142・護衛と側近
心の底にジワリと生まれた思いを無視できずにいる中、ドンティス隊長が真剣な表情で私に話しかけて来た。
「『宝石』の事ももちろん大切なのですが、御身の事をひとまず考えましょう。実は、クルス先生に先程凄まれましてな。ネオン隊長との話し合いの結果、あと2日ほどこちらで安静ののち、10日間を領都の邸宅で静養されれば、この砦……医療院での職務の復帰を許可すると仰っていました。……しかし、我らがこういうのもおかしな話ですが、半月ほどの静養で御身は大丈夫でしょうか?」
それはカルヴァ隊長、ドンティス隊長をお呼びし、到着を待つ間に話し合って決めた静養期間だ。
出来ればもう少しお休みを短くしたかったのだが、こちらの安静期間を経て領都の邸宅へ移動する日に、どうしてもバザー関連の執務を一件入れたいとお願いしたところ、その後はしっかり休むと約束させられたのだ。
「本当はもっと早くに復帰したいのですがそれ以上は駄目だ、と。これが医師としての最低限の譲歩だそうですわ。それでも、一日二、三時間の書類仕事はお許しが出ていますので、王都への申請やバザー、他騎士団の医療隊員の受け入れの草案などは少しずつですが進められそうですわ」
「申し訳ございません。ネオン隊長のお体がしっかり回復するまでお休み頂きたいのですが。出来る限りの補佐を務めさせていただきますが、ネオン隊長が直々に動いていただけるのは正直、助かります」
話し合って決めた事であるのに心底申し訳ない、と言った顔で頭を下げられたカルヴァ隊長に、正直困ってしまう。
「お気になさらないでください。領主夫人、隊長としての務めです」
「申し訳ございません」
「その様に何度も謝らないでください。皆で話し合って決めた事なのですから。今後はそのように頭をおさげにならないでくださいね」
頭を上げてもらうよう笑って言った私の言葉を受け、カルヴァ隊長の背をトントンと叩いて顔を上げさせたドンティス隊長が、私の方に顔を向けた。
「先程おっしゃったバザーの執務とは、先日お約束されたスティングレイ商会長との面会ですね」
「えぇ」
頷いて肯定する。
「ショーロン隊長とお話しした後お手紙を出し、面会のお約束を取り付けたのです」
「スティングレイ商会長との面会、ですか?」
(あぁ、カルヴァ隊長にはまだお話ししていなかったわ)
驚き、やや顔色を悪くしたカルヴァ隊長に、私は説明をする。
「前日お会いし後見を申し出てくださった際、次回のバザーでは店舗を出してくださると言われたのです。……東方と『宝石』の話を知る前の約束ですし、あのスティングレイ商会長のお申し出を無下にするわけにはいきません。ですからしっかりと警戒をしつつ、お約束を守り、友好関係を築くことにしたのです」
「確かに。スティングレイ商会は国力や国交の面から見ても、無視できません」
「そうなると常に御身をお守りする護衛が必要ですな。それも、どのような状況下であっても貴女を守ることの出来る、腕の立つ者が良いでしょう」
頷いて同意してくれたカルヴァ隊長の隣で、すこし表情を和らげたドンティス隊長は私を見て微笑んだ。
「実は、我がドンティス伯爵家の騎士の中に二人ほど適任者がおります。その者達をお傍におくというのはどうでしょうか?」
「それは。大変心強いですが、隊長の私兵をお借りしてもよろしいのですか?」
私の護衛にドンティス伯爵家の私設騎士隊から騎士をお借りするのは如何かと思いそう言ったのだが、カルヴァ隊長とドンティス隊長曰く、南方辺境伯騎士団内には何者が潜入しているか分からない。で、あれば、騎士団とは関係なく、ドンティス隊長が幼いころから面倒を見ており、その気質を良く知る私兵の中から選出したほうが、信頼度が高いということらしい。
「私は貴方をお護りするとお誓いした。で、あれば。最善の策をと考えるのがあたりまえでしょう。私が推薦する騎士達は、我がドンティス伯爵家の私設騎士隊に所属したのは数日前ですが、両名とも幼い頃からよく見知っておりますし、武術の腕も相当。私が全幅の信頼を寄せることの出来る騎士達です。ちょうど本部におりますので呼んでこさせましょう」
「そう仰っていただけるのであればありがたくお受け致しますわ」
「では、少々お待ちを」
外で待つ副官に、本部にいる彼らを連れてくるよう手配してくれたドンティス隊長に頭を下げた私は、彼らがこちらへ到着する間にカルヴァ隊長と必要な書類の打ち合わせを行う。
王都への提出用や、辺境伯当主の療養に伴う代行者の周知など、面倒な書類のすり合わせを行っていると、しばらくして病室の外が騒がしくなった。
はて? と思っていると騒ぎは落ち着き、少しして扉をノックする音が聞こえ、入室を促すとドンティス隊長の二人の私兵が入室してきた。
のだが……。
「えっ!?」
ドンティス隊長に促され、私の目の前に立った男女二人の騎士に、私は驚き声を漏らした。
そんな私の目の前に進んだふたりが、深く頭を下げる。
「ネオン様の護衛を仰せつかりました、ドンティス伯爵家騎士隊ドナン子爵家ベラと申します」
「同じく。ネオン様の護衛を仰せつかりました、ドンティス伯爵家騎士隊ブルーガと申します」
にっこりと笑った見知った二人に、私は声をあげる
「ブルー隊長! ベラ隊長! どうして!?」
目の前に立ったのは、ドンティス伯爵私設騎士隊の隊服と思しき浅葱色のそれを身につけたブルー隊長とベラ隊長で、彼らは穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「ドンティス隊長。これは何の冗談ですの?」
「冗談? いえ、嘘偽りなく。彼らは私がネオン隊長の護衛として推薦する2人です。まずはベラ。まえへ」
「はい」
動揺し、やや責めるような声色になってしまった私の問いにたいし、ドンティス隊長はいつもの穏やかな表情で答える。
「ベラの方はご存知の通り。王宮近衛隊へも所属しており、近衛騎士として女性の要人警護に当たっておりました。此度は王宮より辺境伯夫人の警護を仰せつかり、しかしその肩書きのままでは少々目立ちますので、わが私設騎士隊へ一旦身を寄せることとなったのです。彼女には幼い頃より我が一門の騎士として様々な状況を想定し武術を仕込んでおり、腕は確か。同伴者が女性でならねばならぬような場所での警護を主に勤めさせて頂きます」
「このような形でお傍にお仕えすることになりましたが、先だってお話しさせていただきました時より、もっとお話をお聞きしたいと思っておりました。これから、よろしくお願い致します、ネオン様」
「ブルーガ、前へ」
「はい」
困惑する私を目の前に、蠱惑的な笑みを浮かべたベラ隊長に続き、なぜかブルーガと呼ばれたブルー隊長が一歩前に出、それを見ていたドンティス隊長が彼を紹介する。
「これはブルーガと言います。もとは辺境伯騎士団第三番隊に所属しておりましてな。三番隊と言えば騎馬。これも騎乗で剣斧をふるう腕に誉れが高く、そちらが注目されがちですが、現在、騎士団で最も強いと言われる五番隊隊長ターラと立ち会えば、四回に一回は勝つほどの腕前。もとより幼い頃より辺境騎士として育てられておりますから、馬鹿正直ではありますが様々な場面で心強いと思います。ただ問題があるとすれば、これは平民ですので、辺境伯夫人の護衛というには身分が足りぬのですが……」
「平民?」
ドンティス隊長の言葉に、私は首を傾げる。
「どういうことですか? ブルー隊長は伯爵家の次男。それに、婚約者もいるではありませんか」
「発言をお許し頂けますか?」
「……もちろん、よ」
困惑する私は、そう問われて頷きながらブルー隊長を見る。すると彼は困ったように眉根を下げ、控えめに笑みを浮かべると、ゆっくりと片膝を折り、頭を下げた。
「まずは。ネオン・モルファ辺境伯夫人へ、これまで非礼と共に我らの身勝手な思惑と策略で御身を傷つけてしまったことを心からお詫び申し上げます。カルヴァ南方辺境伯騎士団団長代理より聞かれたかと思いますが、この度団長への罷免の声を上げたのは、私で、ドンティス隊長やターラ隊長、ベラはそれに口添えしてくれたにすぎません」
そう言った彼の、膝の上に置かれた手はきつく握りしめられ、小さく震えている。
「以前より、幾度決断をしなければと考えていました。けれど、出来なかった。子供の頃から彼の事も、フィデラ様の事も知っていて、フィデラ様と前辺境伯夫人の死後、彼がどのように苦しんできたかも知っていたからです。ですから、領主として正しくあっても、騎士団長として間違いを犯していれば、それを諫めた。諫め続ければいつかは、と考えていたのです。しかし変わらない、諫めればその分規律を厳しくする彼を前に途方に暮れることはあってもその先に進めなかった。甘いと言われればそれまでです。ですがどうしても、幼い頃の出来事と、フィデラ様が思い出され決断出来なかった。
私には、フィデラ様とラスボラ様と遊び学んだ日々が思い出されて仕方なかったのです。
しかし、ネオン隊長が倒れられたときあの時、腹の底が冷えました、そして目が覚めた。……いえ。我が身可愛さ、身内贔屓の身勝手さから。ラスボラだけではない、私達が貴女をここまで追い詰めたのだ、本来であればその姿であるべきは我らであったのにと心から理解し、後悔しました。もっと早くに決断できていれば、倒れる騎士は少なくて済んだ。貴女を傷つけずにすんだ。
これまで団長の行いを諫められなかったこと、罪なき騎士や領民達に不必要な苦痛を与え続け、貴女を追い詰めたこと。これらは私の、償い切れない罪です」
そうだ、と思う。
彼の言葉に、そうではない、貴方のせいではない、と言う事も慰めることは私には出来ない。
それは私のことではなく、彼らが苦しめた領民、騎士達の事だ。もっと早いうちに彼らが決断をし、行動に移していれば。苦しむ騎士領民は少なくて済んだのだ。
だから。私はあえてそれを聞くに徹した。
私が『許す』と言ってよい問題ではないからだ。
ブルー隊長も、そして傍にいるカルヴァ隊長、ドンティス隊長、ベラ隊長も。それがわかっているから、何も言わず、黙って彼の話を聞いている。
「団長を止めることができなかった私も多くの騎士達を死に至らしめたのであれば、その責任を団長にだけ背負わせるわけにはいきません。ともにその責を償うため、隊長職を辞し一兵卒として騎士団へ貢献したいと申し出、父であるブルー伯爵ベルガにはそれらを報告し貴族籍から除籍してもらいました。しかし、さすがに元隊長が一兵卒では皆が気を遣うといわれ困っていたところ、ネオン隊長の護衛と、シノ隊長の私設騎士隊への移籍の話を頂きました」
「では、お名前は……?」
「身勝手にも何の相談もなく、一方的に敬うべき従うべき親に除籍を申し出るような親不孝者に、安寧と幸せを祈りつけた名をくれてやるわけにはいかんとブルー伯爵が激怒しまして。今後はブルーガと名乗るように、と。そしてその名に恥じぬように務めよと」
家名を失う息子へ。その名は、己の名と家名を忘れぬようにとの手向けなのだろう。ここまで黙って話を聞いていた私は、彼とそのご家族の決意は固く、私が何を言っても何もくつがえることは無いと理解し、それでも、問うてしまう。
「……ブルー隊長のお気持ちは解りました。しかしライアの……婚約者であるアテール子爵令嬢の事はどうするおつもりですか? あの子は貴方との結婚を夢見てここで頑張っているのです。それは、御存じですわよね?」
「もちろんです」
ひとつ、頷いた彼はしっかりと前を見据え、私に頭を下げた。
「アテール子爵令嬢に関しては、両家の話し合いの元、正式に解消されております。私の我儘で彼女を平民にするわけにはいかない。彼女は奥様の下で変わりました。今の彼女であればどこに嫁に出しても恥ずかしくないと、彼女の両親も喜び、ネオン隊長に感謝しておりました。私は、彼女と結婚したところで母方の伯爵位を継ぐ予定でしたが、それも立ち消えました。しかしそれは、私の従兄弟が代わりに継ぐことになりましたので、その彼との婚約はどうかと、話がでております」
「しかし、ライアはそれで納得しますか? 彼女は……」
私が言わんとしたことがわかったのか、ブルー隊長は少し目を伏せてから顔を上げた。
「彼女は、この件の当事者です。ネオン隊長が倒れられた翌日、彼女はブルー伯爵家にアテール子爵夫妻と共に訪れ、話し合いの場に立ち会いました。
……彼女は、始めはやはり泣いていました。しかし最後は、これまで両親や周りの皆に迷惑をかけて申し訳なかったと頭を下げ、その上で、貴族の令嬢として、両親が決めた相手の元へ嫁ぐと、条件付きではありますが、私の決断と婚約の解消を受け入れてくれました」
「条件?」
首を傾げた私に、ブルー隊長は頷いた。
「はい。婚姻しても、その身が許す間はネオン隊長のお傍で働きたい、と。まだまだ学びたいこともあるし、ネオン隊長のように、辺境の貴族の夫人として、夫を支えるべく看護を行う立場でありたいと。もちろん、その場に護衛として私がいるのを承知してです。私には、必要なとき以外二度と話しかけるなと平手打ちを一発」
「……平手打ち……!? ライアが、ですか?」
「はい。『これまで迷惑をかけ、いつ婚約破棄され修道院に送られても仕方のなかった私を見捨てずにいてくれたのは兄様だけだった。だから兄様の意志は尊重する。ただし、初恋を忘れるために一度殴らせてほしい』と」
「それは……」
ブルー隊長のお顔に傷はなく、きっと、ライアの力いっぱいの平手打ちは彼の体を損ねる物ではなかった、いや、ライアの手は無事かと心配になってしまうくらいだが、それが、彼と彼女のケジメだったのだろう。
「……では、ライアとの約束、守ってあげてくださいね」
「ネオン隊長。ライアを、この南方辺境伯領を導いてくださり、ありがとうございます」
「……そのようにたいそうなことはしておりませんわ」
「いいえ。心から感謝を。そして命に代えても御身をお守りすると誓います」
私の問いに、迷いなくそう答え、深く頭を下げた彼に何も言う事が出来ずにいると、ぽん、とドンティス隊長が手を打ち、顔を上げた私の方をみて「そういえば」と笑った。
「実は、この件で。私もネオン隊長にはまだお話ししておらぬことがあるのです」
「……話、ですか?」
「えぇ」
ブルー隊長の肩に手を置き、にこにこと笑いながら。ドンティス隊長はさらりと言ってのけた。
「私、シノ・ドンティス。この度、このブルーガと同様に今回の責任を負う形で伯爵位を嫡男に譲りましてな。併せて、九番隊隊長位を現在副隊長の次男に譲る事にしたのです。それに伴い南方辺境伯騎士団からの除隊を申し出ましたが、相談役として残って欲しいと団長代行以下数名の隊長、一門当主より頭を下げられております。しかし私如きが相談役など恐れ多い。そこで、ネオン隊長。私を十番隊副隊長に命じていただければ、と」
突然の申し出はあまりに衝撃すぎて、私はとっさに首を振った。
「いけません。おふたりの気持ちはわかりました。決意も、覚悟も十分に。しかし、隊長であられたおふたりが私の副官と護衛など!」
「これはケジメなのです。ネオン隊長」
立ち上がり、背を伸ばしたブルー隊長とその隣に立つドンティス隊長は、私を真っ直ぐ見る。
「さよう。我らは間違えた。そして我らの過ちのせいで、多くの騎士の命が奪われ、多くの者を苦しめた。確かに、それを行ったのはラスボラです。しかし、その行いの全てがラスボラ一人のせいではない。周りにいる我らも間違った。いつかは目を覚まし、真の名君になるだろうと、決断できなかった我らもまた同罪。ならばラスボラにだけすべてを押し付けるわけにはいかない。……まぁしかし、南方辺境伯騎士団隊長全員が同時に辞める訳には行きません。ですからこれらのことは、いちばん身近であった私とブルーガで請け負う事にしたのです。
そして、そんな我らが領民へ、騎士達へ償うすべがあるとすれば、それはモルファ領の領地領民の事を一番に考えて行動される貴女様を、何者からも、命をかけてお守りし、その崇高な信念が貫けるようお支えすることです」
「……ですが」
ふるふると首を振り、そんな気高いものではないのだ、自己保身のために始めた自己満足が良い方に転んだだけなのだと言葉を選び、やめて欲しいと諭しても、彼らは首を縦に振らなかった。
「ではそのお考えのままに、何事も、我らの事も上手くお使いにならればよろしい。我らは貴女にそれをした。ですから今度は貴女が我らを使う番だ。少なくとも、我らを傍に置けばラスボラが傍におらずとも貴方を疎かに扱うものなどこの辺境では出てきません。そして我らは御身をお守りすることが出来る。これは全てにおいて得にしかならない、と」
ドンティス隊長の言葉に頷いたブルー隊長が笑う。
「シノ隊長……いえ、ドンティス伯爵のおっしゃる通りです。我らは貴女を駒として使ってしまった。ですからこれからは遠慮なく、我らを駒として傍においてください。貴女がこの地に来られてからの献身の恩を御返しするつもりなのです」
もう一度、私は問う。
「決意は、固くていらっしゃるのですね」
「もちろんです」
頷いた二人に、私は頭を下げる。
「では、皆様にお願いをします」
慌てるように頭を上げて欲しいと言われた彼らに、私は頭を下げたまま願う。
「このモルファ辺境伯領を、延いては国を守るため。どうか、お力をお貸しください」
そんな私の言葉に、ブルー隊長、ドンティス隊長、ベラ隊長、そしてカルヴァ隊長が膝をつき、頭を下げた。
「ありがたく、お受け致します。貴女を頂きに、われら南方辺境伯騎士団、領地領民と貴女をお守りすると誓います」
お読みいただきありがとうございます。ずっと読んでくださっている方もいらっしゃる一方、コミカライズから来てくださっている方も多いようです。みなさま、本当にありがとうございます。
ネオンを物理的にも精神的にも守れる布陣が固まりました!
頑張れネオン! 負けるなネオン!(お前が言うな、ですね)
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