track5-2. 王が来たりて -The King's Coming-
再度ドアが開き、見るからに生真面目そうな眼鏡をかけたスーツの男性が入ってくる。
彼が前方の空席に座ると、お喋りに興じていた学生たちが少し声のトーンを落とした。
それを合図にするように、最後列に座っていた女子が立ち上がって彼の方へと近付き二言三言交わす。
会話を終えた彼女はそのまま教室の最前方に向かい、マイクを掴んでこちらを振り返った。
「皆さん大変長らくお待たせいたしました。顧問の坂本先生もいらっしゃいましたので、これより軽音楽部6月公演開演いたします! 司会は私、軽音楽部部長3年C組、三条が務めさせて頂きますので、本日はどうぞよろしくお願いいたします」
その仰々しい喋り方に小鈴は多少面食らうが、観客の学生たちには受けが良いようだ。
一斉に掛け声や拍手が湧き、それに気を良くしたように三条はにやりと笑ってみせた。
「さて、本日は我が軽音楽部に今年入部した新人たちのお披露目公演となります。よって、我が部が誇る高校生ミュージシャン、King & Queenのリーダー鬼崎達哉の演奏はございませんが――ま、そこは文化祭でのお楽しみということで。もしくはCD買って家で聴いてください」
三条の場慣れしたMCに、会場から笑いが起こる。
「ただ身内が言うのもなんですが、今年の軽音の新人たちは粒揃い――貴重な週末の午後、ここに来てくださった皆さんを決して退屈させませんので、短い時間ではございますが是非最後まで楽しんでいってください。それでは、本日はお越し頂き誠にありがとうございました!」
三条が頭を下げると、再度教室中を拍手が包んだ。
そんな中、前方に座っていた学生たちの一団が立ち上がり、楽器のスタンバイを始める。
一組目は男子四人組のバンドのようだ。
ドラムを除くメンバーはギター二人にベース一人――後ろの席なので細かいところまでは見えないが、ギターの一人が残りのメンバーに指示を出している。
音出しが始まるとライブ特有の空気感が室内を満たし、小鈴はマスクの中で口唇をぺろりと舐めた。
自分が舞台に立つわけでもないのに、この瞬間はいつでも緊張が走る。
セッティングが終わったのか、四人のメンバーは前を向き楽器を構えた。
先程指示役を担っていた黒髪の少年がマイクの前でカウントを終えると、メンバーが一斉に各々の楽器を鳴らし始める。
何事かと会場の空気がざわついたところで、思い思いの音色を奏でていた楽器陣が手を止めた。
残響の中、黒髪の少年がマイクを握り口を開く。
「一組目、『鈍色idiots』です。よろしく」
その挨拶が終わると同時に曲のイントロが始まった。
流れてきたのは最近ヒットチャートを賑わす若手バンドの人気曲だ。
ドラマタイアップもしているその曲を観客の高校生たちもよく知っているのか、皆それぞれに音に合わせて身体を揺らし始めた。
一番後ろの席は全体を俯瞰でき、観客のリアクションもよく見える――思いがけず良いポジションを確保できたようだ。
先程挨拶をした黒髪の少年が歌い出した。
ギターボーカルを務める彼は歌にも演奏にも気を取られ過ぎることなく、いずれも器用にこなしている。
新人と言っていたから恐らく1年生だが、きっと昔からギターの練習に励んでいたのだろう。
一方周りのメンバーは彼についていくのがいっぱいいっぱいで、あまり余裕がなさそうだ。
ギターボーカルの彼だけが観客の方を向いて歌う姿が様になっている。
続く2曲目でその差は顕著になった。
一昔前にシングルで発売された中堅ロックバンドの曲だが、原曲はギターもベースもかなり動きがある。
コード演奏が主体だった1曲目に比べるとかなり難易度が高く、楽器隊もいよいよ演奏が辛くなってきた。
しかしギターボーカルがそれに構わず堂々とセンターを陣取っているので、なんとか全体が崩れずに済んでいる。
カラオケと違いメロディーラインのサポートがなく歌い慣れていない人間にとっては難しいはずだが、彼は1曲目と変わらず前を見据え最後まで歌いきった。
演奏が終わり四人が頭を下げると、観客たちがあたたかい拍手を送る。
観客の高校生たちからすれば、バンドとして皆の前で歌い演奏するというその行為自体に憧れと賛辞の念があるのだろう。
自分の通っていた高校に軽音楽部があったかどうかすら小鈴は覚えていないが、何となく理解はできるような気がした。
ましてやギターボーカルの彼は遠目に見ても雰囲気があり、先程の堂々とした振舞いもあって人気が出そうだ。
――ただ、あくまでそれだけの話である。
これは小鈴の求めていたものでは決してない。
「鈍色idiotsの皆さん、おつかれさまー」
司会者である三条の呑気な声が室内に響いた。
「さて、次のバンドの皆さんがセッティングしている間に、講評でもしましょうか。King & Queenの鬼崎さん、いかがでしたか?」
その振りを受け、観客たちが一斉に後方を振り返る。
小鈴もマスクに手を当てながら、中央列の方に視線を送った。
最後方列中央――そこに堂々と座る鬼崎は小さくため息を吐き、席の上に置かれたハンドマイクを手に取る。




