track5-5. 王が来たりて -The King's Coming-
「――はい、それでは皆さまお待ちかね、最後のバンドです!」
三条の声が響き、小鈴の意識が現実に引き戻される。
次のバンドが最後か――前方を見下ろすと四人のメンバーがスタンバイを終えていた。
キーボードの黒髪ストレートの女子以外は皆男子だが、随分堂々とした佇まいだ。
ボーカルの男子は少し小柄で、中性的な顔立ちをしていた。
――そして、彼は無言で深く一礼する。
会場が一斉に静まり返った。
ボーカリストが顔を上げ、マイクが彼の呼吸の音を拾う。
その瞬間、小鈴の中でぴりっと、感覚が爆ぜる音がした。
――まさか
小鈴の予感は、彼の歌声が発せられた瞬間確信に変わる。
アカペラで歌い上げる彼の声は――小鈴の記憶に刻み込まれた『あの歌声』と一致した。
その歌い終わりに畳み掛けるようにギター、ドラム、キーボードが鳴り響く。
しかし、決してその歌声はそれらに塗り潰されることはなかった。
各楽器の音量は絞られていないのに、声量がまったく劣っていない。
演奏曲は聴き覚えがないものだった。
歌詞が英語なので洋楽だと思われるが、歌も演奏も重厚で、聴いていて興味が削がれることがない。
少なくとも演奏レベルはこれまでのバンドと比べものにならず、すべてが圧倒的だった。
ギターもドラムも、恐らくキーボードで奏でられているベース音でさえも、一切の揺るぎがない。
そのまま1曲目が終わり、間髪入れず2曲目になだれ込む。
今度は小鈴にも聴き覚えのあるメロディーで、数年前に日本のハードロックバンドがリリースした曲だった。
歌も演奏も急ピッチで音程が高く、高校生にはかなり技術的に厳しい曲だと思うが彼らはものともしない。
元『ニワトリ』の彼がハイトーンのサビを響かせると、室内の空気がビリビリと揺れた。
その陰でがたいの良いドラマーが無数の音数を叩き出し、一方キーボードの女子は危なげなく淡々と演奏している。
間奏になれば元『犬』と思しき明るい茶髪のギタリストがフロントに出てきて、猛スピードでギターを弾き倒した。
小鈴の前方に座っていた男子高校生たちが顔を見合わせる。
アコースティックギターの時も薄々感じていたが、エレキギターを聴くとその技術力の高さがよくわかった。
最後のサビも全力で四人は突っ走り、ラストはボーカルの高音のシャウトと三人の演奏が絡み合って終わった。
四人が立ち上がり深く礼をするまで、ステージ以外の時は止まっていた。
そして彼らの顔が上がった瞬間、室内は割れんばかりの拍手に包まれる。
小鈴も教室の端で手を叩きながら、マスクの下で一人笑みを浮かべた。
あぁ――やっと、見付けた。
「いやー、すごいすごい!! すごすぎて最早ひいちゃう!!」
三条がハイテンションでまくし立てる。
「えっと、バンド名は――」
ここで、ボーカルの彼が「あっ」と口を開けた。
演奏中のどこか鬼気迫るような印象から、一気に人間味のある表情に変わる。
「すみません、言い忘れてました。『LAST BULLETS』です」
「そっ、おつかれさま! いやー冬島は置いといて、春原くんのギターは本当にすごいね! 初めて聴いた時も度肝を抜かれたけど、もうプロ級だよ。それからシンベの高梨さんも初心者ながらよくこの超絶テク集団についていったね、頑張った! そして何といってもボーカルの……」
「――夏野くん」
三条の言葉を遮り、鬼崎のマイク音声がキィンと室内に響いた。
教室中の視線が鬼崎に集まる。
勿論、小鈴も鬼崎を見た。
彼は悠然とセンターの通路を前方まで降りていく。
そして、鬼崎はボーカル――夏野の前で足を止めた。
ぼそぼそと何かを話しているが、マイクを通さないその言葉は客席まで届かない。
しかし次の瞬間、夏野の表情が一瞬虚を突かれたように揺らぎ、そして――不敵な笑みへと変貌を遂げた。
夏野の合図で他のメンバー含めLAST BULLETSが客席に戻る中、鬼崎は一人キーボードに向かっていく。
――あぁ、そういうこと。
ざわめく会場の中で、一人小鈴は彼の真意を理解していた。
気が合うね――まさに私も『そんな気分』。
「本日お越し頂いた皆さん、ありがとうございました」
鬼崎がマイクを通して客席に挨拶を始める。
「元々予定はしていなかったんですが、折角なので――」
小鈴は眼鏡を外し、机に置いた。
マスクももういらない。
こうなれば邪魔なだけだ、外してしまおう。
「最後に『本物』の演奏を聴いて頂きます」
そう言うと、鬼崎は芝居がかった仕種でこちらに手を伸ばした。
「さぁ――おいで、小鈴」
その導きに従い小鈴は立ち上がる。
一瞬後、室内はざわめきと歓声に包まれた。
前方までゆっくり降りていく間、教室中の視線が自分に突き刺さっているのがわかる。
背後で「こらー! 写真撮影禁止!!」と三条の声が響いた。
鬼崎には何も知らされていなかっただろうに、部長らしいさすがの対応だ。
仕事の時、小鈴は仮面を着ける。
その仮面の名前は自然と自分の中から生まれ出てきたものだ
『山口小鈴』になる前の自分――いや、もしかすると『山口小鈴』の方が仮面だったのかも知れない。
夏野の横を通り過ぎる時、ふと彼に視線を向けると呆気に取られたようにこちらを見ていた。
小鈴が小さく笑みを返すと、その頬が少し赤く染まる。
近くで見てみると歳相応で、小鈴からすると可愛らしくさえ思えた。
これがあの『ニワトリ』か。
そうね――良いものを聴かせてもらったお礼、してあげる。
小鈴はステージのマイクを手に取った。
瞬間――もう一人の自分にスイッチが切り替わる。
小鈴は心の底から湧き上がった妖艶な笑みを浮かべて、口を開いた。
「皆さんこんにちは。King & Queenのボーカル、『王小鈴』です」
あの日少女が決断したのは
過去の自分との訣別だった
いつしか少女は彼の地に立つ
王者の仮面を纏ったままで
track5. 王が来たりて -The King's Coming-




