表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/75

track3-5. 冬人は焔を見出す -The Winter Man Found the Flame-

 待合室のソファーに座って待っていると、スタジオのドアが開き中から小学生が飛び出してきた。

 康二郎と目が合った瞬間彼はびくりと固まり、「せんせーさよーならー!」と足早に外に出ていく。

 あの小学生と逢うのは何度目かだが、なかなか慣れないようだ。


「はい、さようなら」


 奥から化粧っ気のない女性が顔を出し――康二郎を見て口を尖らせる。


「康二郎くん、まだあの子に怖がられてるの?」

「……和沙(かずさ)先生、俺どちらかといえば被害者ですけど」

「康二郎くん、本当はいい子なのにね。どうしたらその良さが伝わるかなぁ」

「『本当は』は余計じゃないすか?」


 康二郎の返しに、和沙は「冗談冗談」と笑ってみせた。

 和沙は育児休職していた音楽教師の復帰に伴い、康二郎の通っていた小学校を辞めている。

 そして、彼女が本業であるドラム教室の講師に戻ると聞いた康二郎は、以来このドラム教室に通っているというわけだ。


 スタジオに入り、練習の準備を終えた康二郎が顔を上げると、和沙は笑顔のままこちらを見ている。


「――何すか?」

「……康二郎くん、遂に彼女できた?」

「は!?」


 一体何を言い出すのか、康二郎が思わず大声を出すと和沙は「違うの?」と首を(かし)げた。


「いや、何ていうか――すごくいい顔してるからさ」


 その時康二郎の脳裡(のうり)(よぎ)ったのは、間違いなく夏野の顔だった。

 和沙とは長い付き合いだ、何か感じるものがあったのかも知れない。


 できれば彼女であってほしかったが――そうそう悪くない出逢いとも言える。

 そんなことを考えた自分に、康二郎は小さく笑った。


「――さぁ、どうっすかね」


 瞼の裏に、楽器店にいた夏野の姿がよみがえる。

 店内でバンドスコアを見ていたその真剣な眼差(まなざ)しには、確かにあの日感じた熱があり――康二郎は近い内に夏野とまた再会するだろうと確信した。



 そして、再会の日は康二郎の想定よりも早く訪れた。


「おはようございます」


 楽器店で逢った翌日、登校途中に背後から声をかけられる。

 振り返るとそこには夏野が立っていた。


「おう、よく逢うな」


 夏野は康二郎の言葉に「そうですね」とはにかみ、隣に並んで歩き出す。


「今日、練習の日ですよね。急ですけど、もう一回俺たちのセッション聴いてもらえませんか」


 ――きたか。


 少しむずがゆいような、そしてそれでいて小さな(よろこ)びを感じながら――康二郎は感情を隠しつつ鼻を鳴らす。


「何だ、もうリハビリ済んだのか」

「それはわからないんですが、先輩の言う通りだなと」


 横目で夏野を見ると、彼はこちらを真剣な面持(おもも)ちで見つめていた。


「――まずはやるしかないなと思って」


 その瞳に(ほのお)を確認して、康二郎はニヤリと笑う。


 これだけ俺を期待させたんだ、半端なもの見せるんじゃねぇぞ。


「わかった、放課後な」



 そして放課後が訪れる。

 康二郎がスタジオの扉を開けると、中にはあの日のように夏野と春原(はるはら)がいた。


「おつかれさまです」


 夏野が笑顔で声をかけてくるが、春原はあの日と同じく無愛想(ぶあいそう)にこちらを睨んでいる。

 文句の一つでも言ってやろうとしたところで「ほら、春原」と夏野に促され、春原が小さく会釈(えしゃく)してきた。

 康二郎は仕方なく「おう」と答え、荷物を置く。

 椅子にどっかり座って(ひじ)を付き、康二郎は不敵に笑ってみせた。


「どうだ、もうちょっと練習するか?」

「いえ、もう大丈夫です」


 夏野が春原に目配(めくば)せをする。

 春原がギターを構え、夏野がマイクを握った瞬間――空気がぴんと張った気がした。


「――いきます」


 ギター音が鳴り響き、夏野が口を開いた瞬間――康二郎は瞳を見開く。


 曲はMr.Loudのものではなく、別のハードロックバンドのものだった。

 20年程前に全米で流行したバンドだが特にこの曲は有名で、康二郎も以前ドラムの課題で叩いたことがある。


 しかし、康二郎が驚いたのはその選曲ではない。

 ――目の前の声と音は、康二郎の想像を大きく超えていた。


 線が細い身体から放たれる夏野の声は、圧倒的な声量と深い安定感、そして何より(つや)があった。

 康二郎もそんなに多くのボーカルを見てきたわけではないが、同年代でこんな歌声の持ち主に出逢ったことはない。

 あの初対面の日のか弱い姿からは想像できない程、目の前の夏野は圧倒的な存在感を放ち、そして――(ほのお)を瞳に宿して歌っていた。


 また、春原のギターもそれにまったく劣らない。

 先日聴いた限りでも技術の高さは感じていたが、ギターソロに差し掛かるとやけに情感の(こも)った弾き方をする。

 そのギターは夏野の歌に(こた)えるかのように鳴いていた。

 春原の表情は険しいままだが、その身体からは躍動する感情が(ほとばし)っている。


 ――何だ、こいつら。


 気付けば前のめりになって、康二郎は目の前のセッションを聴いていた。

 身体の奥深くに眠っていた熱が揺らめくのを感じ、康二郎は笑みを抑えることができない。

 あの日、和沙のドラムを聴いたあの瞬間(とき)以来――目の前の音楽に魂を揺さぶられる感覚は初めてだった。


 最後に夏野の伸びのあるシャウトと春原のギターサウンドが絡み合い、そしてそれがフェードアウトした果てに、静寂が戻る。

 康二郎は純粋な拍手でその静けさを割った。

 目の前の夏野と春原から発せられていた熱意がふっと(やわ)らぐ。


「いいじゃん、おまえら。貸してやるよ、俺の練習シフト」

「本当ですか!?」


 ぱぁっと夏野の顔が明るくなり、春原もほっとしたように息を吐いた。

 しかし「但し、条件がある」と康二郎が続けると、二人の表情はすぐに(くも)る。

 そんな二人の困惑を蹴散(けち)らすように康二郎は揚々と立ち上がり――そして高らかに宣言した。


「なぁに、簡単なことだ――俺もおまえらのバンドに入れろ。それだけだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ドラムに打ち込む康二郎と、春原、夏野の出会い。康二郎の視点から、一度は期待外れに、そして二度目についに忘れられないものとなっていく過程がとてもきめ細かに描かれていて、惹き込まれました。 音楽に魂を揺…
このシーン、やっぱりいいなー、と思ったら同じ感想がありました。 青春してる!
ここ好き! 思わず雑紙にシャーペンで夏野を描いちゃいました。。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ