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【完結】 夏鳥は弾丸を噛む -傷心のボーカリストは二度目の春を歌う-  作者: 未来屋 環


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track3-1. 冬人は焔を見出す -The Winter Man Found the Flame-

 たとえ神に(そむ)こうとも

 男は選びし道を()



track3. 冬人は焔を見出す -The Winter Man Found the Flame-



 ガキの頃は何も楽しいことなんてなかった。

 無駄に高い身長のせいで始めさせられたバスケットボール。

 意味もなくひたすら走らされるのがだるかった。

 試合に負けたって死ぬわけでもなし、何で周囲の奴らが本気になれるのか理解ができなかった。


 チームメイトとつるむのも億劫(おっくう)だ。

 「おまえは背高くていいよな」って、別に好きでこう生まれたわけじゃない。

 「折角(せっかく)恵まれてるんだから、もっと頑張ればいいのに」って、勝手に俺のことを決め付ける奴らにいい加減うんざりしていた。

 

 ――そんな、何に対しても(むな)しさを感じていた俺が、あの日出逢ったもの。


 そう――その『振動』が、俺の新しい世界を(ひら)いた。


 ***


 ――いけ好かない奴、というのが康二郎(こうじろう)鬼崎(きさき)に対する第一印象だった。


 忘れもしない、初めて彼と出逢ったのは軽音楽部の仮入部の日。

 康二郎がドラムの経験者だと言うと、上級生はすぐにドラムを叩かせてくれた。

 もとより康二郎もそのつもりだったので軽く腕慣らしのつもりで叩き始めると、上級生たちは康二郎のテクニックに驚き、また初心者であろう他の新入生たちは羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しを向けてくる。

 康二郎は表面上何事もないように()(つくろ)ったが、『超大型新人』としての扱いに内心得意満面だった。 


 そして部活が終わりスタジオを出ようとした時、新入生の中で一際(ひときわ)目立つ金髪の少年が「ねぇ」と康二郎に声をかけてくる。


 その少年は女性のように線が細く、綺麗な顔をしていて――確か希望パートはキーボードだと言っていた。

 部活の時間に遅れた康二郎は彼の演奏を見ていないが、やけに周囲からもてはやされているところを見ると、こいつも『超大型新人』というやつなのだろう。


 一瞬仲間意識が芽生(めば)えかけたものの、ふと彼が冷静に康二郎の演奏を見ていたことに思い当たる。

 康二郎を称賛するような空気の中、彼の視線だけは違っていた。

 そう、まるで――こちらの品定めをしているかのように。

 こんな奴のバンドに誘われたら面倒だと思った瞬間、彼はその整った顔を(しか)め、こう言い捨てた。


「――君のドラム、うるさいんだけど」



 それ以来、康二郎はほとんど鬼崎と接点を持っていない。

 いや、正確に言えば『持たないようにしている』。

 同じ軽音楽部のメンバーも気を(つか)っているのか単に関わりたくないのか、何も言ってこない。

 また、鬼崎がかなりの有名人であることについても『知らないようにしている』。

 康二郎の人生には何の関わりもない上に、思い出すだけであの日の苛立(いらだ)ちがよみがえるからだ。


 康二郎がドラムに出逢ったのは、小学5年生の時だ。

 親に始めさせられたバスケットボールを続けてはいたが、康二郎はチームの中で孤立していた。

 そもそも協調性に乏しいことは自覚している。

 だからこそ親は康二郎をチームに入れたのかも知れないが、わざわざ仲良くしたい友人もいない。


 そんな中で律儀(りちぎ)に毎回練習に出る必要もないだろうと、その日も康二郎は放課後の教室で時間を潰していた。

 やることがないと人は眠くなるものだ。

 午後の陽射(ひざ)しに眠気を誘われた康二郎が机に突っ伏して目を閉じていると――遠くの方で、(かす)かに音が鳴る。


 ――そのわずかな音と振動が、康二郎の芯をずしんと揺さぶった。


 反射的に目を開き、康二郎は慌てて身を起こす。

 音は音楽室の方から聞こえてきたようだ。

 その未知の感覚に興味を惹かれ、康二郎は音楽室へと向かった。


 うっすらとドアを開けて中を(のぞ)くと――室内で一人の女性がドラムを叩いている。

 出産で休職中の教師の代理で来ており、皆に『和沙(かずさ)先生』と呼ばれている彼女のことを康二郎は知っていた。

 授業中流れるようにピアノを弾く姿は音楽教師そのもので、特段何かの感慨(かんがい)(いだ)かせるものではない。


 しかし、目の前でドラムを叩く彼女は授業中よりも――生き生きと、躍動して見えた。


 康二郎は和沙から目が離せない。

 これまでの人生で感じたことのないびりびりとした刺激が、康二郎の心をも震わせるようだった。


 一通り叩き終わったのか、彼女はシンバルを手で押さえ、そして――こちらに目を向ける。

 その時、ドアの隙間を通して康二郎と和沙の目が合った。

 彼女は少し驚いたように目を見開いたあと――得意げに口唇(くちびる)を引き上げる。


「どう――かっこいいでしょ?」


 それから、康二郎は休み時間と放課後、音楽室に通うようになった。

 最初は和沙の見様(みよう)見真似(みまね)で叩いていた。

 しかし、右手と左手、そして両足がバラバラの動きをすることになかなか慣れない。

 康二郎は短気ゆえに何度も癇癪(かんしゃく)を起こしそうになったが、その度和沙が丁寧(ていねい)に教えてくれたので、何とか気持ちを立て直してひたすら練習を続けた。


 半年程経つ頃には、和沙の教え方が良かったのか、それとも生来のセンスがあったのか、康二郎のドラムはかなり上達していた。

 それがまた楽しくて、康二郎はひたすら練習に明け暮れた。

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