track5-3. 王が来たりて -The King's Coming-
「……三条くん、ユニット名連呼するのやめてくれない? 今日はその立場でここにいるんじゃないし」
そしてじろりと横目で三条を睨んだが、彼女は「ごめんごめん、じゃ、どうぞー」と動じる様子もない。
その様子に改めてため息を吐き、鬼崎は「一言だけ」と前置きをする。
「ボーカル以外は初心者だよね。頑張ったと思うけど、人前で演奏するんだったらもう少しクオリティ上げないと。で、ボーカルの君――名前何だっけ」
「御堂です」
御堂と名乗った少年が、演奏時と同様堂々と鬼崎に名乗った。
そんな彼に、鬼崎は冷ややかに続ける。
「御堂くん、経験者だったら曲の選び方考えないと。自分の好きな曲ばっかりだとメンバーついてこなくなっちゃうよ。僕からは以上」
そして興味を失ったようにマイクを机の上に置いた。
教室内がしんと静まり返る。
御堂は少し沈黙した後に、小さく「――うす」とだけ答えた。
「もー、あいかわらず鬼崎は辛口だね」
三条が苦々しげな笑みを浮かべながら、口を開く。
「私は良かったと思うけどなぁ。御堂くんは経験者だけあってさすがの貫禄だし、選曲もキャッチーで良かったよ! メンバーの皆もよく頑張ったね。かっこいい曲をやりたい気持ちはすごくわかるから、次の文化祭公演は難易度も踏まえて曲を決めていこう。そんなに難しくなくてもかっこいい曲って世の中にいっぱいあるからね」
軽快に話す三条を見ながら、小鈴は彼女のことを見直していた。
さすが部長を務めているだけあり、しっかりと後輩たちにフォローを入れつつ場を和ませている。
一方鬼崎は会場の空気感もへったくれもなく、純粋に彼が感じた意見を言っただけだ。
気が利かないというか、なんというか。
そんな中、次のバンドの準備が整ったようだ。
全員女子メンバーらしきそのバンドは、このピリピリとした場をあたためようとしたのか「頑張るぞ、おー!」と五人で声を上げており、なんだか微笑ましい。
ポニーテールで爽やかな雰囲気の少女が緊張した面持ちでマイクの前に立つ。
深呼吸をしたあと、彼女は笑顔で高らかに宣言した。
「こんにちは、『Cloudy then Sunny』です、よろしくお願いします!」
ドラムがカウントをした後、イントロが始まる。
ギター、ベース、キーボード、ドラムと揃うことでサウンドが厚く、テンポもゆったりしており聴きやすい。
数年前に男性バンドがリリースした曲だが、キーが高いので女性が歌っても違和感がなかった。
歌パートになると楽器の音数が減りシンプルな演奏で済む構成となっていて、間奏のギターソロも危うげなく歌う。
楽器隊も余裕があるのかお互いにアイコンタクトをしながら弾いており、懸命さと初々しさが感じられるパフォーマンスに小鈴はマスクの下で微笑んだ。
2曲目は近年ヒットしたガールズバンドのバラードだった。
マイクはボーカルの前に立つスタンドにしかセットされていないが、他のメンバーも口々に歌いながら演奏している。
それに合わせて、観客の女子たちもサビを口ずさみながら揺れていた。
そして無事演奏が終わり彼女たちが五人揃ってお辞儀をすると、会場中が先程よりも大きな拍手で包まれる。
小鈴の前の席に座っていた女子二人組が「せーの、香織サイコー!」と掛け声を上げた。
ボーカルの少女が驚いたように彼女たちの方を見て、はにかみながら手を振る。
「はーい、Cloudy then Sunnyの皆さん、おつかれさまでした! いやー良かったよー! 癒された癒された。選曲もいいし、会場が一体になってたね。ね、鬼崎、良かったよね!?」
先程の鬼崎の発言を踏まえてか、三条が鬼崎に圧をかけるように話を振った。
瞬間、はにかんでいたCloudy then Sunnyのメンバーの表情が、緊張感を持ったものに変わる。
会場内の空気もどことなく硬いものになった。
そんな雰囲気を感じ取ってか、鬼崎はまたもやため息を吐く。
「――まぁいいんじゃない。無難で」
褒めているのかどうかは微妙だが、鈍色idiotsのように厳しい指摘ではなかった。
Cloudy then Sunnyの面々は明らかにほっとした表情になる。
「そうそう! 皆初心者なのに、初ステージが無難に済むなんてすごいすごい。私なんて初めての6月公演の演奏中にギターの弦切れちゃってさぁ、むちゃくちゃ焦ったよ」
三条の講評という名の後輩へのフォロー&アドバイスを聞きながら、小鈴はここに来たことを少し後悔していた。
確かにどちらのバンドとも良い点はある。
一組目のギターボーカルは上手かったし、二組目は初心者にしては手堅くまとまっており、いずれも聴き応えはあった。
しかし、それはあくまで高校生のアマチュアバンドとしての話だ。
――まぁ、あんな出逢い、そうそうないか。
小鈴は視聴覚室の喧騒の中で、1ヶ月程前の記憶を辿った。




