track6-1. そして彼は『女王』になった -Thus He Became the "Queen"-
その男は他者の理解を求めず
ただ、自らの理想だけを追い求めた
track6. そして彼は『女王』になった-Thus He Became the "Queen"-
もしも音楽が天才だけを愛したなら、僕は音楽を憎んでいたに違いない。
音楽は平等だ。
一部の才能ある者や音楽以外のすべてを捨て去る者のためだけに存在するものであってはならない。
ただ、多くの人々の心に残る楽曲を生み出すこと――それこそが僕に課せられた使命だ。
生まれてからずっと、僕はそう信じてきた。
***
「――さて、一体どういうことなのか説明してもらいましょうか」
三条が仁王立ちでこちらを見下ろし、口を開いた。
口角は辛うじて上がっているが、その眼差しに宿るのは明らかな怒りだ。
年代物の粗末なパイプ椅子に座らされたまま、鬼崎達哉はただ彼女を見上げる。
演奏を終えた達哉がKing & Queenのボーカル王小鈴と会場を出ようとしたところ、追いかけてきた三条に捕まりあっという間に隣の控室に閉じ込められた。
当の小鈴はというと顧問の坂本が学外まで送っていったらしい。
先程携帯電話にその旨の報告と「今日は楽しかったね、またスタジオで」というのんきなメッセージが入ってきていた。
「説明って……さっき君が見たまんまの状況だけど。何を説明すれば?」
達哉が問い返すと、三条はため息を吐く。
「――まず、何で王さんを呼んだの。部外者でしょ?」
「坂本先生には事前に話を通してる。正式手続きを踏んで呼ぶ分には問題ないということだったけど」
「私は聞いてなかったよ」
「逆に訊くけど、君に言う必要あった?」
達哉の悪びれない言葉に、三条が先程より深いため息を吐いた。
「……もういい、わかった。これ以上君と会話してると、こっちがバカみたいに思えてくる」
目の前で苦虫を噛み潰したような表情をする三条を、達哉は心の底から不思議に思った。
6月公演のラスト、1年生のギタリスト春原が組んだロックバンドLAST BULLETSの演奏を受け、達哉はKing & Queenのパフォーマンスを即興で行った。
そもそもメディア露出が限られており、ましてや学内では一度も演奏をしたことがないKing & Queenの生パフォーマンスに聴衆の学生たちは熱狂した。
――それの何が悪いのか。
「何が問題? 皆喜んでたしいいでしょ。君だって前から『生で小鈴の歌を聴きたい』って言ってたじゃない」
「確かに言ったよ、King & Queenが文化祭にでも出たらすごい話題になるからね。王小鈴のボーカルにも圧倒されたし、鬼崎の演奏もだけどあまりに正確で――まるでCDを聴いてるみたいだった」
だけど、と三条は続ける。
「今日行われた6月公演の趣旨は『新人のお披露目会』だよ。歴代ずっとそうやってきた。それなのに、今年の6月公演はKing & Queenのサプライズライブになっちゃったわけ。ここまで言えば、私が言いたいことわかる?」
三条の言葉を聞き流しながら、達哉は先程のLAST BULLETSの演奏を思い返していた。
ギターの春原は仮入部の時からずば抜けていた。
だからこそ早々に達哉から声をかけたわけで、今日のパフォーマンスを見る限り達哉の目に狂いはなかった。
1曲目も2曲目も高い技術が求められるロックチューンだったが、驚く程正確に弾きこなしていた。
そのギター捌きは常人の域を超えている。
ドラムの冬島は何かと達哉に突っかかってくる面倒な同級生だ。
実力は確かにあると思うが、自分の技術をこれでもかと見せ付けてくるようなドラミングは単純に達哉の好みではない。
もっと思い切って演奏にメリハリを付けた方がその器用さが伝わると思うのだが、自分のアドバイスは頑として聞き入れないだろう。
そもそも達哉もアドバイスなどしてやるつもりもないが。
一方、シンセベースの女子は初めて見る顔だった。
かなりテクニカルな選曲ゆえに普通にやれば相当の技量が求められるところを、シンセベースで代替するのは良いアイデアだと純粋に思った。
恐らく原曲よりかなり音数を減らしただろうがそこまでの違和感はなく、何より彼女には華がある。
ハードロックバンドの紅一点として、ステージのアクセントにもなっていた。
そして――
「――ちょっと。鬼崎、聞いてる?」
三条の言葉で現実に引き戻される。
達哉は「聞いてるよ」と反射的に答えた。
「だから今日は新人たちが主役だったのに、最後King & Queenが全部持って行っちゃったってわけ。大体君はいっつもさぁ――」
そのままくどくどと続きそうな説教を聞き流し、達哉は再度記憶の海に潜る。
その瞼の裏には、LAST BULLETSのボーカル夏野の顔が浮かんでいた。
「――別に、主役を奪った気なんてさらさらないけど」
小さな達哉の呟きはそのまま三条の言葉にかき消され、誰の耳に届くこともなく空気中に溶け込んでいった。




