は候補者の中では最年少の20歳だ。

 ファッション雑誌のモデルをしている日中ハーフの女性で、顔の作り自体は童顔だが実物は(つや)のある雰囲気を(かも)し出しており、歳上の候補者たちよりも人生経験を重ねているように見えた。

 ここに(つど)っているメンバーのビジュアルは皆文句のないレベルだが、その中でも彼女は達哉のイメージするコンセプトにぴったりとはまっている。


 そして、その後の歌唱チェックで、その期待は確信に変わった。

 候補者たちは達哉の作った2曲をそれぞれ歌った。

 1曲目は低音から高音まで満遍(まんべん)なく要求されるアップテンポなナンバー、2曲目は逆にあまり音の動きのないしっとりとしたバラードだ。

 歌唱力のあるメンバーを集めたというだけあり、皆それなりには歌える。


 中でも『彼女』の歌は達哉にとってまさにイメージ通りのものだった。

 他のメンバーはビブラートを長く効かせたり、合間(あいま)合間(あいま)で原曲にないアレンジを入れたり、感情のままに歌い上げようと大袈裟(おおげさ)な抑揚を付けたりと、必死に自分の『色』を出そうとしていた。

 しかし、『彼女』には一切それがなく――ただただ、正確に制作者である達哉の求める音を再現していた。


 勿論(もちろん)それだけではない。

 『彼女』の声色(こわいろ)()(とお)っていながら芯の強さも(あわ)せ持ち、特に飾り立てずともそれだけで勝負できる地力(じりき)を持っていた。

 それも確かに一つの優秀な武器だ。

 しかし、達哉はその武器を評価しつつも、或る意味で自己を殺し、徹底して楽曲の舞台装置であろうとするそのスタンスに強く惹かれた。


 あぁ――『彼女』とだったら、この世界で戦える。



 コントロールルームに楽曲のイントロが流れ始め、達哉は現実に引き戻される。

 視線の先では小鈴(シャオリン)が歌い出しに備えてテンポを取っていた。

 8小節後に達哉が事前に収録していたコーラスが始まる。

 それに続いて小鈴が高音を響かせた。

 機械のように正確なキーで音が伸びる――タイミングも達哉の構想通りだ。


 その後Aメロに入り、特徴的な音配置が続く。

 今回のコンセプトは『とにかく聴衆の耳に刺さる曲』だ。

 いきなり高音を唐突に差し込むなど、自分でもやり過ぎたかなと思うようなメロディーを小鈴は難なく歌いこなしていく。

 その後Aメロに比べればおとなしくも決して平坦ではないBメロとサビを過ぎ、2番に入ると転調して更にキーが高くなったが、小鈴は抜群の安定感で歌い続けそのまま曲はエンディングまで辿り着いた。


「OK! さすが小鈴ちゃんいいねぇ」


 プロデューサーのマイク越しの声を聞いて、小鈴がほっとした表情になった。

 周囲のスタッフの拍手に合わせて達哉も小さく拍手をする。

 やはり小鈴は自分のパートナーとして適任だ。

 決して簡単とは言えない歌を期日までにきっちり仕上げてくる――天性の才能も勿論(もちろん)ゼロではないが、その努力に裏打ちされた再現性の高さはKing & Queenを構成する重要な要素の一つだ。

 最終選考の際に小鈴の歌を聴いておいて良かった――達哉は心底そう思った。



 あの日、最終候補として残った五人の内、会社側が選んだのは小鈴ではなかった。

 愛くるしいビジュアルにそれなりの歌唱力を持つアイドルを、会社側は達哉のパートナーとして選ぼうとしたのだ。


 しかし、達哉は彼女の歌では自分の楽曲を活かすことはできないと拒否し、代わりに小鈴を推薦した。

 そのアイドルの歌はそこそこ上手い部類に入るだろうが、達哉にとって彼女の歌い方は押し付けがましい以外の何物でもなく、とても一緒に組んでやっていけるとは思えなかった。

 色々と他の事情もあるのだろう、周囲の大人たちは必死で達哉を説得しようとしたが、最終的にはたまたまその日別部屋にいたレコード会社の社長の一存で、達哉の意見が採用された。


「やるのは鬼崎(きさき)くんだからな、彼が納得いく相手の方がいいだろう。落とす彼女の事務所には俺から一言言っておくよ」


 そう言って社長はちらりと達哉を見る。

 その目は笑っていたが、奥には圧倒的な威圧感が()った。

 あえてそれに気付かぬ振りをして、達哉は顔に笑みを貼り付け「ありがとうございます」と頭を下げる。


 ――これで、結果を出せなければ終わりだ。

 いや、僕の楽曲と彼女の歌は、絶対に世間に受け入れられる。

 何も心配する必要はない――そう、何も。


 ユニットを組むことが決まったあと、達哉は小鈴と事務所で初めて会話をした。

 「何か飲み物持ってくるね」という越智に対して小鈴が人気カフェの期間限定ドリンクをリクエストしたため、彼が外出している間二人だけで話す機会ができた。

 「わざと?」と問うと、小鈴はそれに答えず眉毛を少し上げてみせる。


「聞いたよ、ありがとう。君が私のことを選んでくれたんだね。一回ちゃんとお礼が言いたかったんだ」

「――別に。僕だけの意見で決まったわけじゃないし」

「まぁそうだろうね。君、まだ中学生だし」

「4月から高校生だけど」


 むっとしてそう言い返すと、小鈴は愉快そうに笑った。


「君の曲、すごく綺麗だね。歌うのは難しいけど、私気に入っちゃった。きっと売れると思うよ」

「そうでなきゃ困る。社長に借りも作っちゃったし、売れなきゃ僕たちは終わりだ」

「ふーん、そう」

「だから(ワン)さんにも本気でやってもらいたい」

小鈴(シャオリン)でいいよ。こっちも生活かかってるんだから、本気でやるなんて当たり前じゃん。それに、売れたい理由だってあるし」

「売れたい理由?」


 小鈴はテーブルに置かれたペットボトルのお茶を一口飲み、達哉を見据える。

 その表情は笑顔のままだったが、丸く大きな瞳には真剣な色が宿っていた。


「――私、とにかく有名になりたいの。それで逢いたいひとがいるんだ」

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