第48話 義妹は兄と出かけたい。
夏休み初日。
時刻は13時すぎ。
俺は自宅のリビングで母さんが作ったチャーハンを食べた後、特に何もせずくつろいでいた。
テレビの前に置かれたソファに座り、背もたれに身を投げ出すようにもたれかかっている。
父さんは今日も仕事に行っている。
母さんは食後に荷物も持たずに外に出て行ったので、多分いつものご近所さんとどこかの家の前で雑談しているんだろう。
受験生である真雪は塾の夏期講習に行っているが、今日は午前中だけだと話していたからもうすぐ帰ってくるはずだ。
つまり今、上野家にいるのは俺だけだ。
「あー……」
休みだから授業はないし、帰宅部なので部活もない。
つまり、何もしなくていい。
「……幸せだ」
こんな日々があと1ヶ月以上も続くなんて、最高だな。
暑い外には出ずに、エアコンの効いた家の中で引きこもって過ごす。
そんな夏休みも悪くないかもしれない。
「いや、待てよ」
本当にそれでいいのか……?
俺はふと、去年の夏休みを思い出す。
去年の俺は陰キャぼっちだったから、本当にやることがなくて何もせず、家でゲームや読書をしてダラダラしていただけだった。
けど、今年は違う。
今年の俺には、初音さんという彼女がいる。
「今年の夏は、虚無の日々から脱却してリア充になろう……!」
初音さんと楽しい夏休みを過ごすために、期末テストで自己ベストを出すくらい頑張ったんだから。
努力して手に入れた日々を無駄にするのはもったいない。
「とはいえ……今日は会う予定はなかったような」
確か、今日はクラスの女子とどこかに遊びに行くと初音さんが言っていた気がする。
だとしたら、俺がいきなり会いたいと言っても難しいだろう。
会えなくても連絡してみるという手はあるけど、遊んでいる最中にラインしたら迷惑かもしれない。
(まあ、初音さんの場合はむしろ喜ぶかもしれないけど……)
付き合うようになってからの初音さんは、毎晩のようにビデオ通話をかけてくる。
だから俺の方から連絡しても、疎ましく思ったりはしないはずだ。
「だとしても、ここは遠慮しておいた方がいいかな」
初音さんとは、また夜に通話すればいい。
しかしそうなると、また振り出しに戻ってしまう。
何もやることがない。
こういう時、普通の高校生なら誰か他に遊びに誘う友人がいたりするんだろう。
だが残念ながら俺にそんな相手はいない。
「あれ? 初音さんはすっかりクラスに溶け込んでいるけど、俺ってまだ陰キャのままなのでは……?」
気づきたくなかった事実に、俺は直面する。
順調に青春らしいことをしている初音さんに対して、俺はクラスに友達と呼べる相手は一人もいない。
いや、でもクラスの中心的な男子である椎名とは連絡先を交換したし、初音さんや委員長を交えて遊びに行ったこともある。
友達と言っても過言ではないのでは……。
いろいろ考えた末に、俺は脱力した。
諦めの感情とともに、大きなため息をつく。
(こんなことを考えている時点で、恋愛以外はあまり進歩していない証拠だよな……)
後ろ向きなことばかり考えていても仕方がない。
とりあえず、家の中に引きこもっていないで外出しよう。
一人でも夏休みを有意義に過ごすことはできる。
「そうだ。初音さんと行く旅行の準備でもしよう。旅行用の鞄がないし、着ていく服もないし……」
一念発起した俺が立ち上がったその時。
玄関の方から誰かがリビングにやってくる気配を感じた。
「ただいまー……って、お兄ちゃんだけ? お母さんは?」
真雪だ。
夏期講習から帰ってきたらしい。
教材が詰まっていると思われるトートバッグを肩から提げている。
「さっき出ていった。多分ご近所さんと雑談中だ」
「え、じゃあ私のお昼ごはんは?」
真雪はリビングに入ってくると、トートバッグをソファの近くに放った。
「テーブルの上にチャーハンが置いてあるよ」
「ちゃんと用意はしてくれてるんだ」
真雪はテーブルを通り過ぎて、キッチンへ向かった。
冷蔵庫からお茶の入ったボトルを取り出してコップに注いだ後、ごくごくと景気よく飲んでいる。
「ぷはっ……それで? お兄ちゃんは夏休みだからって、家でだらだらしてるってわけ?」
「いや、これから出かける」
俺がそう言った途端、真雪の表情が不機嫌そうな仏頂面に変わった。
「初音さんとどこかに行くの?」
「いや、一人だね」
「あ、そうなんだ」
俺の返事を聞くと、なぜか真雪の表情が明るくなった。
しかしすぐに真雪は首を傾げる。
「うん? でも一人でどこに何しに行くの?」
「どこに行くかは決めてないけど、鞄とか服を買いに行こうと思って」
「お兄ちゃんが、服……?」
真雪の反応は懐疑的だ。
「なんだよ、俺が一人で服を買ったらおかしいのか?」
「うん。お兄ちゃんって、初音さんにガッカリされないような服を自分で選べるの?」
「……」
正直、自信がなかった。
けど兄としては妹の前では見栄を張りたいので素直に言えない。
「図星って顔してる」
真雪にはお見通しだった。
「悪かったね、ダサい兄で。けど毎回初音さんに選んでもらうわけにもいかないし、自分で選ぶしかないだろ」
「確かに……あ、そうだ!」
真雪は俺の言葉に同意しかけたと思ったら、何かを思いついたような声をあげた。
「急にどうした」
「私と一緒に買いに行こうよ。女の子目線で服を選んであげる」
頬を綻ばせながら、真雪はキッチンから出て俺の座るソファの前にやってきた。
「それはありがたいけど、受験勉強は大丈夫なの?」
「うっ……今日は朝からたくさん勉強したし、ちょっとくらいは大丈夫」
真雪の表情が僅かに引きつった。
「本当か……?」
「と、とにかく! お兄ちゃんは細かいことは気にせず、たまには妹を可愛がりたいと思えばいいの!」
「まあ、そこまで言うなら」
一学期の間からかなり勉強を頑張っていたのは知っているし、真雪も少しくらい息抜きをしても問題ないだろう。
(それにしても……春ごろまでは会話どころか目も合わせてくれなかったのに、一緒に出かけたがるなんて意外だったな)
小さい頃は普通に仲が良かったし、最近来ていた反抗期が終わっただけなんだろうか。
いずれにせよ、妹と出かけるなんて久々だ。
というわけで、次回は真雪と一緒にお出かけします。




