37・より良い療養・労働環境とは??
傷病人である騎士様たちの水分補給をし落ち着いたのを確認した後、しっかり働いた看護班と、湯沸かし・湯の配付を手伝ってくださった物資班のメンバーには、ひとまずしっかり水分補給とひと時の休憩を取ってもらった。その際、同時に傷病人である騎士様達の様子観察(主にトイレまでの歩行介助などだが)をお願いし、私は一人、水分補給だけをして、物資班に整備をお願いしていた二階へと上がった。
この建物は、一階はガランとした間仕切りのない(構造上必要な柱だけが10本ある、ものすごく邪魔である)大きな一室で、一番奥に、真ん中から左右に2か所、二階へ上がるための階段がある。
これは大人2人が余裕で上がれるほどに広く、そして階段下は収納になっているのを昨夜のうちに確認していた。
中には蜘蛛の巣と、空の樽、壊れた椅子などが放り込んであったため、それらは今日の午後からでも全部出して掃除をすることにした。右の階段下はリネン庫(清潔なシーツや寝具を入れておく保管室)、左の階段下は資材庫(すぐに取りに行ける、使用頻度が高く清潔にしておきたい処置用の資材を腰から上の高さに置き、下には洗って綺麗な物……水差しや桶などを置く保管室)とすることを昨晩のうちにアルジと考えていた。
そしてあると分かった二階だが……実は未知の領域である。
昨夜のうちに見に行く、という手もあった訳であるが、実は私は暗いのが大変に怖い。 虚勢で夜道を魔導ランプで歩くと言う事をしてのけたが、本当は怖くてしょうがなかったわけで、正直、明かりもない真っ暗な二階へ、夜一人で上がるのは本当に無理だったのだ。
なので今日、暇な時間にどのようになっているかを確認しようと思っていたところに来てくれた物資班となってくださった皆様は、心情的には神! という事で、掃除がてら整備をお願いしたので様子見だ。
二階に上がると、左右の階段から広がるロビーがあり、そこには、ほかのメンバーに指示を出しながらも残った手だけで窓などの拭き掃除をしていたガラを見かけた。
「ガラ、どういった感じかしら?」
「ネオン隊長。」
声をかけたところ、彼は手に持っていた雑巾を桶に入れ、新しい手桶で手を洗い、手を拭いて傍に来てくれた。
「今は全体に、掃除を進めています。 以前、私がまだ出入りしたときのまま放置されていたようで、最近では不用品置き場になっていたようです。 各部屋にいろんなものが詰め込んでありました。 こちらが使えそうな物のリストです。 そこに載っているものはすぐにでも使えるか、修理すれば使える物ばかりですね。 使えない物もありますが、それらは焚きつけにすればよいかと。」
頷きながら、渡されたリストを見て、ちょっとばかり吃驚した。
ライティングデスク、タンスに椅子という家具類から、盥、桶などはもちろん、食器、カーテン、それから武具に、何故か子供用のおもちゃまで。 各部屋の片隅で、木箱の中に放り込まれるようにして入っていたりしていたようだ。
「ガラ……。 これ、使っても良いと思う?」
色々使える物が多く、嬉しい悲鳴であるが、使った後で文句を言われないだろうか。 と、隣に立つガラに聞くと、彼は困ったように眉根を下げて笑った。
「ブルー隊長より、ネオン隊長は、この建物の権利をそのままいただいたと伺っていますので、何ら問題はないかと。 それに、ここで忘れ去られて朽ちるよりは、有効活用したほうがいいと私は思います。」
なるほど確かに、と、頷く。
「それじゃあ、有効活用しましょう。 この2階には、大きな部屋が2つと小さな部屋が6つあるのだったかしら?」
「はい。 部屋の差分はありますが狭い方のお部屋はこのような作りになっております。」
ガラに案内され、階段から一番近い、狭い部屋の一つを覗いて見れば、掃除してくれている少し手の不自由な青年が、私達に気が付いて頭を下げてくれた。
会釈しながら中に入り、室内を見渡せば、何もなければちょっと縦長の6畳ほどだろうか。 奥には大きな窓のある心地の良い空間だった。
「大きな2部屋はこの2倍ほどの広さになります。」
「10~12畳くらいか……。」
「奥様、その、10畳というのは……?」
「えぇと……そうね、公爵家の出入りの職人が使っていた単位よ、気にしないでちょうだい。」
不思議そうな顔で私に聞いてきたガラに、私はごまかすように笑うと、描かれた見取り図を見る。
「階段を上がって踊り場は大体8畳程度、6畳の部屋が廊下を真ん中に3つずつと、一番奥に10畳くらいの部屋が1つずつ……廊下の突き当りは採光用の窓、廊下もちゃんと扉ごとに魔導ランプの明かりがあって……うん、なるほど。」
(6畳ならベッドが一つとライティングデスク1つと椅子が2つが余裕で置ける……部屋の並びはホテルみたいな造りね。)
ガラの書いてくれた見取り図をみて、そう考える。
(今は一階にだけにベッドを置いているけれど、10個のベッドを3列においてほぼぎゅうぎゅうでかなり狭い。 感染予防を考えると、ベッドとベッドの間はせめて1.5m……だっけ? 一応感染防止委員だったけど、手指消毒薬使用量しか真剣に考えたことなかったからなぁ……。 それに今は準備期だから仕方ないにしろ、清拭や排せつの時のプライバシー問題。 ベッドの間にパーテーションを置くのは今のままでは絶対に無理。 病院では採光用の格子があるカーテンだったけど……天井につけられるかしら? 中央にスタッフの机を置いて……。 いや、まず、開けたらすぐ患者、という現状も良くないわね……)
よりよい環境を作るために、見取り図を見ながら考えるが、さっぱり良い考えが浮かばない。
(患者にも医療従事者にもより良い環境作りって、何を基本とするんだっけ……?)
はて? と考えるが、前世、与えられた環境の中、確かに時折急変はあるものの、常に重症者や要観察者がいるわけでもない、ゆったりまったりのんびり環境で働いていたお気楽看護師には想像もつかない。
看護学校の授業で、震災時などでは体育館などにDMAT(災害派遣チーム)が緊急用の医療施設を用意する際は、出入り口を決め、受付を決め、搬入口、搬送口という一方通行の移動経路の確保と、限られた物資を有効に使う配置、みたいな授業をしてくれたが……
(肝心なところを覚えてない……記憶が曖昧すぎる……確か、出入り口と事務スタッフの配置、それから通路の確保と、ベッドは頭が壁側で出入りしやすく、重傷者を手前に置き、真ん中に通路を置いて医療スタッフを配置し、見渡せるベッドの配置をする、だっけ……? うぅ、ごめんなさい、先生。 私、正真正銘のあんぽんたんでした。 どうやって配置しよう、う~ん……。)
当たり前だが、今ある建物の形をかえることは出来ない。
(せめてナイチンゲール病棟とかに近い作りならさ……あ、またない物ねだりしちゃった。 ダメダメ。 ……あの柱と壁と窓しかない、ぶちぬき空間で、より良い療養環境を作る。 ベッドを移動するにも人手が必要なんだから、あらかじめちゃんと決めないと。)
そもそも前世の病院のように、ベッドや床頭台などにキャスターが付いていないので、家具の移動すら大人4人の手が必要になる。(病院は部屋替えが多いので、すべてキャスター付きで特別室以外は楽々模様替え出来る) 一階模様替えは、出来るだけいっぺんに済ませたいのだ。
どうにか効率よい空間の使い方はできないものかと、頭を捻るが、まったく思い浮かばず、溜息一つ。
(使いながら模索しよう。 うん。 ひとまずは何とかなりそうな二階ね。)
ここはすっぱり諦めて、2階の配置に頭を巡らせた。
「では、ガラ。 掃除が済んだら、奥の二部屋は、私達スタッフの使う部屋にします。 基本は右の奥を使うけれど、二部屋とも、ダイニングのように机と椅子を用意してもらえるかしら? 小さな部屋は6つは個室にするので、ベッド、ライティングデスクを一つと洗面セットを置けて身の回りの小物も入れられる小さめのチェスト、椅子を2つずつ、セットして頂戴。」
「宿舎の居室のようですね。」
不思議そうな顔をしたガラに、私は頷く。
「そうね。 ないに越したことはないけれど、何かの時にこちらに運ばれてくるのは、高官の方も同じ。 そういった場合、高官の方は意識が戻れば状況確認や報告のために、機密度の高いお話をしたりするでしょう? 下では全部筒抜けになるから、個室を用意するの。」
「なるほど。 それは確かに……。」
「こちら側としては、わざわざ2階に運んだりと手間はかかるのだけど……こればかりは仕方がないわ。 ま、頻回には使われる事はないでしょうし、患者のいないときは看護班の夜勤めの者の仮眠室にするつもりよ。」
頷いてくれたガラに、それと、とお願いする。
「余った家具や、使用しない物は、一時この踊り場部分に集めておいて頂戴。 あ、個室に入れる6個のベッドは……ちょうど下に空いたものが5つあるから、あれを後でブルー隊長にお願いして、大柄の騎士様たちに運んでいただきましょう。 それ以外で何か、あるかしら?」
「いえ、ご指示がわかりやすく有難いです。 かしこまりました。」
「ありがとう。 それと、皆様、仕事をおろそかに、では困るけれど、それでもご自身の体を優先して仕事をしてもらってちょうだいね。 無理はしない事。」
「かしこまりました。 ……ラテフ、ちょっといいか。 」
私の説明に頷いたガラは頭を一つ下げると、近くで掃除用具を担いで歩いていた物資班のメンバーを呼び止め、指示を出す。 その姿を私は少し、観察していた。
『お前』や『おい』ではなく、ちゃんと名前を呼び、明確に指示を出す姿は頼もしい。
(医療機器担当室の主任に似てるんだよなぁ……。)
前世で、心電図モニターや輸血ポンプなどのメンテナンスや貸し出し管理を行い、他部署からも慕われていた男性主任を思い出いださせる。 彼はきっと、現役時代は班長とか、上官経験者なんだろう。 指示の出し方もうまいし、下の者や、上官の扱いもなれている。 皆の働き方や人となりを見て正式に役割分担するつもりだけど、彼は班長候補に入れてもいいなとかんがえる。
(整備後の人員の割り振りも頭の痛い問題だわ。)
はぁとため息をつきながら彼らの動きを見ていると、ガラが声をかけてきた。
「2階の掃除は、昼前にはひとまず片付くと思います。」
「まぁ、早い。 そんなに急がなくてもいいのよ? 体に負担になるほどの無理はしないで、と皆様に伝えてね。」
「わかりました。 まぁ、実は皆、仕事をいただけて喜び張り切っているので、そこはご容赦ください。」
「わかったわ。」
納得するように私は頷いたが、内心はこぶしを握っているなど、彼は気が付かないだろう。
(こんな雑事で喜んでもらえるなんて……あのラスボス……もとい、ラスボラめ! 絶対許さない……あ、胃が痛いかもしれない……)
ストレスかしらと思いながらも、そろそろ下の様子も見に行かねばらないなと思い出し、私は見取り図をもってガラに声をかけた。
「ではまた後できます。 水分補給用のハーブ水はこちらに用意しておきますね。」
「お心遣い感謝いたします。 皆に申し伝えます。」
ガラに一つ頷いて、私は階段を下りようとした時、だった。
「奥様。」
「アルジ? どうかしたの?」
階段の手すりに手をかけたところで、下からアルジが声をかけてきた。
「お屋敷から侍女長が参りました。」
躊躇いがちな彼女のしぐさに、私は首をかしげた。
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