track3-4. 冬人は焔を見出す -The Winter Man Found the Flame-
翌日の昼休み、康二郎はヘッドホンで音楽を聴きながら自席でパンをかじっていた。
昨日久々に演奏したMr.Loudは懐かしく、唯一持っていたオリジナルアルバムを聴き直しているところだ。
そして丁度昨日の演奏曲に差し掛かったその時――目の前を、鬼崎が通る。
普段は話しかけたりなど決してしないが、何故か魔が差し「おい」と声をかけると、彼は振り返った。
「――あれ、君いたの」
その言い方に苛立ちを覚えつつ、康二郎はヘッドホンを外して立ち上がる。
「てめぇ、昨日俺の練習時間に訳のわかんねぇ下級生突っ込んだだろ。渡すなら自分のシフトにしろよ。そもそも学校のスタジオをてめぇが使う必要性もねぇだろ」
そう――鬼崎もまた、康二郎と同じくこの高校でバンドを組んでいるわけではない。
結局鬼崎のお眼鏡に適う学生はいなかったのか、学内公演では一人で自作の打ち込み音楽に合わせキーボードを弾いているだけだ。
本業のKing & Queenというユニットがあるにも拘わらず、何故鬼崎がたかが高校の軽音楽部に在籍しているのか康二郎には理解できなかった。
――というか、目障りなので辞めてほしいと思っている。
「下級生――あぁ、春原くんね」
鬼崎は康二郎の嫌味を気にする素振りもなく首を傾げていたが、ふと思い当たったように答えた。
「何であいつらを呼んだ?」
「彼のギター聴いた? 高校生にしてはかなり弾けるからさ、僕のユニットたまに手伝ってもらおうと思って」
「もう一人の奴は?」
「……もう一人?」
鬼崎は再度首を傾げたあと「あぁ」と興味がなさそうに口を開く。
「彼ね。単に春原くんが彼とバンド組みたいって言ったから連れてきただけだよ。何かあった?」
つまり、鬼崎のお目当てはギターの方だったということか。
――しかし、康二郎は何故か夏野のことが頭から離れなかった。
「別に何でもねぇよ。とにかく俺の練習の邪魔だけはするな」
はいはい、と鬼崎が去っていく。
その後ろ姿を見送りながらも、康二郎の脳裡には夏野の表情がよみがえっていた。
青褪めた顔の中で、あの眼光だけは鋭さを持って燻り――それが康二郎には忘れられない。
康二郎は再度ヘッドホンを着けた。
再生すると、ギターのイントロに続いてボーカルが歌い出す。
昨日改めて聴くまで歌詞の内容を深く考えたことはなかったが、曲の中の彼は何度もこう叫んでいた。
――Bite the bullet, bite the bullet.
「……何だ、それ」
康二郎は机に突っ伏して目を閉じる。
瞼の裏に、再度夏野の燃えるような瞳が浮かんだ。
――あいつは一体、どんな声で歌うのだろう。
***
それから1ヶ月程経っただろうか。
練習用のスティックを買い足そうと楽器屋に立ち寄ったところ、康二郎は店内で彼のボーカリストと出くわした。
「「あ」」
思わず上げた声が揃い、夏野が気まずそうな表情をする。
そんな顔をされて無視できない程度には、康二郎も虚を突かれていた。
どう話しかけようかと思った矢先――夏野がこちらに頭を下げる。
「この前はすみませんでした」
康二郎は少し拍子抜けした。
身長が190センチ近くある康二郎から見ると、夏野はだいぶ小さく見える。
頭を上げて康二郎を見上げたその瞳には、あの日の燻るような色はなかった。
その澄んだ瞳に吸い込まれそうな感覚を覚えて、康二郎は慌てて視線を逸らす。
「――別に。まぁ、悪ぃのは鬼崎の野郎だからな」
「……そう言われれば、そうですね。ははっ」
屈託のない笑い声に興味を引き戻される。
まさかそんな返しがくるとは思っていなかった。
1ヶ月前とはまるで印象が異なるその笑顔に、康二郎はまた少し興味を惹かれた。
もう少し会話しても良いか、そういう気分にはなる程度に。
「なぁ、ここにはよく来んのか」
「いえ、久し振りです。昔――中学生の頃はたまに来てましたけど」
「まぁ、ボーカルだとそんなに用事ねぇよな」
「はい、あと……ちょっと、リハビリ的な意味もあって」
「リハビリ?」
夏野が視線を外したあと、もごもごと口籠りながら白状する。
「……人前で歌うの久し振りなので。昔バンドやってた時の行動をなぞったら勘が戻るかも知れないかなと思って」
よくわからないが、色々事情があるらしい。
彼の背景が少し垣間見えた気がした――まぁ、康二郎には関係のないことだが。
「あのクソ生意気なギタリストは?」
「いえ、今日は俺一人です。これは俺の問題なので」
そう答えた後に、夏野が少し表情を曇らせる。
「この前は春原が失礼な態度取ってすみません。悪いやつじゃないんですけど」
「……まぁ、ギターは上手かったな。俺のドラム程じゃないが」
「――あ、先輩はドラマーなんですか?」
夏野が興味を示したので、満更でもない気分で康二郎は「まぁな」と頷いた。
「どんなメンバー編成なんです?」
「あー、そもそも俺バンド組んだことねぇわ。プロになりたいだけだし」
「プロ!? すごい……ドラムが好きなんですね」
「いや? 単にドラム上手かったらモテたから。プロになったら、もっとモテると思って」
心の底から正直に答えると、夏野が目を丸くする。
「えっ……それだけですか?」
「ふざけんな、超重要じゃねぇか。テレビにもよく映るだろ、ボーカルの後ろだし」
「まぁそうですけど……」
康二郎は自分でも驚く程饒舌になっていた。
同級生にもこんなことを話す相手はいないのに――不思議と夏野と話すのは嫌じゃない。
「じゃあおまえは何で歌うんだよ」
「うーん……そう言われると、確かに」
考え込む仕種をしてみせてから、夏野は「俺もモテたいからかも」と照れ笑いを見せる。
くるくる変わる表情と人懐っこい話し方――元々はこういう気質で、それがあの時は曇っていただけなのではないか、康二郎はそう感じていた。
「――まぁ、リハビリか何か知らねぇけどとりあえずやってみれば? そしたら余計なこと考える暇もなくなるだろ」
康二郎の言葉に、夏野の表情が引き締まる。
彼は不敵な笑みを湛えて頷いた。
「……はい、そうします」
そして夏野とはそこで別れる。
店を出た康二郎は、そのままドラム教室へと向かった。
今日は週に一度の練習日だ。




