第40話 異世界帰りの元陰キャ、力の秘密を打ち明ける。
すみません、昨日は更新漏れていました。
「さて。次は八雲くんの話を聞かせてもらおうかな?」
橙色の太陽がだいぶ低い位置に差し掛かってきたころ。
海辺のベンチに座った初音さんが言った。
初音さんが期末テストで全科目満点を取ったら、俺の力の秘密を話すことになっていた。
「初音さんは俺の力の秘密を知りたいって言っていたけど、具体的にどれのこと?」
俺はこの後に及んでとぼけてみようとしてみたけど、無駄だった。
「もちろん、全部だよ。屋上から落ちても何故か無傷だったり。私がピンチになると、全部全部お見通しだとばかりに駆けつけてくれたり。サッカーで大活躍したり。あとは車に轢かれそうな子供を颯爽と助けたりもしてたよね」
初音さんは今までに目撃してきた俺の不自然な所業の数々を並べ立ててくる。
「分かった。全部話す」
「うん、よろしく」
俺が観念すると、初音さんは満足げにうなずいた。
さて。
全部話すとは言ったけど、何から説明したものか。
俺はとりあえず初音さんの隣に座ってから、少し考える。
よし。
迷った時は細かい経緯よりもまず、結論から話してしまおう。
「実は俺、新学期が始まる一週間前に異世界転移したんだ」
「異世界……?」
「うん。しかも、向こうで数年過ごして戻ってきたら1ヶ月しか経っていなかった上に、異世界で手に入れた超人的な身体能力とスキルは持ち帰れたんだ」
「そ、そうなんだ……?」
やはり、初音さんは困惑気味だった。
「こんな話を聞いたら、まあ戸惑うよね」
「うん。でも何かの冗談……ってわけじゃないんだよね?」
「信じられないかもしれないけど、本当の話なんだ」
「そっか。八雲くんがそう言うなら、信じるよ」
初音さんは驚くほど簡単に受け入れてくれた。
正直、変な妄想をする頭のおかしい奴と思われる覚悟すらしていたんだけど。
「もう少し疑ったりしないの?」
「一瞬冗談かと思ったけどね。八雲くんの力には、現実離れした何かがある予感はしていたから。異世界で手に入れたって言われたら、ある意味納得できたかな」
「なるほど……」
何度か初音さんの目の前で力を見せていたおかげで、適応しやすかったようだ。
「それに異世界のスキルなんてものが存在していた方が、何かとおもしろそうだし」
「おもしろそう……?」
「色々使い道を考えてみたりとかさ。例えば八雲くんは、その力を使ってお金をたくさん稼いでみよう! とか考えないの?」
こちらの世界に帰ってきて、異世界で手に入れた力が保持されていると気づいた時には、そういう俗っぽい使い道を考えたりもした。
けど。
「あまり派手に力を使うと、悪目立ちしてろくなことにならないからね」
「なんだか重みのある言葉だね」
「異世界にいた時に力を手に入れて調子に乗っていたら、悪用したい連中が群がってきたから」
「悪用って、例えば……?」
初音さんはあまりピンときていない様子だ。
「『国境にいる悪いドラゴンに困ってるから退治してほしい』って頼まれたから退治したら、実は敵対する隣国の守り神だったとか。『人間を襲う魔族の王を倒して世界を救ってほしい』って言われて1年以上費やして命がけで倒したけど、実は魔族を積極的に攻撃していたのは人間でした、とか」
当時の俺は手に入れた自分の力に舞い上がるばかりで、他人の悪意というものを理解していなかった。
「おお……なんだか壮絶なファンタジーだ。八雲くん、大変だったんだね?」
初音さんは俺の話を聞いて目を丸くする。
その後、少し腰を浮かせて俺の頭を撫でてきた。
優しい目で、俺を見てくる。
俺を労ってくれているらしい。
初音さんを撫でるのもいいけど、逆もアリだな。
気持ちがとても穏やかになる。
「異世界で色々あったからこそ……こうして初音さんと会えて、助けることができたって考えたら、今ではいい思い出だと認識してるよ」
「八雲くんは私を照れさせたいんだ?」
初音さんは唇を尖らせていた。
西日に照らされているせいか、いつも以上に頬が赤く染まって見える。
「そういうつもりはなかったけど、初音さんがかわいいからまあいいかな」
「な、なんだか今日の八雲くんはいつもより直接的なことを言うね……」
初音さんはすっかり照れていた。
でも確かに、初音さんの言う通りな気がする。
どうしてだろう、と俺は考える。
程なくして結論が出た。
「多分、初音さんに黙っていたことを打ち明けて気分が楽になったんだろうね……」
正直、異世界のことを初音さんに話したとして、信じてもらえるのかという不安はずっと俺の心の中にあった。
だけど結果としてその不安は杞憂だった。
「つまり八雲くんは、気が緩んでいつも言わないようなことを口走ってるわけだ」
初音さんは少しだけ拗ねた顔をしながら、それでいてどこか嬉しそうに言った。
ぽすん、と俺の肩にもたれかかるように頭を乗せてくる。
「初音さん……?」
「私も甘えたい気分ってだけだよ」
「……なるほど」
甘えられるのは悪い気がしないというか、むしろこっちまで心地よくなってくる。
拒む気配がないことを察知した初音さんは、温もりを満喫するように頬をすり寄せてきた。
「そう言えば……同じ学年の人と比べて八雲くんの体格がいいのは、異世界で数年多く生きてきた分、他の人より成長しているからなのかな?」
初音さんは俺に触れていて、そんな疑問を持ったらしい。
「恐らくそういうことだね」
「あれ? ってことは八雲くんって実は私より年上?」
「一応、肉体的には19歳くらいなのかな」
「なるほど、だから色々とお……」
初音さんは俺の全身を上からまじまじと見つめてくる。
視線が少し下の方に向いたところで、何かを言いかけて、やめた。
「こほん。体のことはともかく、どおりで頼りがいがあるわけだ」
初音さんは咳払いをして、平静を装う。
何を言おうとしていたんだ……?
気になるけど、会話が流れてしまったので合わせることにした。
「頼りがいって言っても……正直、精神的な意味ではあまり成長しなかったけどね」
ひたすら他人に利用されて戦っていた結果。
肉体が鍛えられ、他人の悪意にもなんとなく気づけるようになった。
しかし、異性はもちろん、同性ともまともなコミュニケーションを取る機会が少なかったので、陰キャぼっち気質が異世界で変化することはなかった。
「それはほら。親しみやすさって意味ではいいことだと思うよ?」
「初音さんがそう思ってくれるなら良かった」
俺の方からも、体重がかからないよう気を使いながら少し身を寄せる。
初音さんからはまったく抵抗を感じない。
そのことで、受け入れられたような気持ちになる。
……人の体温って、なんでこんなに心地いいんだろう。
「この場所、夕焼けがよく見えて綺麗だね」
西日に照らされる海辺の港街の光景を前に、初音さんが呟く。
きっとこれは、子供のころの初音さんが両親と見るはずだった景色なんだろう。
そのことを考えると、少しだけ寂しい気持ちにはなってしまうけど。
「うん、そうだね」
初音さんにとって大切であろうこの光景を一緒に見ることができて。
お互いの胸の内に秘めていたことを共有しあって。
俺は初音さんとの絆が、より深まったような気がした。
次回は初音さんの両親についての話です。




