87・スライムの活用法その2と、二度目の贈り物
★ここから前回なかったお話になります、またお付き合いいただけるとい嬉しいで77,78,79話が補足として追加になっています。
元の文章を削除するかは現在悩み中です。他所の様に非公開にできないので、難しいですね)
「アーカーの義足、改良が必要かしらね。」
看護班が見守る中、装具を装着したアーカーが杖を使って立ち上がり、約5メートルほどの距離を行き戻って来たところで、顔を顰めているアーカーに気が付いた私は、無理をさせないよう彼を椅子に座らせると丁寧に義足を外した。
「どうかしら?辛そうだけど。」
それには、ちょっと困った顔をしてアーカーは笑った。
「いえ、杖があるので、歩くことに関しては本当に楽です、バランスもとれます。 しかし、すみません。 ゴリゴリと装具と足が当たって痛みがあります。この部分です。」
「……あぁ、そうね。赤くなっているわ。」
切断面を確認すると、多分大腿骨の切断面があるあたりだろう、擦れたように赤くなっているのがわかる。これは、先日足の傷を縫合しなおした騎士様と違い、切断されたまま皮膚の方を無理やり伸ばして、傷をふさぎ縫合したためで、全体に形が歪だからだ。
「どう思います? クルス先生。」
振り返って問うと、腕を組んで私とアーカーの様子を見ていたクルス先生はそうだねぇと頷いた。
「これ、続けると確実に褥瘡になるね。切断したときの処置が良くなかったんだろう、もう、そもそもがへったくそなんだよ。僕的には、骨を短くする処置をして切断面に柔軟性を持たせる……っていうのが理想って言いたいんだけど、それだと回復に時間がかかるし、義足は長さも形も変わるから全部作り直しになってしまう。だ・か・ら。」
ごそごそと白衣のポケットを漁ったクルス先生は、ひとつの大きな瓶を取り出した。
「じゃじゃ~ん!これは改造スライムくん2号!名付けて『スラクッション』だよ!」
「……ス、スラクッション……ですか?」
「そう!このスラクッションを装具の足を嵌める部分にぽいっと投げ入れるんだ!」
「いつものスライムと粘度が違いますね……なるほど、除圧するための緩衝材ですね?」
「流石だね! 物分かりが早い。」
瓶の蓋を上げて斜めにすると、いつものアメーバ状ではなく、硬めのプリンの様なスライムがプルルンッ!と、装具の中に落ちて震えた。
「はい、アーカーくん。この中に足入れて!」
「え?この中ですか?」
「うん、そう!ほらほら、早く早く!そして歩いて!」
クルス先生に急かされ、怪訝な顔をしながらもスラクッションが揺れる装具に足を入れ、バンドで義足を固定したアーカーは、杖を持つと立ち上がり、先ほどと同じように歩き出した。
「ん?んん?」
当初は半信半疑のような顔で歩き出したアーカーは、行って戻ってくるときには笑顔になっていた。
「先生!凄いです!全然痛くありません!それにしっかり密着している感じがして、足を動かすときにとても楽です!」
「うんうん、そうだろうそうだろう!スライムの寿命は5年だから、5年たったら新しいスライムに変えよう。それまでは……はい、この瓶に入れて、一日一回、そうだな、ここに来た時にこの薬草の束を食べさせてね。休みの前日にはちゃんと家に持って帰るんだよ。」
「ありがとうございます!」
大絶賛のアーカーに、満足げに頷いたクルス先生は、彼の手のひらに拳大の薬草の束を渡す。
「先生、それは?」
「うん、奥方の薬草園に生えてる薬草の中で、保湿性をもって、弾力性を高める葉っぱがいくつかあったから配合して作ったんだよ。勝手に使って済まないねぇ。」
「いいえ、使っていただくのはまったくかまいませんわ。しかしいつの間に?」
「うん?彼の足を診察したときに、君が彼のために装具を作ってると聞いてね、この足の形状だときっと必要になると思ったから作っておいたんだ。」
「まぁ先生、ありがとうございます!」
「いいの、いいの。これも僕の仕事だからね。」
ぱちん! と一つウインクしたクルス先生が、じゃあ僕は自分の部屋に戻るよぉ~と2階に上がって行ってしまったため、私はアーカーにしばらくリハビリをしながら、徐々に屋内、屋外と使用範囲を広げていくように説明すると、彼はうんうんと嬉しそうに頷いてくれた。
「あれ……いいですね。……ネオン隊長、あれは俺でも着けられますか?」
装具訓練の様子を見てそう呟いたのは、先日綺麗に処置が終わった闇魔法による麻酔手術の第1患者でもある騎士のエンド・リケリー様。
先の戦いで片腕と片足を失っておられるため、退院後は騎士としての復帰は出来ないのだが、ありがたいことにこの医療班の物資班に復帰したいと希望してくださっている。 何のお仕事を頼むかは現在物資班のガラと相談中だが、義足に興味を示したらしい。
声を掛けられた私は少し考えた。
「そうね。エンドの足の切断面はしっかり計算されて処置されているから可能だとは思うけれど、まずは傷が綺麗に癒えることが先決ね。……それに、足を付けても幻肢痛がなくなるわけではないの。」
「……解りましたか?……そうですよね、自分の足じゃないですからね。」
私の言葉に、エンドは困ったような、難しい顔をした。
彼は体が回復して以降、悩まされている事柄がある。
幻肢痛。
(確か、半数以上の人が体験する現象で、突然失った事に脳が適応できないために起きる現象だったわよね……。)
そう、失った体の一部が痛い。おかしな話だと思われるだろうが、実際にそんなことはある。
彼は失った足の先、腕に痛みを感じ、夜中に痛みで目覚める事が多くあった。彼が体を起こせなかったときは、そっと撫でる真似をし宥めていたのだが、起き上がれるようになった今、失った手足がある事を本人が自覚しても、それに苛まされている。そしてその治療法は前世にもなかったと思う。
義足がつけばそれが収まるのでは?と、彼は期待したのだろう
「なんでこんな痛いんですかね……痛み止めを飲んでも効かないんですよ。困ったものです。」
ため息をついた彼の傍に近づき、そっと背を撫でる。
「今まで人生を共にしてきた自分の一部が、気が付いた時にはなくなっているのだもの。頭が勘違いしてしまっているの……だから薬も効かないんです。ごめんなさいね、うまく説明できなくて。」
「いいえ、ネオン隊長には大変良くしてもらいましたからそれだけで。それに、幻肢痛がなくても、やっぱりあれは欲しいです。人の手を借りずに歩くことが出来ますからね。」
恐縮したように頭を下げてからそう言った彼に、私も頷いた。
「えぇ、それはわかっています。でも、焦りは禁物です。傷の具合を見ながら親方に作成してもらう事にして、もうしばらくしたら筋力をあげるリハビリをしても良いか、クルス先生に相談してみましょう?」
「解りました。」
ここまで会話をし、アーカーの様子をもう一度確認してから、私たちは通常業務に戻った。
執務室に戻った私は、溜まっている書類に目を通しはじめる。
5日分の溜まった書類はかなり多かったが、ガラが急ぐ物、急がない物に分けていてくれたため、午前中のうちに急ぐものは捌き終えていて、午後からは急がない書類で残っているものにどんどん目を通していく。
例えば医療班の予算経費計上であったり、医療班への異動を希望している隊員がいるので面接の機会を作って欲しいというもの。それから……
「……あら、隊長会議なんて初めてね。」
一枚の紙を手に取り、私は内容を読んだ。
それは騎士団団長である旦那様と、1番隊から10番隊までの全隊長が揃って行われる定例会議のお知らせのようだ。議題などは記載がなく、日時は明後日となっている。
本部の朝礼の後すぐ、会議室で行われるようだ。
「旦那様も出席とは……まぁ、団長ですものね……。 これは行くしかないわよねぇ……。」
溜息をついて立ち上がると、私は執務室に入ってすぐの壁に取り付けられた『隊長スケジュール』という文字と、前世で言うカレンダーの様に線と日付だけ入れられた黒塗りのボードの前に立つと、傍に置いてあるチョークを手に明後日の日付の下に要件を書き込んだ。
「朝一で本部で会議、と。」
きゅっとチョークで書き込むと、パラパラと床に白い粉が舞う。
そう、これは前世の学校でおなじみの黒板・日付入りバージョン!
鍛冶場の親方に「こういう物が欲しい!」と泣きついて作ってもらった物の一つだ。
こうして手が汚れたり粉が飛んだりするため、当初はホワイトボードとマーカーが欲しかったのだが、それらの原材料と製造工程が私にはさっぱりわからなかったため、原材料も作り方もわかっている黒板とチョークを作ってもらったのだ。
(夏休みの工作で作ったのよね。)
かなり昔の事で若干うろ覚えではあったが、前世の古い黒板は柿渋や墨汁や漆、チョークは貝殻を焼いた燃えカスを固めてたものだったはずである。ただ問題は、こちらの世界で柿のような果物を実らせる樹木を見たことがないし、墨汁も、墨と膠が原料とは知っていたが『膠って何が原料?』と唸る事になったのだ。
中途半端な知識はがっかり感を増長させる、実に残念である。
しかし、悩みながら身振り手振りとあいまいな表現しかできない私の話を聞きいた親方は、いろいろ考えながら、ああして、こうしてと試行錯誤を繰り返してくれ、こうして前世の物と遜色ない、完璧なものを作ってくれたのだ!
黒の染料とチョークの原料は厨房で山積みになっていた食材で、墨の方は大皇帝烏賊のイカ墨を、チョークは『大お化け貝』の貝殻だ。
ちなみに、その日のランチでいただいたイカフライと貝柱のフライは大変に美味しかった。フライの技術を教えてしまった私は悪くない。そして美味しいフライを食べた時、なんだかもう一味物足りなくて、ついついその場にあった材料でタルタルソースを爆誕させてしまったが、やはり私は悪くない。
みんな大好き、タルタルソース。
タルタルソースもみんなに大好評だったので嬉しいかぎりだった。 が、問題としてはそれ以降、タルタルソースが食堂に常備された上、パンや肉、魚、野菜等、何ならそのまま食べようとするツワモノまで出始めた事だろう……医療班隊長として、フライの日限定!と(健康上)制限を設けたくらいだ。
話がそれたが、この黒板。最高の仕上がりだったので、同じ造りのもっと大きなものを、領都の孤児院併設の学校に設置し、端材で作った小さな物は、勉強に来てくれた子供の文字の練習のために備え付けた。
この世界には紙やペンが庶民にまでは普及していないし、そもそもつけペンは子供にはまだ幾分早いだろうから、ちょうどよかったと言える。
マイシン先生もクルス先生も面白がってくれたし、勉学の道具として完璧である。
(ありがとう、前世の知識!)
そう考えながら、私は自分のスケジュール管理ボードにあれやこれやと書き足した。
後でこれを見たガラが、私のスケジュールとのすり合わせをしてくれるので、彼には本当に感謝しきりである。
あらかたの書き込みを終え、チョークの粉まみれの手を洗い机に戻った私は、その他の書類を捌いていく。
他に気になる書類があるかどうか確認していると、ふと目に止まったものがあった。
遊牧隊『スティングレイ』の見世物市開催のお知らせ。
日付は私が寝込んでいる間のモノだったので、先日の滞在中に配られたものが書類に交じったのだろう。
遊牧商隊は一つの街につくと、まずこうして広告を街中にばら撒きながら歩く。
昔と変わらないそのデザインに、なんとなく懐かしい気分を覚えた。
珍しい異国の菓子に、異国の衣類に宝飾品や装飾品、日用雑貨と、商隊の持ち込む物のあらましが書いてある紙には、歌姫や踊り子も一緒に同行していることがかいてある。 騎士団の一角に開いた遊牧商隊が店を開いた一角は、それはとても華やいでいた事だろう。
それで、あの銀のオルゴールだったのかと思う。
昨晩、就寝の手伝いをしに部屋に入って来た侍女は、ベッドのうちに散らばったものを見て驚き、慌てて片付けてくれようとした。けれど自分でやるからと彼女を制止すると、それらをオルゴールの中に全て納め、鍵のついたベッドサイドのチェストの奥にしまい込んだ。
溜息がもれる。
何故今更?そう思わないでもない。
偶然などはいくらでもある、それはわかっている。
遊牧隊なのだから、他国はもちろん、我が国のたまたまにしてもなぜこの時期にこの辺境伯領に来たのだろう。 しかしそれでは意味が通らないのがあの、オルゴールの中身だ。
(……いいえ、大丈夫。もうしばらくは会う事もないわ。)
思考から振り払うように頭を振ると、手に持ったチラシを廃棄する箱の方に入れ、次の書類を手にした時だった。
「隊長、お茶でもいかがですか?」
「あら、ラミノー。ありがとう。」
コンコンとノックの後、マグカップを2つ持って入って来たラミノーを、私は笑顔で迎え、マグカップを受け取る。
「ラミノーが一人で上がってくるなんて珍しいのね? どうかしたの?」
「いえ、まぁ……はい。そうですね。じつは、隊長。先日鈴蘭祭で子供たちを助けてくださった騎士様を覚えていらっしゃいますか?」
「え?」
先ほどまで考えていたことを言い当てられたようで、ドキンッと跳ね上がった心臓のあたりを抑え込むと、私は首を縦に振った。
「えぇ、覚えているわ。子供たちを助けていただいた騎士様ね。」
「えぇ、そうです。」
うんうん、と頷いたラミノー。
「あの方の所属する遊牧商隊がこちらに来られたんですが、奥様の事をとても心配していらっしゃいました。大変顔色が悪かったがあの後大丈夫だったのか、と。」
それには、引きつらないように注意しながら私は笑う。
「そんな事はなかったのだけれど……忙しかったし、あんなこともあったから、そのように見えたのかもしれないわね。でも確かに、その次の日から寝込んでしまったから、お会いした時には自覚がなかっただけでそうだったのかもしれないわね、反省しなきゃ。」
「いえいえ隊長。今までが忙しすぎでしたから、体調を崩して当たり前です。正直、奥様が倒れたと聞いて、やっぱりなと俺、思いましたから。ものすごく心配しましたので、もう無理しないでくださいね。」
びしっ!っと、お説教のようにそう言ったラミノーに、私は笑って頷く。
「えぇ、えぇ。これからは気を付けるわ。それで?」
「いや、あの騎士様、間近で見ると物凄い迫力でしたよ? 美しい白髪で、背も高くて。剣舞を見せていただいたのですが、騎士団の剣の振り方と違うんですね。あまりに美しい剣裁きにちょっとびっくりしました。」
「そうだったのね。 残念、私も見たかったわ。」
「それがいいですよ、その時は俺がお供しますね!」
「えぇ、お願いね。でも、それがどうかしたの?」
「あ、そうなんです。実はその時、奥様にこれを渡してほしいと頼まれまして。」
そう言いながら、胸のポケットを探った彼の手のひらには小さな布切れの袋が乗っていて、私の手に渡したラミノーは、ちゃんと渡しましたからね! と言いながら、足早に部屋を出ていった。
そんな彼に手を振り、見送った私は一つ、溜息をついた。
手にあるわずかな重み。
(こんどはなんなのかしら……。たった今忘れると決めたはずなのに。)
立ち上がり、いつも開けっ放しの執務室の扉をしっかり閉めると、手の中にある布袋の中身を取り出した。
しゃらり。
音を立てて出てきたのはネックレスで、絵姿や宗教シンボルを入れて身に着ける類の、いわゆるロケットペンダントだ。
(一体何が……。)
中に入っている物によっては捨ててしまえばいい。
そう思い、一つ深呼吸をしてから指先に力を入れてそれを開ける。
「……何故?!」
ぐらり、と眩暈がして、一瞬、倒れそうになって机に腰をぶつけたため、慌てて一番近くにある一人掛けのソファに座る。
一つ、二つ。
深呼吸をしてから、握りこんだペンダントの蓋をもう一度上げる。
「……母さん……。みんなも……。」
そこには王都に置いてきた家族の絵姿が入っていた。
最後に見た時よりも成長した姿の弟妹に、執事見習いの衣装に身を包んだ兄、以前より頬がふっくらし、顔色の良い母がいて、家族全員でこちらを見て微笑んでいる。
胸が痛いほど鼓動が早くなる。
呼吸は追い付かないかもしれない。
座っていなければ、あのまま床に倒れていただろう。
(……駄目よ。 落ち着いて……深呼吸。 ゆっくり吸って……吐いて……ゆっくり、ゆっくり。)
ペンダントの蓋を閉じ、ぎゅうっと両手で握りしめながら、早く浅くなりそうになる呼吸のリズムを正す。
そうして最後に一度、しっかりと息を吐き出して、それを握る手を開いた。
裏面にざらりとした感触を感じ、裏返してみれば、そこには家族全員の名前が彫ってある。
懐かしい懐かしい、本当の家族の名前に、そっと指を這わす。
「どうして……貴方がこれを私にくれるの?」
家族に会ったのだろうか、話をしたのだろうか。
そして家族も彼に話してしまったのだろうか。
私は公爵家に身売りしたこと、そして辺境伯家に嫁に行ったこと。
(だから、ここに来たの?)
そんなはずはないと解っていても、それが頭に浮かぶ。
遊牧商隊は商隊長の『スティングレイ』の指示でその商隊を動かし、そつなく交易をおこない、折に触れて王家などとも密談を交わすこともあるという。
そんな大きな商隊が、たった一人の護衛騎士のために、いちいち行き先を変更するなどは絶対にない。
そう、ただの偶然。
そしてこれは、彼のただの気まぐれ。
そう思うしかない。
深呼吸をし、もう一度それを見て……ぎゅっと手に握りこむと、そのまま執務室の鍵のかかる引き出しの中に入れてから、マグカップの中のホットミルクを飲み干し、私は仕事を再開した。
お読みいただきありがとうございます!
新エピソードを入れて更新していきます(なろうさんでは数話先行しています)




