55・第6辺境伯騎士団隊長と魔術属性
「……旦那様、この町、は……。」
「結婚式にも来ただろう?」
「それはそうですが……この、砦は?」
到着した騎士団の駐屯基地の馬車置き場。
旦那様のエスコートで馬車を降りた私は、馬車の背後にそびえたつ、私の背丈の3倍はありそうな壁に驚いた。
「王都の壁と一緒だが、ここは辺境伯領。 いつ近隣で魔物の強襲が起きるかわからないため、強固に作ってある。 この砦が街を全面で覆っている。 少し所用を済ませてくる。 ここで待っていてくれ。」
「かしこまりました。」
すっと、従者と共にマントを翻して近くの建物の中に旦那様は入って行ってしまった。 馬車も、厩舎の方へと馬丁が連れて行ってしまった。
(待っていろ、と言われたけれど……何にもないところで待つのも、ねぇ。)
周囲を見渡せば、騎士団の駐屯地だからかあちこちで騎士様が行きかっているけれど、声をかけるにも向こうから頭を下げて逃げて行ってしまう。
そして、何にもない。
建物と、閉められた門扉と、外界から町を守るだけの高い塀だけ。
(このまま一人で町へ行ってしまったら……さすがに怒られるわよね。 仕方がないわ。 すこし待ちましょうか。)
私は溜息をつきながら、皆さんの邪魔にならないように、高い塀の方へ足を向ける。
山から切り出した頑丈な岩を幾層にもレンガのように積み上げているけれど……
「これ、どうやって繋げているのかしら? 接着剤の代わりとかあるのかしら? それとも中に柱が入っているの? 地震が来た時に倒れないのかしら?」
と、不思議に思う。
そっと触れてみても、切り抜いて積み上げられたのだろうと解る大きな石造りのその壁に、何かを使って張り付けたような痕跡もなく……。 地震で大崩壊とか嫌だなと思っていると、ところどころ色合いの違う小さな石が等間隔に嵌められているのに気が付いた。
「……あら? これは……?」
そっとそれに触って、撫でて、指先でこんこんと突ついてみる。
周囲の武骨な岩石とは違って、つるつるに磨き上げられた手のひらよりも小さな真四角の青く冷たい石。
「こちらは魔導石。 魔導式が組み込んであり、この砦の強固性を高めるとともに、夜には明かりをともすようになっております。」
旦那様とは違う、甘やかで爽やかな声に振り返ると、私の真後ろには、真っ白な髪を背で一つに纏め腰のあたりまで流し、切れ長の赤い瞳をやや細めた男性が立っていた。
年のころは旦那様よりやや年上くらいで、足元までの白地のローブを身に着けていても細身とわかる背の高い男性だ。
「あ。 勝手に触ってしまい申し訳ありません。 ……あの?」
「いいえ、こちらこそ奥様を驚かせてしまいましたようで申し訳ありません。」
(奥様……? という事は私を知っている人?)
と、首をかしげていると、目の前の彼はすっと私の手を取り、にっこり笑って頭を下げた。
「第6番隊隊長、トラスル・カトルスです。 7番隊隊長に双子の弟がおりますので、わたくしの事はどうかトラスルとお呼びください。 第10番隊隊長、ネオン・モルファ隊長。」
「まぁ、ご挨拶が遅くなって申し訳ございません。」
自然な形で手を離した私は、静かにカーテシーをとった。
「改めてご挨拶を。 辺境伯ラスボラ・ヘテロ・モルファの妻、ネオンですわ。 お言葉に甘え、トラスル隊長、と呼ばせていただきますわ。」
にっこり微笑むと、彼は柔らかい笑顔でしっかり頭を下げてくれた。
「丁寧なあいさつ、痛み入ります。 ネオン隊長のお噂はかねがね団員より伺っております。 まぁしかし、私共は爵位も下ですので、以後そのようなご挨拶は不要でございます。 しかも私たちは同じ隊の隊長という立場。 以後、お気になさいませんように。 ところで今日は団長と視察と伺いましたが?」
「ありがとうございます。 その予定ですわ。」
言われたことに納得し、頷いた私に、トラスル隊長は微笑んでくれた。
「さて、どちらを視察なさるご予定か、伺っても?」
話を続ける、という事は旦那様が来るまで相手をしてくださる、という事だろうか。
「そうですね。 まずは現在の市場の物流の価格や品の確認に連れて行っていただくつもりですわ。 それから、本屋と図書館に回り、魔術と医学の本を探してみようか、と。 その後は、もしこの町にお医者様がいらっしゃればお会いできればと思っておりますが……最後は教会へ行く予定です。」
「なるほど。」
ふむ、と腕を組まれたトラスル隊長は、その腕を解き、私の方を見られた。
「奥様。 魔術の本でしたら、ちょうど私と弟の管轄部門ですよ。 私達が管理する棟に多数所蔵しております。 よろしければ、こちらから医療院へお持ちしましょうか? 街の本屋で買うものよりもより専門的なものが多くございますし、貸し出しのできない物も多数ありますが、来ていただければ閲覧も可能です。」
「まぁ、本当ですか? それはうれしいです。 でも本当によろしいのですか?」
「えぇ。 あぁ、私と弟は魔術師団なのです。 ですので奥様がお知りになりたいことでしたらお教えすることも可能。 新人も入ってきたところですし、一緒に講義を聞いていただくこともできますよ。」
「嬉しいですわ。 入院患者がいなくなりましたら、ぜひご教授いただきたいです。」
(そうしたら、本を買うためのお金を、別の事に回せるし、読むよりも習った方が頭に入りやすいもの。)
よろしくお願いいたします、と頭を下げると、はい、と笑ってくださったトラスル隊長が、私の方を見た。
「では、此方も用意をさせていただきましょう。 失礼ですが奥様、所持属性は何でございますか?」
「……しょじ、ぞくせ、い……。」
その言葉に、私は一瞬口を噤んだ。
「はい。 属性がわかればご自身が使いやすい魔道具を購入しやすかったり、魔力量がわかれば魔術が使えたりなど、様々な事がわかります。 5つの自然属性火、水、木、土、風の他に、特殊属性にあたる光、闇ですね。 ……奥様?」
「わからないのです。」
「わからない、とは? 奥様は公爵令嬢でらっしゃいましたよね? それに……。」
口を噤んでしまった私に対し、不思議そうな表情をして覗き込んで来たトラスル隊長に、少し躊躇してから微笑んだ。
「たまたま、学園入学時の属性適性検査を受ける機会がなかったのですわ。 あぁ、でも、母と兄は土属性、妹たちは風、弟は水属性ですので、そのあたりだと思います。 ですので、そのあたりの事を中心に教えていただけると嬉しいですわ。」
「……調べたことがない、ですか……。」
そういえば、一瞬だけ難しげな表情をしたトラスル隊長は、ポン、と私の肩に触れた。
「ネオン隊長。 明日、魔術棟へいらっしゃってください。 昼を過ぎてもかまいません。 必ず、です。 団長には話を通しておきます。」
「は、はぁ……しかしそれは、なぜ?」
「全国民、属性適性検査は義務です。 ですから10歳の学校入学時に受けるのです。 特に奥様は公爵家のご令嬢だ、受けていないのは問題があります。 こちらで用意しておきますので、必ずです。」
「わ、解りました……。」
「えぇ、お待ちしておりますね。 ……では、奥様。」
勢いに圧倒されて頷いた私に、柔和な顔で頷かれたトラスル隊長は、私から手を離して指さした。
「団長がいらっしゃいましたよ。 今日はお話はここでやめておきます。」
振り返れば、旦那様と従者がこちらに向かって(仏頂面で)歩いてきているのがわかる。
「トラスルと一緒だったのか。 待たせたか?」
「いいえ。 大丈夫でございます。」
旦那様に声を掛けられ、私は静かにそう答えると、トラスル隊長を見た。
「お話に付き合っていただき、ありがとうございました。」
「行ってらっしゃいませ、奥様。 良き買い物を。 団長も、行ってらっしゃいませ。」
駐屯地の門から町へと出て行った私たちを、にこやかな笑顔で、ひらひらと手を振って見送ってくださったトラスル隊長が、険しい顔をして辺境騎士団へ慌てて帰られた事等、私は知る由もなかったのだ。
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