151・幼子の手
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本日更新は【本編】と【最終章人物紹介】です!
そして!予め言っておきますが、今回も賛否両論です。
「やぁ、ネオン隊長」
「クルス先生。どうなさったのですか? こんなところで」
講義後、一度領都の屋敷に戻り着替えを済ませてからベラとブルーガを伴って女神の医療院に戻ってきた私を待っていたのは騎士団砦にいるはずの、しかし珍しく白衣姿ではないクルス先生だった。
「これから行くんだよね?」
「えぇ、マイシン先生と。」
ひらひらと手を振りながらいつもの笑顔を浮かべそう言ったクルス先生の言わんとすることを理解し頷くと、先生は胸のポケットから四つ折りにされた一枚の紙きれを取り出した。
「そっか。じゃあこれあげる。本当はこんなことには関わってほしくないんだけど、君は看護師だし。立場上も知らなきゃいけない話だから、さ」
「知らなきゃ、ですか?」
受け取った紙に首をかしげるが、クルス先生は少し含みのある笑みを浮かべた。
「中を見てごらん?」
「はぁ……」
そっと指でそれを開いた私は、中に書かれた内容を見て目を見張る。
二度、三度とその内容を見て、それからクルス先生を見た。
「……先生、これは誰のものですか?」
「辺境伯邸の侍女長と家令が見つけた。そして報告を受けたカルヴァ侯爵夫人が団長代理に相談し、その流れで僕が預かった。それでね、それなんだけどね……耳、貸してくれる?」
私の背後に立つベラとブルーガに一瞬視線を動かしたクルス先生に頷くと、彼はそっと私に顔を寄せ、ぼそぼそっとその耳元で話をした。
「先生、それは……」
その内容が信じられず、しかし紙の中身と聞かされた話で全てとはいかないが、納得してしまった。
「誰がどうしてそうなったんだかねぇ……まぁ、それは聞いてみるといいよ。マイシンにはもう説明してある。知らなかったそうだ。ただ一度、それらしい話は聞いたことがあるらしい。別の物を用意したらしいが」
「そうですね……これは……」
紙の内容をもう一度見て、ため息をつく。
「しっかりと、事実関係を確認してきますわ」
「うん、それがいい。ただね、ネオン隊長」
口の端を上げたクルス先生は、それでも、今まで見たことのない複雑な表情で笑った。
「僕はここにいるから、それが終わったら君とマイシンも僕の診察を受けること。これは必ずだ、いいね」
***
足元で。硝子製の水差しが砕けて散った。
私を守るために前に立つベラとブルーガの体の間に見えるのは、私に向かってそれを投げつけた人の姿。
荒々しくも肩で息をし、目を吊り上げ、こちらを睨みつける姿は先代の公爵夫人を思い出させ、その恐怖から一歩足を引いてしまったけれど、誰も気を留めていないことにほっとしながら殺気立つ二人の肩を後ろからそっと触れる。
「とんだ歓迎ね、コリー」
「旦那様を笑いに来たのですか! 旦那様を! 旦那様をあんなふうにしたくせに! ……うぁ!」
目の前の女がこちらにつかみかかってくるが、右隣に立っていたベラがその手首と腕を掴むとあっという間に床に転がし組み敷く。
「主人に危害を加えようとするとは正気か!」
「そんな女は主人ではない! そんな女は!」
「埒が明かないわ、申し訳ないけれど後で話があるからそれまでに落ち着いて話が出来るように言い聞かせておいてくれるかしら? それと、少し人手をよこしてもらうように本宅に頼んでくれる?」
「かしこまりました。行くぞ」
顔色を変えて悲鳴を漏らした元侍女長コリー・ドラスを後ろ手に締め上げたまま目配せをして屋敷を出たベラを肩越しに見送った私は、そのままとある音を頼りに、ブルーガの先導で二階へと足を進める。
広くはない屋敷の廊下に足を進めると、大きな扉の前に一人の男――前家令のジョゼフ・フイシュが私たちの前に阻むように立っていた。
そこは、私が使っていなかった主寝室の前であり、音の聞こえる先。
「こんなところに何をしにいらっしゃったのですか? 貴方様はこちらを出られたのではありませんか。……ぉ……奥、様……」
私を呼ぶときにわずかに顔を顰めたジョゼフに態度を変えずに話しかける。
「呼びたくないのならそう呼んでいただかなくて結構よ? それより旦那様はそちらにいらっしゃるのね? マイシン先生の診察に来たので通していただけないかしら?」
「それは無理です。旦那様は今寝ていらっしゃいます!」
「そう、それはおかしいわね……」
ジョゼフの後ろにある扉の方に視線をずらして首をかしげる。
「中から声が聞こえるわ……? しかもかなり苦しそうなのだけどこれは旦那様の声かしら? それなのに医師の診察を拒否するの? だとしたらあなたはこのまま旦那様を苦しめ続けるつもりなのね」
「……そ! それは……っ」
血の気が引いた悲痛な表情を浮かべた顔で扉の方を振り返ったジョゼフに私はやや強めの声を出す。
「どきなさい、ジョゼフ。医師の診察よ。お前は何よりも大切だと言ったその口で、その人を苦しめ続けるつもりなの?」
「……っ」
ぐっと歯を食いしばり両手で頭を抱え……そのまま膝をつき、うずくまると肩を震わせ始めたジョゼフを横目に、ブルーガの開けてくれた扉から中に入る。
「真っ暗ですね」
「外から見た時に鎧戸も締め切られておりましたから……すぐに灯りを」
マイシン先生の言葉に頷いたブルーガが壁につけられた魔導灯の一つをつける。
「……これはっ」
二人が絶句し、私は息を飲む。
ぼんやりと浮かび上がった部屋の内装は、以前私が住んでいたそれとはまったく様変わりしていた。
模様替えがされた、などと簡単なものではない。
「すみません、他の灯りは壊れています。それに窓には内側から板が打ち付けられて開かないようになっています」
もたらされる情報を照らし合わせたどり着いた可能性があまりにも痛ましく、固く目を閉じていた私に、手探りで室内の灯りを探してくれたであろうブルーガの声に目を開ける。
僅かな灯りさえあれば、暗闇に目が慣れれば。その違和感しかない室内の全容がはっきり見える。
床には物が散乱し、壁紙ははがれ、テーブルと椅子、そして大きな本棚以外のすべての調度品が床になぎ倒されており、窓にかかるカーテンは切り裂かれ、窓自体も内側から板が打ち付けられている。
(少なくとも今日昨日で行われたものではない……あの日から二週間……神父様の面会とマイシン先生の診察をすべて拒否していたのは……このせいか)
「先生、診察を」
「えぇ」
本宅から戻ってきたベラが急ぎ別の部屋から探し出してきた手燭型の魔導灯りを頼りに、カーテンで閉ざされたベッドへ近づくと裂けたカーテンの隙間からうめき声をあげている本人らしき人影が見えた。
先に近づこうとする私を制したマイシン先生が、ブルーガと共にベッドに近づく。
「……辺境伯卿……ラスボラ様。診察に参りました。拝謁をお許しいただけますでしょうか」
返答はない。ただうめき声がわずかに途切れた。
それを合図に、ブルーガとマイシン先生が頷き合い、天蓋のカーテンに手がかけられる。
「ラスボラ様、失礼いたします。……っ!」
「団長……っ」
マイシン先生とブルーガの驚く声が短く響いた。ベラと示し合わせそちらに近づき、私たちも言葉を失う。
呻き声の主ラスボラ・ヘテロ・モルファはベッドの上でシーツを掴み、それに顔をうずめようにして声を殺し、苦悶に顔を歪めている。
シーツとパンツの姿ではあるがそれはただ薄汚れただけではなく明らかに血液であろうモノが付き、髪が乱れ、ひげが伸びている。
満足に食べられていないのか頬はやせこけ、どれくらい眠っていないのか目は血走り、自分を傷つけたのであろう指先は爪が割れ剥がれ黒く染まっている。
これは一体どういうことだと、扉の向こうでうずくまるジョゼフを問い詰めたい気持ちを抑え込み、そっと彼に手を伸ばす。
「……旦那様……?」
その声に、血走っていた目が揺らいだ。
「……きみ……ネ、オン……」
ベッドに向けられていた血走った目がこちらを見る。
「ネオン」
黒く、爪が亡くなりまるでぽっかり穴の開いたような指先が私に伸びてくる。
「ネオン様!」
ベラが私を、ブルーガが旦那様を。身を呈して引き離す。
「ネオン! 助けてくれ! 助け……!」
ブルーガがこちらに近づこうとする旦那様をベッドの上に押しとどめるが、それでも彼は必死に手を伸ばし名を呼ぶ。
その目が。
声が。
あまりにも悲しくて。
恐怖で震える足を鼓舞し、逃げ出したくなる気持ちを押しとどめて。
ベラの手をすり抜け、そっとその前に進む。
「旦那様」
声をかければ、うめき声を止め、抵抗するのもやめた旦那様はただ必死にこちらに手を伸ばす。
何度も空を切るその手を、私はそっと両方の手で包んだ。
「……ネオン」
「ここにおります、大丈夫ですわ」
そう伝えれば、こちらを見つめる旦那様の目からたくさんの涙が溢れ出す。
そこからは。まるで幼子のように旦那様は泣き出した。
お兄様へ、お母様へ、お父様へ。複雑に入り組んだ感情のまま泣き出した旦那様は、次第に何かに怯えるように目をさまよわせ、私の名を呼び、助けを求める。
何に怯え、何に嘆き、何に苦しんでいるのか。
もうその目には何も映っていなくて、きっと、形のないものに謝るために私の名を呼んでいるのだろうと感じて。
「ネオン様」
「大丈夫よ」
旦那様から手を離した私は、そのままそっと大きな体を抱きしめた。
夢の中でいつも大泣きしている子供の私を抱きしめるように。大丈夫だと宥めるように。大きいはずなのに小さく感じる旦那様の背中に手を回す。
「旦那様。……ラスボラ様。もう怖くありません。大丈夫です、もう怖いものはいません……恐ろしいものも今はいません」
とん、とんと。
優しく背を叩いて声をかける。
「大丈夫です、今はなにも怖くありません。怖いものもいません。だから少し眠りましょう……寝て起きたら、お話をしましょう」
その背を叩きながら声をかければ、私の背中に震える大きくて長い腕が回り、項垂れるように私の肩に顔をうずめた彼は、そのまま崩れ落ちるようにベッドに倒れ込んだ。
「……大丈夫、眠っておられるだけのようです。念のためにお薬を飲んでいただきましょう」
大きな旦那様につぶされそうになるのをベルーガとベラに助けてもらいながらそのままマイシン先生の診察を受けさせ、旦那様の下敷きになる前に腕から抜け出した私は、先生が処方した薬をはちみつで練って口の中に塗りつけ、誤嚥しないようゆっくり水差しで水を飲ませる。
その後、本宅からやってきた使用人とブルーガ、マイシン先生に眠る彼を本宅へ運んでもらうように依頼し見送った私は、扉の外で膝をついたまま呆然とそれを見送ったジョゼフの前に立った。
「ジョゼフ」
旦那様が消えた先をぼうぜんと見たまま反応しないジョゼフに声をかける。
「こちらを見なさい、ジョゼフ」
やや張り上げた声にのろのろと私を見たジョゼフに、私はクルス先生から預かった一枚の紙を広げて突きつけた。
「あなたたちが長年旦那様に飲ませ続けていた薬の事で聞きたいことがあります。ついてきなさい」
お読みいただきありがとうございます。
次回は亡くなった医師と七色飯を出し続けた古参使用人たちの話です。
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誤字脱字報告も、合わせてありがとうございます。
***注意書き***
作者の全ての作品は異世界が舞台の『ゆるふわ設定完全フィクション』です!
その点を踏まえて、楽しくお読みくださいね。




