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目の前の惨劇で前世を思い出したけど、あまりにも問題山積みでいっぱいいっぱいです。【web版】  作者: 猫石
絡まり狂った過去と未来を変えるために

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閑話・東方宮廷にて。

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ブシロードノベルより『目の前の惨劇で前世を思い出したけど(略』1、2巻

ブシロードワークスより『目の前の惨劇で(略』コミカライズ第1巻発売中です!


そして! 明日11月8日はコミックス2巻発売日です!

まぶた先生が素敵に描いてくださった素敵なコミカライズです!

どうぞお手に取っていただけると嬉しいです♪

(作者の今後にもつながります! よ! いいご報告が出来るといいな!)

「兄上! オルキードル兄!」


 几案(つくえ)に紙を広げていた青年は、無遠慮にも飛び込んできた弟の顔を見ると、筆を持つ手を止め、傍に控えていた従者を下げさせる。


「礼がなっていないな、ナルージズ」


「それには謝意を。しかし、俺は聞いたのだ、オルキードル兄上」


 その軽く、到底反省している者が吐いたとは思えぬ粗末な言葉を遮るようにつかれたため息に、男は顔を上げ、ヒッと息を呑む。


「ナルージズ」


 表情一つ変えぬ兄を前に、足が震える。


「体面を保つための言葉の扱いも満足にできないのか? その地位にある者としての自覚が足りぬ。誰に何を習っておるのだ。貴様は」


 決して怒鳴っているわけでもない穏やかな声が、びりびりと雷が落ちて空気が鳴動するように感じ、慌てて背を伸ばし、次いで目の前で手を合わせ頭を下げる。


「……も、申し訳ありません、オルキードル兄上。ですが俺は……」


「下らん言い訳はきかん。それで、なにを聞いたと?」


 彼の位を表す銀糸で神の化身を縫い現わした衣の弟ナルージズは、目の前の同じ色の意図でさらに尊い神の化身が縫い取られ、さらに緻密な装飾刺繍で飾られた衣装を身に纏った兄オルキードルに声をかけた。


「アシムスが宮廷内(ここ)にきていやがるんだ!」


「アシムスが?」


 ピクリとわずかに細められたオルキードルと呼ばれた兄の目が鋭く光ったことに、ナルージズはたじろいだ。


「なぜだ」


 言葉少なに、しかしその言外には様々な思いが含まれていて、アシムスという名の弟の事で興奮していたナルージズはここでようやく、そもそも自分がこの兄の事を苦手にしていたことを思い出した。


  幼い頃から労せず全てを持つ兄は、ナルージズにとっては唯一の兄であり、羨望、畏怖、そして嫉妬の対象で、いつか兄をその座から蹴落としたいというどす黒い気持ちと共に、完璧な彼に認められたい、褒められたい、愛されたいと相反する気持ちを持っていた。


 だからこそ、この情報を誰よりも早く聞かせれば褒めてもらえる、認めてもらえる、その視界に入れてくれると思ったのだが、実際彼を前に、彼の美しい群青に金の光を湛えた瞳を前にすると、恐怖が先にたち、足は震え、今すぐここから逃げたくなる。


 しかし同時に、やっと兄に見てもらえたという充足感に満たされ、ずっとその瞳に映っていたいとも感じる。


 それが、咎めるような冷たい視線であっても、だ。


 そんな気持ちを抱えながら、あ、いや、その……と言葉にならないつぶやきの後、広がった袖の中の柔らかな下袖を強く握りしめたナルージズは意を決して顔を上げ、口を開く。


「それが、ショークオス伯父貴が……」


「お前は相変わらず口が軽いな。ナルージズ」


「な……ショークオス伯父貴!」


 低く、低く。部屋の中をまるで地震が起きる前、不安を掻き立てるような地鳴りのように広がった声にオルキードルとナルージズが声のしたほうに視線をやると、いつの間に開けられたのか、部屋の入口に外からの柔らかな光を受けて浮かび上がる人影が見えた。


「ショークオス伯父上」


「久しいな。邪魔をするぞ、オルキードル」


 先ほどの声を発したとは思えぬ穏やかな表情で微笑む男は、そういって許可を待たず中に入る。


 貴い立場にある兄弟とはずいぶんと様式の違う豪奢な衣装を身に纏う、この国の頂に立つ自分たちの父である男によく似た白髪の大柄の男の来室に、部屋の主であるオルキードルは青い顔をして立ち尽くす弟の横をすり抜けその前に立った。


「お久しゅうございます。ご健勝でいらしたでしょうか。ショークオス伯父上」


「あ! 兄上!」


 許可を取らず部屋に入った男にバツの悪い、居心地の悪さを感じ顔を顰めうつむきがちになっていたナルージズは、自身の方が男よりも明確に身分も立場も上であるにもかかわらず、両袖を払い清めてから顔の前で手を重ねて頭を下げたオルキードルを咎めるように声を上げるが、同時に頭を下げる兄に睨まれていることに気が付き、慌てて彼に倣って手を合わせ頭を下げた。


「……お、お久しぶりです。ショークオス伯父貴」


 そんな二人にふっと笑ったショークオスといわれた男は、静かに彼らを見、それからぽんと大きな手を二人の肩に乗せた。


「ははは。堅苦しい挨拶は抜きだ、私は皇籍を持たぬ者。敬われるべきはお前たちなのだ。それにしても大きく立派になったな。二人とも健勝で何よりだ。さきほど我が商会より土産の品をそれぞれの宮へ贈らせていただいた。気に入ってくれるとよいのだがな」


 満足そうに笑うショークオスに、頭を上げたオルキードルは席を勧める。


「ありがとう存じます。ところでショークオスの伯父上。本日は如何様で?」


「うむ」


 りん、と鈴を鳴らし女官に茶と菓子の用意だけさせたオルキードルは、彼女たちを下がらせると(つくえ)を挟んで正面に座り、そのわきに弟を立たせる。


 力の加減を間違えれば割れてしまいそうな繊細な白磁の茶器を傾けたショークオスは、その甘やかな香りと味を楽しむように穏やかな微笑みを浮かべながら目の前に座る甥を見た。


「皇帝陛下に急なお話があってな」


「それは、アシムスの件でしょうか?」


 さらりと言ってのけたオルキードルの言葉にナルージズは目を大きくひん剥き、ショークオスはにやりと口元をゆがめる。


宮廷内(ここ)にあって、随分と単刀直入だな、オルキードル」


「ショークオス伯父上には駆け引きは無駄でございます故」


 僅かに頭を下げてそう言ったオルキードルの言葉に大きく笑ったショークオスは、それもそうだと笑って菓子を摘まむ。


 相変わらず甘いものがお好みのようだと思いながらも、オルキードルも菓子を摘まんだときだった。


「オルキードル。妃賓(つま)は今、何人だったか?」


「は?」


「三人でございます」


 突然何を言いだしたのかと呆然とするナルージズの隣で、菓子を食み飲み下してから冷静に答えると、腕を組んだショークオスは少し天井に視線だけ向けて考えるようなそぶりを見せてからもう一度座る甥だけを見た。


「その中に新しく属国になった南の小国の姫がいたな?」


「バザギ国のフィイエでしょうか」


「そんな名だったか? まぁいい。お前への毒殺の疑いがあり先ほど捕縛された。他にも関与した妃賓がいる可能性があるらしく、数日後には後宮内に捜査が入るらしい。散らすには惜しいと思う者がいるなら下賜しろ」


「はぁ? 兄上の妃賓がそのようなことを考えるはずがないでしょう! 伯父貴、そのような嘘はやめていただきたい!」


「ナルージズ、黙れ」


 表情一つ動かさずに隣にいた弟を一瞥で黙らせると、オルキードルは茶器を手に取り、ゆっくりと美しい所作でそれをすすってから一つ息を吐いた。


妃賓(つま)が私を毒殺するに至った動機をおうかがいしてもよろしいか、伯父上」


「うむ」


 もうひとつ、菓子を食んで笑う。


「パナーフェスを嫁に出すのに国が一つ必要になった。あれは花と果実を好むたちだ。で、あれば花木の多い美しい国がいいだろう。もともとそのために落とした国だ。小国の娘を妃賓として召し上げたのは従わせるための大義名分だったが、新たに迎え入れる王とそれに嫁ぐパナーフェスのためにそろそろ清めねばならんとおもってな。それにあわせ、お前にふさわしい東宮妃を迎えいれるための後宮の掃除も行おうという事になったのだ」


「は!? パナーフェス姉にはすでに海向こうの国に婚約者がいます! それに、かの妃は長兄の……っ」


「黙れと言った、ナルージズ。お前は宮に戻れ。それと、ここでの話は他言無用だ。出せば許さぬ」


「しかし!」


「二度は言わん。下がれ」


「……失礼いたします」


 戸惑い、しかし長兄の強いまなざしに礼を取り、後ろ髪をひかれるようなそぶりで何度も振り返りながらも兄の宮を後にしたナルージズを見送ったオルキードルは、大きなため息を一つついて、目の前で涼しい顔をして茶をすする伯父を見る。


「伯父上はナルージズをそれほどにお厭いか? あれは口が軽い。私が止めなければ今日のことを己が妃や周囲に喋り騒ぎを起こす。そうすれば伯父上は……」


 やや咎めるような口調に、ショークオスは嗤う。


「あれは阿呆だからな。黙することを知らず、己を律せず、べらべらとまぁ言葉を覚えたばかりの鸚鵡のように話し、駆け引きも言外を察することも出来ぬまま担ぎ上げられる莫迦だ。今助けても、この宮廷では到底生きながらえぬよ。実直で力は強いのだから、さっさと重臣の婿にするか軍の騎馬にでもおけばよいと伝えたのだが……陛下は子に甘い」


 ちらりと、菓子を摘まみながら笑う。


「逆に問うが、お前があれを切り捨てぬのはなぜだ? お前はそんなに甘い男だとは思わん。お前に褒められるために努力しながらも反発する弟がそれほどまでに可愛いか?」


「御冗談を」


 伯父の言葉に、視線を落として笑う。


「他者に褒められるため、認めさせるために見せびらかすようにおこなう努力などただのお遊戯ですよ。褒美がなければ頑張れぬのに、その努力にすら結果が伴わないなど、無様すぎて見るに堪えない」


 表情ひとつ変えず、洗練された所作で茶をすすった彼は、茶器を置く。


「あれは素直で自身を慕う者をことさら大切にし、他者の意見を疑うことなく信じる愚直な男。新帝が立つ際に宮廷(ここ)の掃除に役に立つだろうと置いているだけです。……ですが、伯父上に甘いと言われるのは心外です」


 自ら茶を入れなおし差し出しながらそう言ったオルキードルに、一瞬驚いたような表情をわざととったショークオスは茶器を手に取る。


「はは。耳が痛いな。だが我が子はあれほど甘く育ててはおらぬし、己で運脈をつかんだぞ?」


「……アシムスが?」


 僅かに眉を上げたオルキードルは目を伏せる。


「いえ。運脈をつかんだとて、後宮の争いごとが嫌で早々に皇籍を返上した末の弟に何が出来ましょう」


「手厳しいな。だがそう言ってやるな。ナルージズと違い、あれは唯一、お前の同腹の弟ではないか」


「同腹だからこそ。大きくなれば私を支え、よき臣になると言ったのは何だったのか」


 目を伏せたまま眉間にしわを寄せると珍しく本心を表情に、口にと出したオルキードルに、ショークオスは面白いものを見たと破顔し、幼子にするように目の前の甥の頭を撫でる。


「お止め下さい、伯父上」


「いや、お前のそのような顔を久しぶりに見たと思ってな」


 一瞬、年相応の顔になった甥に目を細め豪快に笑いながら、手を収めたショークオスは満足そうに茶器を掴んだ。


「それだけお前はあれを可愛がっていたという事だがな……五つの時の話を根に持ってやるな。それに、その弟がお前に皇帝の椅子を捧げるのだ。立派な臣ではないか」


 先ほどまでの冷たい物言いとは思えぬほどに穏やかに笑う伯父に、首をかしげる。


「……先ほどから思っておりましたが、それはどういう事でしょうか? 妃賓のこと、パナーフェスのために国が必要だとおっしゃることと関係が?」


「もちろんだとも。長く小競り合いの続く我が国の安寧のため、その頂に立つ皇帝にはそれに相応しい妃賓と臣が必要だ。そして足元に額づく属国含めた諸侯を黙らさせるための美しくも貴い宝飾も」


 深く笑ったショークオスの目は黒く光るだけで真意をのぞき見ることはできないが、彼の纏う空気にオルキードルはごくりと喉を鳴らす。


 なぜだと思う。


 なぜ皇帝(ちち)の兄であるこの人は、最も皇帝の座にふさわしい男であるのに一商人となったのだろうか、と。


「我が国はさらに大きくなる。咎人の国をのみこんで、な」


 表情を変え笑ったショークオスの姿を、オルキードルは息を飲んでみつめるのだった。

お読みいただきありがとうございます。

閑話とは言いつつ、本編の延長上のお話ですね。こういったとき、ネオンの一人称で書いたのをちょっとだけ後悔します(最初はそのほうがサクサクと書きやすかったんです)

最終章だと言いながら長く間が空いておりますが、次はネオンさん医療隊にた騎士団医療隊も合流します! ラミノーエンゼ組もちゃんと出てきます!

(少しづつ書きためております)


今回は長らくお休みをいただいてしまいました。

自身の体調と仕事と相談しながらでしたが、こんなに間があくとは思わず申し訳ありません。

今後も大変不定期になってしまいますが、(しかし流石に半年は...自分でも反省してます。せめて月1位は更新したいのですが...)よろしくお願いいたします。


リアクション、評価、ブックマーク、レビュー、感想などで作者を応援していただけると、やる気がもりもりわきますので、是非よろしくお願いします。

誤字脱字報告、ありがとうございます。


★とても寒い日々が続いておりますので、皆様お体気を付けてお過ごしくださいね。


***注意書き***

作者の全ての作品は異世界が舞台の『ゆるふわ設定完全フィクション』です!

その点を踏まえて、楽しくお読みください。

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― 新着の感想 ―
コミカライズをきっかけに読みましたが、お話がとても面白く引き込まれて一気読んでしまいました。 色々不憫な主人公ですがどうか幸せになって欲しいです。 作者様におかれましてはどうかお身体をご自愛頂き、体…
主人公前途多難ですね。 偉い人とはこんなものなのでしょうね。 端から見ている(読者目線)だと腹立たしい限りですが。 続き待っています。
更新、とても嬉しいです。無理せずマラソンのように、頑張って下さい。 それにしてもだいぶ不穏で、きな臭い内容ですね。 ネオンが大きな政局の渦に巻き込まれていく未来が感じられて、ドキドキします。
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