track3-6. 冬人は焔を見出す -The Winter Man Found the Flame-
「「はぁ!?」」
「何だ、文句あんのか?」
「いや、そんなことは――」
「いえ、夏野さん。俺は反対です」
ギターを置いた春原が前に出る。
「練習時間を使わせてもらえるのはありがたいけど、俺あんたのドラム聴いたことないし。どれだけ叩けるかもわからない相手にいきなり言われてOKするわけないだろ」
「春原、失礼だぞ」
夏野が慌てて春原を諫めるが、春原の態度は変わらない。
あいかわらず生意気な物言い――普段の康二郎であれば胸倉を掴んでもおかしくない状況だ。
しかし、今の康二郎は機嫌が良かった。
なにせ久々に自分の心を震わせる存在と出逢えたのだから。
「まぁそれもそうだな。いいぜ、特別に聴かせてやるよ」
二人の間を通り抜け、康二郎はスタジオ奥のドラムセットに座る。
春原、そして夏野の順にスティックで指し――腹から込み上げる笑みをそのまま顔に浮かべ、康二郎は言った。
「――びびんなよ?」
両手でシンバルを鳴らす――それが開始の合図だ。
そのまま康二郎は感情の赴くままにドラムを叩き続ける。
我ながら凄まじい勢いだと思いつつ、もう止められない。
夏野と春原のセッションに触れたことで、康二郎は確かに昂っていた。
自分の持てる熱すべてをぶつけたくて仕方がなかった。
二人の視線が自分に突き刺さっているのがわかる。
見なくても、感じる。
きっと二人とも呆気に取られているに違いない。
嵐のようなドラミングの最中で、康二郎はただ笑っていた。
そうだ、燻るような夏野の瞳の色、俺はあの色になんつうか――惹かれたんだ。
さぁ、その瞳で俺を――見ろ、見ろ、見ろ!!
ラストに力いっぱい鳴らしたシンバルを手で押さえ、康二郎は演奏を止める。
シンバルの残響が消えゆくスタジオの中で、初めて康二郎は二人の観客を見た。
想像通りぽかんと間抜けな顔をしている春原と、そして――きらきらとした瞳でこちらを見つめる夏野。
康二郎は立ち上がって腕を組み、高らかに名乗りを上げた。
「――俺は冬島康二郎だ。卒業までの短ぇ間だがよろしくな」
***
その日はそのまま、洋楽の有名曲を何度かセッションして下校時刻を迎えた。
二人で練習したレパートリーには限りがあるはずだが、夏野も春原も一度曲を聴かせればそれなりの形で再現する。
完全に知らない曲ではないであろうし、また夏野が持参した譜面を春原が少し眺めることもあったが、その飲み込みの早さも康二郎は気に入った。
「あとはベーシストかな。ひとまず4ピースバンドになればいろんな曲できるし」
「俺は夏野さんと二人でも良かったんですが。エレアコ使えば、ボーカルとギターだけでも全然おかしくないですし」
明るい夏野の言葉に対し、春原がギターをしまいながらぶつぶつと呟いている。
随分と諦めの悪い奴だ。
「新入生に誰かベースいねぇの? 2年以上は皆バンド組んでるだろ」
「生憎他の新入生知らないんで」
「何だ、使えねぇ奴だな」
ぼそっと康二郎が呟くと、答えた春原がギロリとこちらを睨んできた。
「まぁ、あとで考えよう。なっ、春原」
夏野が笑顔で春原の背中を軽く叩くと、春原は小さな声で「はい」と答える。
春原は随分と夏野に従順なようだ。
しかし――
「早く誰か見付けねぇと、来月の学内公演ベースなしだぞ」
「「え?」」
康二郎の方を振り返った二人の顔は、驚きの色を隠せていない。
そのリアクションに、康二郎は「あ?」と首を傾げ――そして「あぁ」と思い当たる。
夏野は鬼崎に無理矢理連れてこられたと言っていた。
きっとろくな説明を受けていないのだろう。
「その年新しく入ったバンドは6月にお披露目公演するんだよ。まぁ高校からバンド始める奴も多いから、ベースいなくても見劣りはしねぇが――」
「いや、それなら話は別です。折角だし入れましょう。探します」
夏野が引き取り「な?」と春原を見る。
春原は再度小さな声で「はい」と答えた。
そのまま二人はスタジオの鍵を職員室に返しに行くと言う。
初めてまともに接した後輩たちと、康二郎はスタジオの前で別れた。
帰り道、鞄からヘッドホンを出そうとし――教室の机に置き忘れてきたことに気付く。
康二郎は仕方なく教室に向かった。
折角の機会だ、今日セッションした曲を聴きつつ満足感に浸りながら帰りたい。
そして教室のドアを開けて、康二郎は戻ってきたことをすぐに後悔した。
教室の中には目障りな金髪の同級生――鬼崎がいた。
鬼崎と視線が合う。
康二郎は特に話すこともせず、自席に向かった。
ヘッドホンを机の中から取り出し、そのまま教室を出て行こうとした瞬間――康二郎の中に小さな悪戯心が芽生える。
振り返ると、鬼崎は既にこちらを見ていない。
できる限り感情の色を抑えながら、康二郎は声を上げた。
「おい、おまえのお目当ての春原だけどよ」
鬼崎は黙ったまま康二郎に視線を戻す。
「――俺、あいつらのバンドに入ることにしたわ」
そう言って康二郎は笑った。
目の前の鬼崎の表情はぴくりともしなかったが――少しして、笑みに変わる。
「……へぇ、珍しいね。どういう風の吹き回し?」
「丁度退屈してたんだよ。二人ともまぁまぁレベル高ぇし――ま、飛ぶ鳥を落とす勢いの天才高校生ミュージシャン様には関係ねぇだろうけど」
鬼崎の顔から笑みが消えた。
「おまえは春原しか見てないんだろうが、夏野も十分歌えるし。もしかしておまえがやってるユニット? そっちよりいいかもな」
「――ふぅん、そう」
興味なさそうに鬼崎は康二郎から視線を外す。
あくまで康二郎のことは相手にしていない――そんな態度に見えるが、微かにその横顔からは苛立ちの感情が見て取れた。
――あぁ、今日はまったくいい一日だ。
教室のドアを開けて出て行こうとした瞬間、背後から声が響いた。
「それじゃあ6月公演、楽しみにしてるね」
***
そして、翌週の練習日。
「冬島さん、ベース連れてきました」
康二郎の目の前には、長いストレートヘアの女子が立っていた。
白い肌は陶器のように艶やかで、切れ長の目にすっと通った鼻筋がその顔を綺麗に彩っている。
何も言えないでいる康二郎と目が合うと、彼女はその整った顔をあたたかな笑みで染めた。
「こんにちは、高梨亜季です」
そう言って、ぺこりとお辞儀する。
シャンプーなのか、それともその身体から発せられているのか――距離はそれ程近くないはずなのに、甘い匂いが鼻腔をくすぐった気がした。
やがて顔を上げた彼女の瞳は、その髪の色と同じく黒く透き通っている。
吸い込まれそうなその感覚に、康二郎は黙ったまま立っていることしかできなかった。
たとえ神に背こうとも
男は選びし道を往く
旅路の果てに手にしたものは
確かに燻る鮮やかな熱
track3. 冬人は焔を見出す -The Winter Man Found the Flame-




